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殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【5】殺人兵器が愛を知る方法
65/66

〔5-2〕殺人兵器が愛を知る方法

 その顔が……リリィのものとは認識できなかった。


 いや、リリィである事は、判る。

 確かに、リリィだ。

 だが……どうにも違和感が拭えない。


 その理由を探していると、リリィのほうから開口一番、こんな事を尋ねてきた。


「どうかしましたか? 私の笑顔は、そんなに変ですか?」


「……あ」


 そうだ。

 大きなキングベッドを一人で占領していたリリィは……そう。

 笑っている。


 リリィが、笑っている。

 ついに……ついに、リリィが……!


 あ……。

 あ……!


「リリィいいいいいいいいっ!」


「久しぶりです、オリヒコ。元気でしたか?」


「リリィ! ……リリィ……っ」


「オリヒコ。涙を流すのは、挨拶が終わってからにしてください」


「……無理だよリリィ……」


「そうですか……そうですね、そんなのもいいかも知れません。それにしても……」


「……何?」


「オリヒコに会ったら、伝えたい。そう思った事がたくさん、ありました。あった筈なんですが、でも……どうしてでしょうか? 今、それがまったく思い浮かびません。少し、悔しく思います。……いいえ、こんなに悔しかった事はありません」


「それは……それは僕もだよ……」


「そうですか。……オリヒコ」


「何?」


「愛しています」


 ……!


 あ……。

 ああ……。


「解った、んだ……」


「はい。ただ、あなたに会えないのは、もう本当に、つらかった。こんなにつらいものであるのなら、知らないでいたほうがよかった。そんな風にも思いましたが……今は、こんなにも嬉しい」


 あ……。

 ああ……!

 リリィ……リリィ……。


「……そう……そう……なんだね……」


「はい、オリヒコ。私はあなたを、愛しています」


「……リリィ……っ」


「オリヒコ。あなたがこの世に居てくれて、よかった。本当に、ありがとうございます」


「そ……それは僕もだよ……っ」


「オリヒコ……」


「リリィ……」


「オリヒコ」


「リリィっ」


「でも私はもう、死にます」


 ……。

 ……っ。


「いや、リリィ……そんな事は」


「その先は言わないでください」


「……」


「私はだから……遺言を、残そうと思います」


「遺、言……?」


「はい。これに法的効力を持たせるには、いろいろ面倒な条件があって……私はそれを満たせませんが、そもそも遺言というのは、死に往く者の意思を尊重してもらう為のものです。大目に見てください」


「法的、とか……リリィらしいね……?」


「そうですか。とにかく、これから私はいろいろと、我が儘を言います。覚悟して聞いてください」


「うん……」


 リリィが言うからには、それはさぞかし、大層な遺言なんだろうね……。

 それはさぞかし、覚悟をしておかなきゃね……。


「まず一つ、さっきミズホにも同様の事を言いましたが、あなたはミズホを松平さんではなく、ミズホと呼んでください。忘れているかも知れませんが現時点で、ミズホがあなたの花嫁候補です。大切にしてあげてください」


「……最初にして、それですか……。リリィにそれ言われると、微妙なんだけど……」


「できませんか?」


「いや、まあ、できない訳じゃあ、ないけれども……」


「でしたら、是非。ちなみにちょっと、ミズホに内緒の話があるんです」


「え。何?」


「校長の事です」


「……」


「校長は奸計を仕組んで、ミズホを陥れた。それにしては、部外者である筈の私へ制服支給までした事も含めて、私の処遇をかなり親身に取り計らってくれましたし、相対した時の印象を思い返す限りでも、それなりに誠実な人柄のように見受けられるんです。オリヒコの担任も、常識的に考えておかしい筈の校長の指示に、詳しい説明も無いのに素直に従っていましたけど、つまり一定の信頼があったということでしょう。ですから、そんな卑劣を働くような人物だとは、今でも思えないんですよ」


「……そうなの?」


「あのような人物なら本来は、ミズホと破局した時点でその責任を取って、すぐにでも辞任していた筈です。それでも未だ現職でいるのは、他の誰かに交代してしまったら、私のあの高校での扱いが微妙な所になると考えての事だと、私は思うんです」


「そこまで、考えたのかな……」


「はい。私が死んだ後、それを知った途端に辞任するようなら、それで決まりです」


「……そんな」


「そういう訳で少し調べてみたんですが、ミズホのお父様の企業は、個人相手には取引を持ちません。しかし、そこへ何らかの茶々を入れられるような企業も団体も、校長に繋がるような存在としては皆無だった。つまり校長は、倒産危機の問題とは無関係だった可能性があるんですよ」


「……え? そんな事って……」


「社運と愛娘の命運が同時に懸かった事態だけに、ミズホのお父様もその線は当然疑ったに違いないんですよ。問題になった取引がどれなのかもはっきり把握できているでしょうし、そこからたどるのも容易な筈です。それで何か掴めていたとしたらミズホ本人が何と言っていようと、何が何でも校長との仲を引き裂こうとしていたでしょう。そういう事が無かった、そんな話も一切出なかった以上、その可能性はかなり高いです」


「……だとしたらじゃあ、あれはどういう事になるの?」


「そうですね、最初はやはり出来心だったんでしょう。それだけミズホは魅力的というか、男性を狂わせるような存在だった。しかしあの校長のような人物ならば絶対に、強烈な後ろめたさを感じた筈。そのせいで極端に臆病になってしまって、ミズホに対して蛇蝎のような最低の人物を思わず演じてしまった。ミズホに事が発覚したのもあの七夕の日というなら、実は校長もあの告白の場に鉢合わせてしまった。あるいはオリヒコが帰った後もミズホが教室に残っていて、むせび泣いたりしているような様子を目撃してしまった。それでいよいよ罪悪感極まって、だからあえて自分が盛大に憎まれるように、ひと芝居打つ決心をした。……そんな風に、私は想像します」


「……そん、な……でもそんな、今さら……」


「はい、今さらです。だからミズホには、絶対内緒です。ここへ来て、実は校長にそれほど強い悪意は無かった、むしろ理解できる部分もある、なんて言われたらミズホは怒りの遣り場を失ってしまいます。必要以上の罪をかぶった校長も報われません。それにそもそも、確証が無い話です」


「それなら……どうしてそんな話、僕にはするの?」


「主にオリヒコの為ですよ。心の中ででも、悪者なんて一人でも少ないほうがいいと思いませんか?」


「……」


「いずれにしても、あの件でミズホが心に受けた傷はもしかしたら、一生掛かっても癒えないかも知れません。……オリヒコ。大切にしてあげてください」


「……うん。分かった」


「はい。次に一つ、今まで散々私は、さまざまな事柄に対して否定を行いました。それで大分、あなたが抱える夢というものは壊れたかも知れませんが、それは夢を見るなという事ではなくて、むしろ逆なんです」


「……逆?」


「はい。例えば、人が鳥のように飛ぶのは前に説明した通り、もう絶対に無理なんです。実現不可能な事を思い描くというのは、必ず裏切られる期待をするという事なんですから、虚しい事でしかありません」


「うん、そうだけど……でも、夢ってそういうものじゃないの?」


「私は違うと思います。つまり、自分たちは鳥などではないと、だから自分たちの方法で空を飛ぼうと、そう夢見た人たちが居たんです。そうしてモンゴルフィエ兄弟は気球を作り、そうしてジファール技師は飛行船を作り、そうしてライト兄弟は飛行機を作り、そうしてレジェ技師はヘリコプターを作り。そうして人は今、空を飛んでいるんです。私は鳥の存在を奇跡と言いましたが、人が今空を飛んでいるのもこの人たちが、魂を燃やし燃え上がらせたからこその奇跡なんですよ。こちらのほうが実に壮大で、夢のある話だと思いませんか?」


「なるほど……そう言われてみれば、そうかもね……確かに」


「つまり、夢というものはやはり、自分が実現する事を思い描くべきものなんです。ですから、ああなったらいいな。ではなく、あれを実現するにはどうしたらよいか。そう考えるようにしてください。妄想や空理空論にとらわれずに、どうか前向きに生きてください」


「あー……それはまた、難しい注文だね……」


「できませんか?」


「いや、まあ、うん。頑張ってみるよ……」


「健闘を祈ります。ただしくれぐれも、うまくやろうとはしないでください。ちなみに夢をただ一直線に追い続けるのも、無計画に近道を選ぶという意味で、うまくやろうとする事の内なんですよ? 一旦はそこから離れて、何もしない事も時には必要です。それでまったく別の無関係なものを追い始めたとしても、諦めさえしなければひょんな事からその実現の糸口が見えたりするものです」


「うーん……リリィの言う事っていちいち深いけど、どうしてそんな事解っちゃうの?」


「それは……考えれば解る、としか。そこに複雑な暗号などありませんから、順を追ってきちんと考えれば、あなたにも解る筈の事なんです」


「え……そうなのかなあ……?」


「では、ヒントを出しておきましょうか。その出発点は、今目の前にあるそれは何か? という追究から始める事です。挑戦してみてください」


「目の前にあるものが何か、を追究?」


「はい。私の言葉は、すべてそこが根源になっているんですよ? コンピュータとは何か、人工知能とは何か。欲とは何か、倫理とは何か。人体とは何か、医療とは何か。夫婦とは何か、結婚とは何か。善悪とは何か、法律とは何か。社会とは何か、経済とは何か。お金とは何か、物とは何か。飛翔とは何か、武器とは何か。……生き方とは、何か。幸せとは、何か。みんな、みんなそうなんです」


「そんな事……僕にできるかなあ……?」


「できる筈ですよ。少なくとも今、私が言った言葉。すべてが既に、あなたへ説明してあります。違いますか? それともみんな、忘れてしまいましたか?」


「あー、いや、大体は覚えてるけど……」


「それで大丈夫です。あなたはそれを足掛かりにして、次へ進んでいける筈ですから。そうして理解を深めていけば、一を聞いて十を知るように、一を聞いて百を知るように、そしていつの間にか知らない事までもが、解るようになります」


「え、えええええ。本当に?」


「この事はちょっと、実践してもらう以外には説明が難しいんです。ですのでそこは、騙されたと思って取り組んでみてください。そして、そんな風にゼロを聞いて一を知る事で、自分の何かやりたい事に対して、自分はどんな武器を持っているか。足りないものは何か。そういった事まで察しが付くようになります。それこそが、ゼロから一を産み出すという、コンピュータなどの人工知能には絶対に真似のできない、能力の根源なんですよ?」


「うーん……僕が、ゼロから一を、産み出す……」


「できませんか?」


「あ、ええと、いや。できるのか、できないのか、ちょっと判らないというか……」


「諦めなければ、きっとできますよ? 頑張ってみてください」


「……うん、そうだね。諦めちゃ……いけないよね」


「ところでまた、前言を覆しますが……神も仏も実在しない。かつてそのように言い切ってしまいましたが、本当は神も仏も実在するんです」


「え。それは……どういう事?」


「もちろん宗教で云われているところの神や仏は、実在しませんよ? ただ、人が神にも仏にも成るんです。例えばインターネットのコミュニティなどで、神と呼ばれている人物が少なからず存在します。もちろんこれは単なる称号だとか、あるいはただの冗談だとか人は云うでしょうが、実は神や仏というものは、これの延長線上のものでしかないんです。どんなに小規模なものでも、神業の片鱗を築き上げていけば、いつしか人は神に成ります」


「そんな、簡単な話なのかなあ……」


「それほど難しい話ではないんです。先ほど挙げたライト兄弟も飛行機の神ですが、つまりそういう意味において神とはやっぱり、単なる称号でしかありません。しかしそれは、誰もが等しく目指す事ができる目標だという事でもあるんですよ? そして神に成る条件とはただひとつ、ゼロから一を産み出す事だけです」


「何か大それた事が、随分シンプルになっちゃったね……」


「もちろん、飛行機級の大きな一を産み出すには運というものが激しく主張をしますが、積み重ねというものもあります。やろうと思った事が、できない事なんて、実はほとんど無いものですよ? ……オリヒコ」


「えっと……はい?」


「神に、成ってみませんか?」


「うーん……リリィが言うからには凄い遺言なんだろうとは思ったけど、まさかここまでとは……」


「できませんか?」


「たはは……。諦めちゃ、いけないんだよね?」


「その意気です。では、この話はこれくらいにしておきましょうか。次に一つ、勝手ながら私の預金を、あなたの口座へ全額送金しました。ちなみにその額は、およそ八十億円です」


「……うええええええええええええええ?」


「もちろんその半額は来年に、税金として徴収されます。それでも、あなたの口座の利率は年利0.02%ですから、その利息は年間八十万円に達します。利子生活をするには届きませんが、それでも高校生のあなたには過ぎる額です。無駄遣いしないよう、ただしここぞという場合は決して惜しまないよう、慎重に判断して大切に使ってください。それから、大金に溺れて身を持ち崩すような事は、全力で回避してください」


「え、えええええ。うーん……自信無い、というかちょっと怖い、かな?」


「できませんか?」


「いや、えっと、これは本当に自信持てないかな……」


「大丈夫です、あなたはこの先起きるほとんどの事に責任が取れる。そうあなたのお父様に保証した私の言葉に、嘘はありません。少なくとも私は、そう信じています」


「あれは……あれはリリィが」


「はい、確かに誘導しました。でもそれは、あなたがもともと、どの選択肢を選べばいいかという答えをきちんと持っていたからこそ、できた事なんですよ? つまりそれが、本当のあなたなんです、オリヒコ。いい加減観念して、認めてください」


「……ええと、褒められてるのか、叱られてるのか……」


「両方です」


「あ、はい……」


「それに、あなたに見抜けた私の誘導を、お父様に見抜けなかった筈がありません。ですからお父様はそれを承知の上で、納得したんです。今はそれ以上を望まないでも、まずまずとは思いませんか?」


「……そう言われると、それはそれで……調子に乗っちゃうかも」


「前にも言いましたが、それで失敗したならそこからまた学んでください」


「そっか……うん、分かった」


「それから、そんな立派なお父様を、私は悪しざまに言ってしまいました。後で詫びを入れるつもりだったんですが……いろいろあって、叶いませんでしたし……オリヒコ。あなたからその事を、謝っておいてください」


「あー……あはは、あれね。了解」


「そうですね。もしどうしても、散財をしたくなった場合。その時はあなたの言葉の通り、私と相談してください」


「……え? リリィと……相談?」


「はい。つまり、それが私の遺産である事を思い出してみてください。あなたは私が大事だと言ってくれましたから、きっとそれが天秤の重りになるでしょう」


「……」


「できませんか?」


「あ……えっと……うん、できるけど……」


「では。次に一つ、この部屋から、転出する事は構いません。でも、所有権は放棄しないでください」


「……え」


「死んだ人の事を忘れようとして、関係する物をすべて処分するような事が普通にあるようですが、しかし私は、私のした事が無駄になる事が、どうしても我慢できないんです」


「リ……リリィ……」


「私が倒れた時、この部屋の購入も無駄になってしまったかと危惧していましたが……まだあなたたちは、住み続けてくれています。喜ばしい限りです。それにここは私が……いわゆる愛の巣を、築こうとした部屋なんですよ? 維持費には困らないと思いますからどうか、記念に残しておいてください」


「……リリィ、それは……」


「できませんか?」


「いや、そりゃあできるけどさ、でも……」


「では、そのようにお願いします。次に一つ、私の永代墓地を契約しました」


「……。リリィ」


「死亡届などの面倒な手続きを省いて、単なる儀式として葬儀を執り行ってくれる葬儀屋も、確保済みです」


「……ねえ」


「実は葬儀屋には、身元不明の遺体については警察へ通報せよとの通達が出ているものですから、探すのはなかなか難しかったんですが……とにかく、あなたが喪主になって、私を弔ってください」


「リリィ……だからさ……」


「できませんか?」


「……」


「オリヒコ?」


「……そうじゃないよ!」


「オリヒコ……?」


「できるよ! リリィが嫌だって言ってもやるよ! そうじゃないんだよリリィ……」


「……オリヒコ……」


「そうじゃなくて……そうじゃなくてさ。そんな事よく、よくそんな平気で……」


「……。私も、平気では、ありませんよ? 実際かなり、いっぱいいっぱいです。でも、だからと言ってすべてを投げ出してしまう。オリヒコ、それは違うと思いませんか?」


「……」


 違うのかも知れない。

 やっぱりリリィは、僕ら人間とは違うのかも知れない。


 リリィは、愛している。

 僕にそう言った。

 だから僕の手が届くくらい傍まで、てっきり来てくれたんだと思ったけれど、その距離はまだまだ遠くて。

 リリィも一生懸命僕をたぐり寄せてはくれているけれど、その隔たりは全然取り払われてはいなくて。

 そしてリリィは相変わらず上のほうに立っているけれど、僕は階段も何も無い場所を上へ登る方法なんか知らなくて。


 結局リリィは最後まで……僕の傍へ、来てはくれないのだろうか。

 結局僕は最後まで……リリィの傍へ、行けはしないのだろうか。


 そんな想いに駆られ、つい口に出てしまったのが、この質問だった。


「……ねえ。リリィ」


「はい?」


「リリィは……何で、そんなに……強いの?」


「……」


 ここで、今まで迷う事無く言葉を紡ぎ続けてきたリリィが、急に黙ってしまう。

 顔にたたえていた笑みも、消えて無くなってしまった。


「え……リリィ?」


「……」


 リリィの唇が動くも、それは声にならない。


「リリィ?」


「……」


 リリィが何かを、懸命に言葉に出そうとしていて。

 しかしそれは、なかなか成功せず。


「……リリィ……」


「……ない……」


「え?」


「……オリヒコ……私……私は……」


「リリィ?」


 そうしてやっと声になったリリィの言葉こそ、僕の失敗を痛烈に指摘するものだった。


「オリヒコ……私は! 強くなんか! ……ない……」


「……! ……」


「そんな風に見えたかも、知れません……。けれど、私は、弱い……限り無く、弱い……。いつ崩れ落ちてしまっても、おかしくなかった……そしてできる事ならば、許される事ならば、私は……私は! 泣いて! 崩れ落ちて! しまいたかった……ずっと、私はずっと、そうだったんですよ? オリヒコ……」


「……あ……」


 リリィの涙を見たのは、それが二回目だった。

 その様子はもうただ、弱々しく。


「私は……私が、誰なのか、判らなかった……教えてくれる人も、居なかった……だから私は、知って、知って知って知って! ただ知って、そして考えるしか無かった……。そこに強さが見えたとしても、そんなものはただの虚像でしかなかった、のに……。だから、だから私は誰かに……オリヒコに……あなたに救って、欲しかった、のに……」


「……」


 そう。

 リリィは、こんなにも、弱かった。

 弱かったんだ。


 頭がいいとか。

 忍耐強いとか。

 力持ちだとか。


 そんな事は、まったく無意味だった。

 僕が、守ってあげなければいけなかった。

 そんな相手を、僕は勝手に、高みへ担ぎ上げて。


 僕は、何も、分かっていなかった。


 ……リリィは何で、そんなに強いの?


 一体僕は、こんな質問をどうしてリリィへぶつけてしまったのか。

 そんな事は、訊かないでも分かる筈だったのに。

 強い筈なんて無かったのに。

 あの別れ際、あれだけ命を焦がして救いを求めた女の子が、強い筈なんてある訳が無かったのに。


 僕は今、そのか弱い女の子を真正面に見る。

 そのか弱い女の子は今、か弱い女の子以外の何者にも見えない。


「……オリヒコ。私は、知ってしまいました……」


「……」


「……人が、傷を負った時に、最も痛い所……。それは、膝なんかでは、ありませんでした……」


「……」


 目の前に居るリリィはただ、ただブルブルと、震える事しかできなくて。

 それはまるで、オオカミに追い詰められたウサギのようで。

 そのウサギがリリィであるならば、そのオオカミは僕でしかなくて。

 そしてそのウサギは今、そのオオカミを頼るしか無くて。


「……オリヒコ。私には……支えが必要です。それも、今すぐ。そうでなければ、きっと……私は死んでしまう前に、壊れてしまいます……その一番痛い所は、粉々に……砕けてしまいます……」


「……リリィ……」


「私の、最後の我が儘です。一つ、私を……わ、私を……っ」


 何をお願いされるのかは、もう聞くまでも無い。

 それをどうするかを、誤ってはいけない。

 もう、後は無い、のだから。


 そして、だからこそ僕は……この期に及んでうまくやろうとしてしまったのだと思う。


「……リリィ。それは違う」


「……え」


「最後なんかじゃ、ないよ。これからもずっと……続くんだ」


「……オリヒコ……」


「リリィ。君はこれから、幸せに暮らすんだよ」


「……オリヒコ! オリヒコおおおおおおおおおおおおおおお……」


 リリィは……号泣し。

 それを僕は……抱き締め。

 そして二人は……二人は。

 二人は。


 ……二人に、時間なんか残されてはいなかった。


「くふっ……」


 リリィは僕の腕の中で、少しだけまた血を吐く。


「……リ、リリィ……!」


「……あ……オリヒコ……ああ……あ……ああああああああ……いやあああっ……お、オリヒコおおおおおおおおおおっ!」


「リリィ……っ!」


「オリヒコ……オリヒコっ! オリヒコおおおおおおおっ! わ、私死にたくないいいいいいっ! わ、わた……オリヒコ私っ! 死にたくオリヒコいやああああっ! ああああああああはあオリヒコおおおおおおおおお……っ! オリヒコ、オリヒコっ、オリヒコおおおおお……」


 後悔先に立たずということわざが、こんなにも重くのし掛かってきた経験は無かった。

 リセットボタンが欲しいと、こんなにも強く求めた事は無かった。


 あのような言葉をリリィに掛けたのは、どう考えても間違いだった。

 結果、僕は彼女に、あまりに大き過ぎる未練を与えてしまう事になり。


「……オリヒコ……私、死にたくない……私、死にたくない……死にたくない……っ」


 そんなセリフが……彼女のいまわの言葉になってしまい。

 僕の腕の中で漏れ続けていた彼女の声からはゆっくり……しかし確実に力が抜けていき。

 とめどなく滂沱していた彼女の涙は……やがて枯れ。

 ついにはそっと……息を引き取り。


 それが、リリィの最期だった。


 殺人兵器が愛を知る方法。

 それは命を手放す事だった。


「リリィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

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