〔1-6〕彼女の返答
ふと、尋ねる。
「……でも、それなら」
「何でしょか?」
「あんまり愛想とか、撒かないほうがいいんじゃないかな? 少なくともこうやって、いちいち告白に付き合ったりする事は無いと思う。余計なお世話かもだけど……いちいち面倒なんじゃ?」
「うーん。でも私、ええとその、我が儘だから。みんなから嫌われたくもないんですわ」
「そっか。我が儘ならしょうがない」
「あはは」
そう笑った彼女は、微笑みを保ちつつ笑みを引っ込めるという、するに易しく形容するに難しい仕草をする。
まあ要するに、話題を少し変える前振りである訳だが。
「えっと。私のほうからも、訊いていいかな? ちょっと引っ掛かったんだけど……」
「え?」
「みんな大体、口頭で直接告ってくるか、手紙くれるにしてもその中で告るとか、その日の放課後に呼び出しとか。大体そういうんだった訳ですよ。でも宮前くんだけ、かなり先の日を指定してたから。学校がお休みの日っていうのも初めてだし……何でかな、って」
……ああ。
振られた今となっては、それ訊かれても何も意味、無いのだけれども……。
まあ、言うだけ言いますか。
「今日は何の日?」
「え。……七夕だよね?」
「まだあるでしょ?」
「……土曜日?」
「もっと他にもあるよね? すんごい重要なやつ」
ちょっとだけ、彼女はフリーズした。
「……それで、今日だったの?」
「うん。誕生日、おめでとう。って……、あ、あああああ。ケーキとかちょっと無いんだけど……」
今さらながら気付いたが、何の手土産も持参していなかった。
これはかなりの失点である、筈……だが、彼女のほうはそれどころではなかったらしい。
「びっくりだ! 昨日誰にも言われなかったし、今日だって誰からもメール一つ無いのに」
……うん。
そんな事だと、思ってたんだよ。
「やっぱさ。松平さんって、みんなに囲まれてるようで、友達居るのかな、って思った」
「……」
「実際、近寄りやすい雰囲気はあっても、踏み込みづらい雰囲気もあって……多分、みんな誕生日とか、調べようともしなかったんじゃないかな? 踏み込み過ぎて嫌われたくないからかも知れないけど、ちょっと寂しい思いとか……してないかと思った」
「……ありがとう。ありがとう……」
松平瑞穂は嬉しいような悲しいような微妙な表情を見せた。
そして、こう付け加えたりする。
「……ごめんね?」
意味が解らない。
「そこで何で、謝罪?」
「えっと、あのね? もし校長との関係が無かったら、私……今ので落ちてたよ?」
……おい。
ちょっとタンマ。
何すかそれ?
「……そういう事、言うかな? 生殺しだよ」
「あ……そっか。ごめんね? でも……宮前くんの言う通りなのかも、って。私には本当の友達は居ないのかも、って。そんな事指摘されちゃって、それでああ確かにって思っちゃって。そんなんでその人から告白なんてされてたら……落ちちゃったりしないかな?」
「そんな……もんかな?」
感謝と恋愛感情。
連動したりするものなのだろうか。
そう思ったが、違う話だった。
「……聖域」
「え」
「みんなが私に、そんな壁を感じてるっていうのは、分かってた。それが何て言われてるかも、知ってた。私のほうじゃあ、そんな壁作ってるつもりなんか、これっぽっちも無いんだけども……」
「そう、なんだ……」
「いやあしかし、流石に昨日今日は、ちょっとヘコみました。うん、本当ならやっぱり、コロっといっちゃうと思うよ?」
「……」
ちょっと深刻だな、これ。
ここまで彼女が参っているとは思わなかった。
「……家族は? 祝ってくれないの?」
「あ、いや、それはもちろん。ただ……うちの親、ずっともう仕事でゴタゴタしててね。夜には何かしてくれると思うよ?」
「そっか……あ。えっとじゃあ、校長と……とか?」
「いやあ、それも……立場とか、いろいろあるし。なかなか気軽に、逢えなくてね?」
「……何だよ、それ。恋人でしょ? 寂しくないの?」
「……」
その沈黙はもはや、肯定、という意味でしかないだろう。
ちょっと、どころではない。
これはかなり、深刻だ。
何とかならないだろうか、何とかできないだろうか。
……僕がそれに、成り代われないだろうか。
そう思わないでも、なかったのだが。
「……。でも、やっぱり私は……落ちてあげる訳には、行かなくて。本当に、ごめんなさい」
先手を打たれてしまった。
……。
そっか……そんな状態で。
そんなに、寂しいのに。
つまり彼女は、それでも。
そこまでも。
そういう事か。
……。
じゃあやっぱり、ダメなんだ……。
……。
うーん、うまく行かないなあ……。
「あー……えっと、まあ……それは言っても、ええと。しょうがないから」
「うん……」
申し訳無さそうな表情を見せる、松平瑞穂。