〔1-7〕僕の名前
その申し訳無さの度合いを強めると、彼女は再び口を開いた。
「……あの、宮前くん?」
「何?」
「こんな事言うの、また生殺しで、凄い迷惑かも知れないけど……お願いがあるんだ」
「うーん。それ、今度は僕のほうが、松平さんが何を言うのか大体想像付くなあ」
「あー。そっか」
お友達に、なってください。
だよね?
「えっと、それ……言っていいかな?」
「どうぞ」
「お友達に、なってください」
うん。
想像通り。
しかし……これは。
「やっぱり、迷惑?」
本当なら。
彼女を大事にしたいなら。
一も二も無く頷くべきなんだろうけど。
……。
意気地無しでごめんなさい。
やっぱりこれは、ちょっと。
「正直、微妙。僕も松平さんに……心底ぞっこんだから」
まあそれも理解できるのか、彼女の表情は複雑難解なものへと変化した。
「私も……宮前くんと同じ立場だったら、やっぱり微妙って返すかな?」
「どうかなあ? 松平さん、優しいから」
「宮前くんほどじゃあないと思うよ?」
「そう思う? じゃあええと……例えば今日、何回謝った?」
「えっと……宮前くんよりはちょっぴり、たくさん?」
「ちょっぴりかどうかは知らないけど、やっぱりその分、優しいって事だと思う」
「そう、かな?」
彼女は首を傾げ。
そんな仕草はやっぱり可愛らしく。
……うん。
こんな所だろう。
まあ彼女と、いつまでも喋っていたい気分ではある。
だけど、その為のネタが豊富にある訳でもない。
かといって、付き合っている訳ではないのだから、黙ってお見合いというのも彼女に悪いだろう。
そろそろ切り上げるべきだ。
……僕はもう、振られしまったのだから。
でも何か悔しいので、どかーんと一発だけやっておこうね。
「えーと、保留」
「……え?」
「友達になる話。今の僕には縦にも横にも、首は振れないから」
「あ、うん……ごめんね? じゃあ、そういう事で」
「ただ……生殺しにしてくれた仕返しにね。ちょっと嫌な情報を教えてあげようかと思う」
「えー。何すかセンパイ」
やっぱりノリいいのかな?
「いや。先輩でも後輩でもないんだ」
「まあ、同級生だけども」
「いや。そういう意味でもないんだ」
「え?」
「今日は何の日?」
「え? えー……七夕で、土曜日で。それから私の、誕生日?」
「他にもあるんだけど、判る?」
「え。えええええ。さらに?」
しばらく考え込む松平瑞穂。
うーんうーんと唸りながら、こめかみに両の人差し指を突く仕草が可愛い。
まあ多分判るだろう筈も無く、案の定彼女は白旗を揚げた。
「……ギブアップ。教えてください」
「十六年前の今日、僕は生まれてね。お蔭で織彦とかいう、訳の解らない名前を付けられたりしてる」
再び彼女は、フリーズした。
「……はい?」
「はい」
「はい?」
「はい」
「はいいいいいいいいいいいい? 今日なの? マジっすか!」
よし、セット完了。
じゃ、一丁やりますか。
せえの。
「七月七日に、七月七日生まれの女の子が、七月七日生まれの男の子に告白されました。それは高校に入って七十七人目の相手でしたとさ。……えっと、女の子ってこういうの、弱いんだよね?」
「ぎゃー! わー! わー!」
うむ、なかなか華々しい大玉だ。
鍵屋、玉屋。
「そういう事で、僕帰ります。今日はどうもでした」
「ちょっと待って! 宮前くん! それ無いよ! いくら何でも!」
「また来週」
「うわあああん!」
それはちょっと、してやったり感があって、僕は大変な充足感を得た。