表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あんだんて!~春の終わりに咲くサクラ~  作者: 古縁なえ
いっせーにょっ! いちっ!
2/2

2.俺、すなわち餓狼<ガロウ>

 鐘の知らせで、午前の日程が終わりを告げた。

 

 規則的に座っていた生徒達は、各々行動を始め、それなりに静寂していた授業中と打って変わり騒がしくなる。


 俺はその姿から目を背ける様に、窓の外へと視界を移した。窓際最後列の席からは、外の光景がよく見える。

 

 朝は急いでいた所為で、じっくり見る……というのも可笑しいが、校門から続く桜並木をどうと感じることは無かったけれど、いざ吟味! となると中々に神秘的な見栄えである。俺の思考は、たちまち一つの感慨に埋め尽くされた。

 

「桜って美味しいかな……」

 

 今日は厄日らしい。遅刻寸前(したけどさ、遅刻)だったことで、昼食を用意することなく登校したわけだ。

 

 学食か何処かで購入すれば有り付けるもんね、便利な世の中だ。なんて、それは安易な考えだったらしい。

 

 肝心の財布を忘れてしまった事に気付いたのは、鞄そのものを忘れている事に気づいた時だ。なんてもん忘れてくれてんの。

 

 そうすると、一転して何も出来ない不便な世の中に早変わりしちゃったって寸法。


 誰かに恵んでもらえば良いのかも知れないけど、生憎そんな頼れる人はいない。

 

 朝食抜きの超ハード午前に増して、昼食抜きの午後の方が辛そうです。

 

 「で」


 桜って美味しいかな? とりあえず、この場で唸っていても事態が好転することは無いと思い、ふらふらと席を立つ。

 

 餅とか、塩漬けが存在してるくらいだし、食べられない事もないよな、桜。日本人は木の根も食べちゃうくらいのチャレンジャーだったし、その心意気にならうべきだ。いやいや、道端に落ちているものを食べるって、現代人としてあるまじきことだから。

 

 なんて思考で脳内を満たしながら、亡者の歩調で昇降口を出る。


 俺の肩を一陣の疾風が掠めていく。どうやら、誰かが肩口にぶつかっていったらしい。見向きもせずに、俺の前をそいつは走って行く。


 今からでも追いかけて同じことをやり返してやろうか。もしそれで反感を露わにしようものならネチネチネチネチと説教してやる。と胸中で愚痴りながら、その男の後を目で追うと、なんとびっくり。


「なんだあれ」 

 

 謎の長蛇の列に辿り着いた。出処を探ると、その長い蛇は並木から外れた一本の桜の木を目指して伸びている。

 

 男率いと高し。ムサイとかそんなレヴェルじゃねーぞ。あそこの桜がそんなにも美味しいのだろうか。俺も仲間にいれてもらおっかなぁ!

 

「……ちょっと待て、何かがおかしい」 

 

 そもそも俺は桜を食べに来たのか? そうじゃないだろう。人として在る為、その活路を見出す為にさすらっていた筈だ。

 

 武士は食わねど高楊枝。空腹故に桜を食べるにしたって、せめて人目に付かぬところで行うべきだ。


 でも皆、桜目当てみたいだし、皆で渡れば怖くないよね赤信号。気付いた頃には、俺は既にその異様な光景の一部と化していた。


 整然と列ができてるけど、諸々の事情により切羽詰まっている俺はショートカットを試みる。しかし、その俺の行く手は当然のように阻まれてしまう。


「順番は守れよ粕」


 初対面の人間にカスだとぉ? 俺は奮然として憤り、その腕を辿って、敵対する人物の全容を目の当たりにする。


 凄く、逞しいです。


 でも俺は負けるわけには。死活問題なんだ。昼食を食べられなければ、次は何をしでかすか俺自身解らない!


 「I fall if lunch cannot be secured!」


 叫び、鼓舞する。いかなる障害が立ち塞がろうと、ここまで来たら俺は桜を食べるまで、引き下がれない。


「あ?」


 対峙する男だけではない。数えきれない戦士達が、突如として大声を上げた俺に、その曇りなき眼を向けてきた。


 こいつら全員と、戦うのか。五体満足では居られないだろう。それどころか、勝てる見込みもない。それでも、俺は!


 桜なんて沢山あるから、そっち行こ。即断で進路を変更する俺だったが。


「だから、ちゃんと並べって言ってるだろ、カス」


 無理やり列に戻された。なんかのっぴきならなくなってるんですけど。


 そこの桜がどんなに旨いのか知らないけどさ、こんな列に律儀に並んでたら日が暮れてしまう。 


 おかしい。俺はここに何をしに来た。桜を食べに来た筈だ。良く考えたら、それもおかしいけど、問題はそこじゃない。


 どうして、俺はこんな男だらけの列に並ばされているんだ。ハッキリ言って、意味が解らない。まさか、こいつらも桜を食べに来たわけじゃあるまいし。


 お肉が大好きな成長期の男が『主食は桜ですっ☆きゃぴるーん』なんて言おうものなら、まず吐き気を催す。つまり、この場において、桜を食べよう等と思っている主食は桜系男子は俺だけである筈だ。


 で、あれば。やはり、わざわざ孤独な桜を目指して、並び続けるのは時間の浪費でしかない。ばかばかしい。俺は桜を食べるんだ。桜を食べたい。ただ、それだけなんだ。


 再度、脱出を試みるも。


「またお前か。焦る気持ちは解るが、列を乱すなよカス」


 何かの力が働いて、動けない。そうか、俺はここで拘束されるサダメなのか。やだな、そんなサダメ。


「離せこの野郎……」


 始まりは静かに。


「俺を桜の元に行かせろ。俺はなぁ、あんたらと違って、ただ――」


 そして、俺の不満が爆発する。


「桜を食べに来ただけなんだよッッッ!!」


 一陣の風が吹く。決して冷たくはない春風が時間を凍りつかせてしまったかのように、嘘のような静寂が辺りを支配した。


 恥ずかしげもなく桜を食べに来たことを告白してやった。尊厳も何もかも擲ってまで、気勢を上げたのだから、もう俺の邪魔をする者は居ないだろう。


 自由への大いなる一歩。それを踏みだそうとした俺に、いち早く凍りついていた正面の男が解凍されて、恐ろしい形相で俺の腕を掴んできた。


「さ、さくら様を食べる……だ、と? お前、正気で言っているのか!?」


「え? あ、うん。俺、肉食系とか、そういんじゃないから」


 まるで親の敵でも相手にするかのような気迫に圧されて、反応するだけで精一杯になる。


「肉食系程度では収まる器ではない、と言うのかお前」


「普段は肉が大好きだけど、今日の俺は草食系と言うか、主食は桜ですって言うか」


 一人だけじゃない。見渡すかぎりの男衆が、揃って俺にネガティブな瞳を向けていた。えー、なんでー? ここの桜が特別神聖だとか、宗教的な何かに関わってるわけでもあるまいに。


 同情されるならまだしも、どうして俺はこんなにもツンドラの大地の如き絶対零度に曝されなきゃいけないんだろう。


 もはや一度の失言も許されない。そんな緊張感を肌で感じ取った俺は、もう観念して列に並び大人しくしている他なかった。


 抜けられないし、弁解できないし、刺激できないし。なんだよもう、わけわかんない。


 こうなったら、意地でもここの桜を食ってやる。なんなら禿山にしてやる。空腹は最高の調味料だって言うし、待てばいいんだろ待てば。


 冷めた目もまた最高の余興さ。逆境を受け入れた俺は、また一つ大人になった。


 大人に為るということは、歳を取る事である。歳を取ることは、すなわち、死に近づくことであると言ったのは誰だったか。俺だ。


 大人になるってイイコトないね。大人になりたくないよ。でも、大人になることを受け入れまいとするなら、俺は此処で再び戦士たちの情熱に立ち向かっていかなければならない。そんなの、俺には……くっ、無理だっ。無理か無理じゃないかで言えば無理じゃないけど、無理だ。


 何度も目の前のお肉に齧り付きそうになりながら、忍耐の時間を過ごす俺だったが、順番が近づくに連れて、この列の正体を突き止めつつあった。


 でも、深く考えはしない。明鏡止水を体得した俺に、迷いや焦りなどと言った感情は一切ない。


 あるのは、そう。桜を食べたいと言う気持ちだけ。そして、その瞬間が近づきつつ在るという期待と、なにしてるんだろう俺? なんて疑念と、これからは制服のポケットに小銭を常備しておくようにしようという対策案と、でも不良に絡まれてジャンプを強要されるのはイヤダなぁという未だ見ぬ未来への恐怖などもあった。迷今日死酔か。


  

「ぼぼぼ、僕と付き合って下さい!」


 

 俺の一つ前に並んでいた男が、噛み噛みに告白をして頭を下げる。俯いたら駄目だよ少年。頭なんて下げる必要は無いんだ。前を見よう。がん見しよう。そうした方が気持ちは伝わるものだから。経験談ね。さっきの。桜を食べたい。


 告白をされた側の女子は長い瞬きをしてから、結ばれていた口を解く。


「ごめんなさい」

 

 返事は否。心から申し訳無さそうな声音だった。ここまで同じことをされ続けて、同じように真摯に対応していたのだとしたら、どれだけ心痛む時間になるのだろう。桜を食べたい。


 表に出さないだけで内心で、好意をぶった切る瞬間に快感を覚えて居るなら至福の時間だろうが、そんな事はなさそうだ。桜を食べたい。


 ともあれ、勢いだけで並んだとは言え、律儀に並び続けた甲斐あって、ゴールは目前にまで迫っていた。なんだかんだで俺の順番が来たようだ。

 

 よし、ぼちぼち告白するか。うん、違うね。桜を食べたい。 


 視界が開けて、桜の下の全貌が明らかになる。樹の下にはキューティクルの主張が激しい栗色の髪の毛を靡かせた少女が一人。


 そしてもう一人、なんだか視覚し辛い女の子が居るような、居ないような、そんな気がする。モブ? モブ子さん? モブ美さん? それとも、モブ奈さん?


「次の方、どうぞー」


 その空気に溶け込みそうな霧っぽい人が手慣れた様子で俺を桜の元へ促してくる。


 なんだかその手慣れた感じが気に入らない。まるで、工場で流れ作業をしているような、コンベア上を流れる出荷物の扱いをされてる気がする。


 俺をジャスタ○ェイと同列に扱うとはいい度胸だ。俺をこれまで敗れてきた幾万の青春戦士達と同じだと思っているようなら、その認識を正す必要があるな。


「次の方ー?」


 急かされた。最近の若いのは待てないのが多いと聞く。信号待ちが出来なくて無視する人とか、車で追い抜きする人とか、大きな時間で見れば大した変化もないのにね。事故のリスクだけ高まって、バカみたい。


 ということで、ここで今日の一句です。忘れずに~持って行きたい~免許と余裕(字余り)。


「つ・ぎ・の・ひ・と!」


 霧っぽい人がものっそい形相でにじり寄ってきた。でも、霧がかってるから怖くない。


「おーいっ! 私が見えてますかー!? 順番飛ばしますよー?」


 眼前で手を振られる。振り出しに戻るのは困るし、そろそろ反応してあげよう。何故か身体がやたらとかちこちだけど、無理やり動かして移動する。


「待った?」


「当たり前でしょ。凄い待たされたっ!」


「残念、やり直しだ。そこは『ううん、今来た所♪』だろ」


「何言ってるの!? というか、膝が凄い震えてるけど大丈夫!?」


「違う、これは武者震いだ」


「結局震えてるよね。何が違うの。ははぁ~ん? 告白を控えて緊張しているクチかぁ」


 指で顎先をなぞって訳知り顔をしてくる霧の人。会って数秒の相手を理解したつもりになれるなんて、相当おめでたい思考の持ち主であるようだ。


「勘違いするな。俺は告白なんて言うそんじょそこらの男がするような女々しい事をしに来たんじゃない」


「男なのに女々しいって表現はなんだか可笑しいような……じゃあ、何しに来たのさ」


「俺はな、飢えた狼だ」


――俺の真意を率直に伝える。


「故に桜を食べに来たッッッ!!」


 しーん。昼休みの雑踏が不自然に凍りついた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ