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殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【5】殺人兵器が愛を知る方法
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〔5-1〕万能はあり得ない

『大変! 今どこ?』


「えっと今、駅の改札入ったとこだけど。どうしたの?」


『Uターン! お客さん! 大至急!』


「お客さん? 誰?」


 よっぽど慌てていたらしい松平瑞穂は、僕の質問に答える事無く通話を切ってしまう。

 しょうがない、戻るか……。


 高校へは自転車通学だったから、その必要も無く定期券は所持しておらず、だからここへは当然ながら、切符を買って入場している訳で。

 しばし迷うも、しかし駅員さんへ申し出れば快く返金してくれた。

 そうしてもう一ヶ月以上、住み続けたマンションへと取って返す。


 でも一体、誰が来たと言うんだろう?


 んー……あ。

 もしかして?


 マンションへの道中、前は律儀にバスに乗っていたのだけれど、徒歩でも大して時間が掛からない事が判り、いつしか駅へは歩きで行き来するようになっていた。

 今もついそのクセで歩いて行こうとし、そういえば大至急と言われていた事を思い出す。

 バス停へ戻り……。


 ダイヤが合わない。

 これは走ったほうが早い。

 まあ高校生にして既に運動不足な生活だ、たまには悪くないだろう。


 はっはっ、ほっほっ。

 この、ジョギングをする時に、二回吸って二回吐く呼吸法は誰が考えたんだろうな、とかあまり意味も無い思考がめぐる。


 割と、走っている間とは思考が止まるもので、だからそれ以外の事は特に考えるでもなくマンションへ着く。

 六階建て以上の建物には必ずエレベータを付けなければいけないという決まりがあるらしいが、そのエレベータを待っている間と乗っている間、呼吸を整え。

 部屋の前まで来てみれば、もちろん胸は沸く。


 ……こんな場合、お客さんなんて、限られているじゃないか。


 と、そうして玄関ドアを開けてみれば。


「お帰り、みやま……あ、ええとその……織彦くん」


「え? 急にどうしたの?」


「……」


 迎え出た同居人は、言葉に表現できない表情をしており。


「……松平、さん?」


「えっと……お客さん」


「……?」


 よく解らない。

 何が何だか判らないまま上がってみると、ダイニングテーブルの椅子に一人、腰掛けている女性が居るのを見る。

 それは栗毛の、長髪で。


「トリィ!」


 もう俄然嬉しくなった僕は、はやる心のままに一も二も無く声を掛けた。


「トリィ、元気だった?」


「……」


「えっと、リリィは?」


「……」


 そのトリィの反応はしかし、どうやっても僕が期待したものではない。


「え……ねえ。トリィ?」


「私は、リリィが、とても不憫でならない」


 そのトリィは、両の肘をテーブルに置いてはあごのあたりを支えるように頬杖を突き、挨拶もせず、こちらも向かず、その姿勢のままそんな事をつぶやいた。


「……え?」


「リリィは、モルモットだった」


 ……。


「モル……モット……?」


「マスターが、そう白状した。もともと、初代が居れば満足だった。他に特に何をするでもなく、ただ戯れていたいだけだった。そう白状した。だが結局、初代は今にして云うところの、不完全体だった。その欠陥が姿を現し始めると、それに対処する為にいろいろ試行錯誤を繰り返す事になった。しかし、有効な手段を見付けられないまま初代はそれに耐えられなくなり、やがて他にモルモットを求めざるを得なくなった。それが……リリィだ。そう白状した」


「……そんな……」


「一応、特定の感覚や感情が肉体を害し、それを封じ込める事で応急処置ができるという事だけは判明した。しかし初代に対するその処置は間に合わず、休眠させる以外の対処ができなかったという事らしいが……まあそれは、リリィとは関係の無い話だ」


「……それなら、モルモットなら、リリィが殺人兵器とか勘違いしてたのは……?」


「それは、はっきりとした事は判らない。私が想像するに、リリィは状況証拠的なものによって、そんな風に思い込まされてしまったのだと思う」


「……状況、証拠……?」


「勘違いできる要素は、確かにあった。マスターも、余計な感情が芽生えないように情報を制限したと言っていたし、自由行動を控えさせたとも言っていた。それからマスターを名乗ったのも頼み事を命令と呼称していたのも、ただの……ごっこ遊びのつもりだった、と! ああくそ忌々しい……はた迷惑この上無い話だが、あれだけ鋭い判断力を持っているリリィが、まさかこんな誤認を犯すとは。そうマスターも驚きを隠せないでいた。つまり、分かっていて演じていると、マスターもそう受け取っていたようだ」


「……演じて……?」


「しかし何より……リリィ本人が、あれから今に至ってなお、どこに間違いがあったのか分析する事が、できないでいるんだ。はっきりとした事は判らないし、自分が何者なのか認識できた今となっては、もはや追及する意味も無いだろう」


「……そう……」


「ちなみに言った通り、主従関係はあくまでごっこ遊びだった訳で、だからリリィには実は、マスターがこっそり付けていた名前があるんだ。もちろん私にも初代にも、ある」


「……え」


「愛玩目的……いや、実態はそんなままごとではなかったようだが、そんな目的で傍に置いた初代に、名前が無いのは不自然だろう? その流れでリリィや私に名前を付けるのも、不自然ではない。だが……今は、リリィだ。君が付けた名前だ。それがあるのにこんなものを知る必要があるかどうかは知らないが、君は聞きたいか?」


「……」


「だろうな。私もそれで、いいと思う。私の事も、……まあ気に食わないが、トリィでいい。ところで……私はリリィを不憫と云ったが、問題はそのあたりではないんだ。私は、リリィが自分を殺人兵器などと勘違いした事も、モルモットである事自体も、実はそれほど不憫には思わない。何なら私もモルモットのようなものだが、そんなに困ってはいないからな」


「え……じゃあ?」


「本当に不憫なのは……リリィがモルモット以上の生き方を望んでしまい、そしてそれが……絶対に叶わない、という事だ」


「絶対に、叶わない……? そんな事は……だって……だってリリィは、あれだけ感」


「リリィは」


「……」


「リリィは……命が、もう保たない。今日はその話を、しに来たんだ」


 ……。


「何か、言った?」


「聞こえなかったのなら何度でも言う。リリィは危篤だ」


 ……。


「危ない、って事?」


「違う。それは重体と云うんだ。深い谷の上の、崖っぷちにぶら下がっているのが重体。危篤は既に、落下している最中だ。もちろん落ちても確実に死ぬ訳ではないが、そんな事はまず無い。危篤というのはつまり……もう助かる見込みが無い、という事なんだ」


 ……。


「嘘……でしょ?」


「君との付き合いはそれほど深くはないが、それでも私が嘘をついた事があるか?」


 ……。


「じゃあ、冗談?」


「私がこんなタチの悪い冗談を言うと思ったのか?」


 ……。


「じゃあ、トリィは、僕は、何か悪い夢を見てるんだ」


「ならリリィも夢か?」


 ……。


「じゃあ、じゃあ」


「もうよせ宮前少年、こんな問答をしている間にもリリィの命は喪われていっている」


 ……。


「何で、なんだよ……どうして、なんだよ……どうしてリリィが死ななきゃ……?」


「どんな形であれ、生物の命は尽きる。幸福だろうと不幸だろうと、それだけは平等に訪れる」


 ……。


 いくら何でも、あんまり……残酷、過ぎる。


 あんなに。

 ああまで狂うほどに、僕との別れを激しく拒絶し。

 僕を求めてくれたリリィが。

 もう。


 もう……。


「それで、宮前少年。君にはリリィに、してもらいたい事があるんだ」


「……僕が死ねば、って事……?」


「その話じゃない、早とちりするな。そもそもそれは、手遅れとの事だ。言っただろう? 崖から落ちている最中なんだと。もう救いの手は届かないんだ。そうではなくて、もっと前向きの話だ」


「そんな状況で……前向きな話なんて……あるもんか」


「ある。そしてそれは、君にしかできない」


「僕に……何が、できるって言うの?」


「リリィの、最後に残された時間を共に過ごして欲しい。そして彼女を、幸福のもとに逝かせてあげて欲しい」


 ……。


「何だよ、それ……死ぬ事が前提なんて……どこが、前向きなんだよ……」


「それなら何もしないで、リリィを見殺しにするか? 手を打たなくても、いずれにせよ彼女は、もう、死ぬ。それで、いいか?」


 ……。


「幸福、なんて。僕には、そんな事は……」


「何をしなくてもいい。君がただ傍に居れば、リリィは幸せな筈だ。……ずっと、会いたがっていたんだ。君に」


 ……。


 多分リリィはそう思ってくれている、とは思ってた。

 だから少しだけ……腹が立った。


「それを……閉じ込めて、いたの?」


「それは、マスターの手による奇跡に賭けての事だったんだが……まあ、結局どうにもできなかった訳だから、結果としてそういう事になるな」


「……」


「これは、まるで……不治の病を抱えた患者の面倒を看る破目になった、医者にでもなったような気分だ。ほとんどの患者は、延命など望んではいないだろうに、な……。あれは、見ているこちらが……いっそ狂ってしまいそうなくらいだった」


 ……。


 トリィに悪気が無いのは、あり余るほど理解でき過ぎる。

 ただ、それが納得できるかどうかは、まったく別の話だった。


「ちなみに初代のように、休眠させるという事すらできないそうだ。どんな状態にあっても、間も無くリリィは死ぬ。そういう判断だった」


 ここで僕はふと、思い浮かぶ。


「……そうだ。そうだよ、トリィのマスターは、死んだ人を生き返らせられるんでしょ? 普通の人間は無理でも、超人とかいうのなら。それならリリィも……」


「無理だ。マスターは万能ではない。火の立ち消えた焚き木は、また火を点けてやる事で再び燃え上がる事ができる。しかし燃え尽きてしまった灰では、そういう訳には行かない。万能なものなど……この世に一つもありはしないんだ。宮前少年」


 ……。


 そんなような言葉を、リリィの口からも聞いた気がした。

 それはまだ、ほんの二ヶ月近く前の事だっただろうか。


 しかしそれは遠く。

 懐かしく。

 そして切なく。

 淋しく。

 そして……。

 哀しかった。


 ……。


「と、云うよりもな。マスターの仕業がそもそも全部が全部、初代の、それも超人として生まれ変わる前の初代の発想によるものだ。初代が、マスターを残して自分が死んでしまうのが耐えられなかったが為に、マスターに託していた技術だったんだ。超人の事に関しては、単に初代のほうに天賦の才があったというだけで、甦生の後にはその発想力も喪われてしまったし、だからマスターは万能どころかただの無能だった。そう白状した」


「……え……?」


「情報処理には多少の才があったようだが、マスターはあくまでごく普通のサラリーマンだった。だから初代が休眠している今、マスターなりの必死の努力もあったんだろうが、それでも私がここに居る事自体がもう奇跡中の奇跡で、その奇跡もそれでお終いだった。つまり……今回リリィを閉じ込めていた事には結局、何の意味も必要性も、無かった」


「何、それ……」


「以上の事をマスターが白状したのは、遺書の中でだ」


「! ……え……」


「自分勝手もここに極まれり、だ。期待には応えられないなどと、そんな事を告白するのは難しいという点だけは理解する。しかし、種をバラ撒くだけバラ撒いて勝手に絶望して、自分だけは追い掛けられない所まで逃げるなど、無責任もはなはだしい。リリィの気持ちを散々踏みにじっておきながらそんな始末、あんまりだ。何が……何が済まなかっただ申し訳無いだふざけるな! ……もはや、同情する気にもなれないが……」


「……リリィのマスターが……もう、死んだ……?」


「そうだ。もう、リリィを助けられる者は、居ない。あるいは今の初代でも、もしかしたら何とかできない訳じゃないのかも知れないが、その初代も既にもう、死を待つしか無い状態だ。後戻りはできない。リリィも、初代も、もう居なくなる。だから……」


「……」


 もう。

 もう……居なくなってしまうのか。

 リリィが……。


 ……。


 もう……永遠に会えなくなってしまうのか。

 リリィと……。


 ……。


 リリィ……。

 リリィ……。


 ……。


「悲しい。それは、よく解る。私も、そうだ。だから、それは無理に取り繕わなくてもいい。ただ、リリィの、傍に居てやってくれ。……頼む……」


 頼む。

 トリィのその言葉は、非常に小さく発音された。


 ……。


「分かったよ。リリィの所に、連れてって」


「それには及ばない。リリィは寝室だ」


「……え」


「すぐそこに居る。会ってやってくれ」

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