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殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【4】狂乱
63/66

〔4-20〕種

 その沈黙は、重苦しい沈黙は、人数が三人になってから二時間ほど続いた。


「やっぱり……僕たちも行ってれば」


「……いや。宮前少年」


「え?」


 トリィはおもむろに玄関へ行くと、その扉を開ける。


 そこに見えたのは……赤、という色。


「……リリィ、ちゃん!」


「リ、リリィ!」


「ただ今……戻り、ました……」


 そんなリリィの着ている服は、白いTシャツ。

 戦闘服は松平瑞穂の家に置いたままだったので仕方無しに昨日、百貨店へ出掛けた時のままの服装で出ていったのだが、そのまっさらな布地に赤という色は嫌でも目立った。


「どうしたんだ? リリィ。これは返り血なのか?」


「いえ……私の、血です」


「え、リリィ! 怪我したの?」


「いいえ。いいえ」


「どうしたの! 何があったの!」


 リリィは玄関の中に入ると扉を閉め、その場にへなりと座り込んでしまった。

 そして、はああああ……、と長く息を吐くと、ぽつり告げる。


「首尾は、上々です。私は敵を、完全に鏖殺しました。総勢百七十二名、皆殺しです」


「……」


 その言葉には……どうしても、戦慄させられた。

 その光景は……まったく想像できない。

 もちろんそれこそが、リリィの狙いである訳なのだが……今さらながら、ぞっとした。

 確かにそんな光景、見たくもない。

 これはもう、リリィに感謝しなければいけないが……。


 殺人、兵器。

 勘違いだったという事ではあるが、しかし。


 ……。


 ここに。

 今ここに居る、リリィという存在は。

 一体、どんな存在なんだろうか?


 どこへリリィを置けばよいか。

 その困惑は極まってしまった。


 リリィ、君は……。


 誰?


「……どうかしましたか? オリヒコ」


「あ……いや……何でも」


「そうですか?」


 そこへトリィが、横から割って入る。


「リリィ。それで結局、彼らが何者だったのかは、判ったのか?」


「……いいえ、話し合いは特に持ちませんでしたし。判らずじまいです」


「ふむ、そうか」


「ただ……想像するに、死にたがりの集団のようには思いました」


「……死にたがり?」


「多勢に無勢。それにもかからわず、私は彼らを圧倒したんです。なのに、最後の一人に至るまで、戦意を喪失するような様子が窺えませんでした。印象としては、そのような感じです」


「ふむ」


「それから手掛かりとしては、私と、私に年齢の近そうな少年少女たちの写真。十一人分ほど、ホワイトボードに貼り出されていました。その写真は、私のもの以外すべてに、×印が付けられていました」


「×印……? リリィの物にだけ付いていないのなら、それはリリィも含めて何らかの標的としていて、そしてリリィ以外はもう始末された……とでもいうような事だろうか?」


「どうでしょうか。加えて、写真の下には併せて、何やら数字も記されていました」


「数字? どんな数字だ?」


「はっきりとは、判りません。ただ、私の写真の数字が一番大きかったんですが、見る限りそれは、今まで私が相手をしてきた彼らの人数とおおよそ合致するんです。というより、あの廃倉庫での人数を除くと、ちょうど一致します」


「何? つまりあなたに殺された仲間の人数、という事か」


「その写真に写っていたのは、どれも戦闘中の姿のものばかりでした。そしてそのうちの一つは、どう見ても……トランスフォームモードでの姿と、見受けられました。もちろんそれは私とは別の……少年のものです。ちなみにマークⅢ……いえ、トリィ。あなたと、あと初代の写真は、ありませんでした」


「……。まあ、初代に関しては、超人になってからは外を出歩いていないらしいしな。私の事も、昨日で初顔合わせだったから置いておくとして、だ。我々の他に超人が存在していたとしても、不思議は無かったという所か。しかしそれは何だろうな、そうやって超人を探し出しては、その戦績を競わせていた……?」


「どうでしょうか。確証はありませんが、自分たちの殺害された人数。そんなものをわざわざ記すなら、それは……私の想像の通りに死にたがりなのだったら、それは戦績というよりも、期待指数として掲げていたのかも知れません」


「期待指数?」


「完全に当てずっぽうの話です。彼らは何らかの理由で、死にたがっていた。ただし、どういう訳か好戦的で、戦いの中で命を落としたがった。だから、その為に私たちのような存在を探し求めたし、一度戦闘が始まれば命を落とすまで止まらなかった。そして最近になって、その相手が私一人にまで減ってしまった事で、決着をつける目的で私を呼び寄せようとした。……それでもし私まで命を落としたら、その後どうするつもりだったのかまでは考えが及びませんが、とにかく私はそんな風に想像しました。でも、それを確かめるすべは、今となってはもうありません。写真ももう、処分してしまいました」


「そうか……それならもう、早い事忘れるしか無いな。それでもう、終わりだ」


「……はい」


 何だったのだろう。

 名称すら不明の、敵対勢力。

 熾烈に命をやり取りした割には、すっきりしない幕切れではある。

 もちろんそれは、リリィの想像か的中していたらの話ではあるけれど。


 そう僕がぼんやり考えていると、リリィは言葉を続けた。


「ところで私はその戦闘の際……怪我も負いませんでした。あれだけの人数が相手なら、流石に実力だけではこうは行きません。私はつくづく、運がいいようです」


「……怪我が無いなら……何でこんな?」


「帰路につこうとした途端、私は異様な苦しみに襲われて……そのまま、吐血したんてす。トリィ、つまりこういう事……なんですね?」


「私もマスターから聞いただけで詳しい事は判りかねるが……そういう事、なんだろう」


 何の……事、だろうか。


 リリィは苦しそうな顔。

 トリィは険しい顔。


 何か……何か、深刻な話……が?


「どういう、事?」


「先日言った、欠陥の話だ。不完全体というのはどうやら、いくつかの感覚や感情に強く支配されると、肉体が維持できなくなるらしいんだ」


 ……。


 え。


「肉体……が維持、できなく……?」


 それって。

 それって要するに……。


「発症すると、まるで免疫に駆逐される病原体のように、細胞が細胞である事を放棄する。それによって内臓を中心にやられていって、ついには死に至る。病理は不明。医学的な観点で有効な治療法は、無い」


「……そんな、そんなの……」


「オリヒコ。私は前に、言いましたよね? 私の欠陥について、一つ思い当たる、と。それは残念ながら、的中してしまいました」


 確かにそんな事を、言っていた。

 言っていた、けれども……。


「どうしてそんな事が……あの時もう、判っちゃったの?」


「それほど深く、考えた訳ではありません。ただ……トリィは、超人は人間から生まれる。そう言いました。そして、しかし若くして死ぬ。そうとも言いました。だから私は、超人には子孫が存在しない。そう判断したんです。ただ単に、それだけなんですが……」


「うん、そういう事には、なるだろうけど……。でも、それがどういう……?」


「オリヒコ。そうやって突然生まれ出て、そして一代で絶えてしまう。そんな種の事を、何と云うか知っていますか?」


「え……いや、全然判らない、けど……」


「突然変異種、です」


 ……。


「とつぜん、へんい……」


「遺伝子の異常によって、親とまったく違う性質を具えて生まれる種を、そう云います。この突然変異種というものにはいくつかタイプがあるんですが、基本的にはどれも遺伝子構造がでたらめな状態で誕生します」


「でた……らめ?」


「遺伝子異常とは、要するにそういう事です。それでも、その構造がちょうどうまく機能するものであれば、それは生物としての進化までもが期待できる存在です。しかし……私たち、すなわち超人のように一代で淘汰されているものは……つまりは、そういう事です」


「そういう事、って……」


「性交は、世では日なたに晒せない、恥ずべき行為とされています。しかし、交配とは、そのでたらめな遺伝子構造を安定させる為に必要な、生物にとって何よりも大切な行為なんです。それが叶わない存在とは、つまり……強いて云えば、生物と云うよりも……生物失格。そんな存在です」


「生物、失格……」


「もっとも超人の場合、一度死亡しても甦生するといった、作り話じみた不可解な部分が少なからずあります。ですから一概に、同列のものと見做してはいけないのかも知れませんが……何の事はありません。超人とは、人間の突然変異種だった。それも、生物失格のほうの、それだった。そして、魔術というものによってでも、結局はその寿命にいくばくかの猶予を与える事しか、できなかった。それが、私。……そんな所だと、私は思っています」


 リリィが……生物、失格。


 意味が、分からない。

 訳が、分からない。

 これはまるで、何かの冗談のようだ。

 これはまるで、何かの壮大な冗談のようだ。


 リリィを、見る。


 赤くて。

 荒く息をしていて。


 その髪は長くて。

 その髪は乱れていて。


 その顔は苦しそうで。

 その顔は可愛くて。


 人間の、女の子。

 傷付き倒れた、普通の女の子。


 そうとしか、見えない。


 ……。


 リリィが、生物失格。


 ……。


 意味が分からない。

 訳が分からない。

 これはまるで何かの冗談、まるで何か壮大な冗談のようだ。


「……トリィ。そう、なの?」


「いや。突然変異説は今、初めて聞いた。だが……大筋で、疑問を感じた部分は、無い」


「……そ、う……。じゃ、じゃあトリィも、そんなには……?」


「いや。私は完全体だと言っただろう? そういった問題は無い筈だ。大丈夫か? 宮前少年」


「……あ」


「それに、君も私も、明日事故で死ぬかも知れない。寿命など、語った所でそれほど面白みのある題材では、ないんだ」


「……」


「……あ、リリィちゃん。その……」


 松平瑞穂も尋ねる。


「何でしょうか」


「前にそれ……対策できないとか、何とか……。いやあの、どうやっても死んじゃうならそれは、対策のしようがないってのは分かるんだけども、対策しちゃいけないってのは何だったの? 進んで死にたい訳じゃないでしょ?」


「それですか。死にたくないのはそうですが、でも生物学的に死ぬ筈の存在なら、死んだほうがいいんです」


「そんな事……!」


「少なくとも私の子どもは……私と同じ欠陥を抱えて生まれてくるに違いありませんから」


「……あ……」


 そんな悲愴な事を言うリリィには、トリィが同調した。


「リリィの言う通りかも知れないな」


「そんな、トリィまで……」


「この欠陥が強く現れるのは目覚めた後でだそうだが、目覚める前の我々が早くに死んでしまうのも同じような理由らしい。つまりリリィが生き延びたとして、その子どもがリリィより先に死ぬ可能性すら充分考えられる。明らかに先天予後不良だ」


「……」


「しかし、あれだな。感情や感覚が肉体を害すのであれば、では比較的長生きした私は一体どのような人生を送っていたのか、というあたりに著しい疑問を感じるんだが……まあ、それは今は、関係無いか」


「……トリィ……」


「とにかくそれでリリィには、将来に可能性を懸けて、どんな手段でかは知らないが封印が施された。その感覚や感情の種類が、いささか選択的過ぎるのはもう……神の悪意。そんなようなものを感じるしか無いが……な」


「……神の悪意……」


「ただ、封印が破れたのであれば、その時に強く感じた感情なり感覚なりが、何かあった筈だ。それがどんなものだったか、リリィ。心当たりはあるか?」


「……あります」


「それは?」


 リリィはその説明の前にまた一旦、はああああ……、と長く息を吐いた。

 今度のそれは二回、だった。


「私はこれまでも、数えられないほどの数、敵を葬ってきました。それでもその時は、何となく汚らわしい行為をしたという感覚はありましたが、それだけでした。しかし今日は、それはおそらく……罪悪感。良心の呵責。悔恨。慙愧。忸怩。自責の念。後ろめたさ。そして何より、生理的嫌悪……私は汚れる所まで汚れ切ってしまった。越えてはいけない線をも大きく踏み越えてしまった。そんな感じがしました。異様な苦しみに襲われたのは、その時です」


「そうか。これ以上無いくらい明白だな」


 それからリリィはもう一度、はああああ……、と長く息を吐き。

 そして説明を、続ける。


「そして、そんな私は……オリヒコに見捨てられてしまうかも知れない。オリヒコに見放されてしまうかも知れない。オリヒコに拒絶されてしまうかも知れない……」


 語るリリィのその、声。

 それは……少しずつ、上ずっていっていた。

 ここまでリリィが声を変えたのは……初めて聴いた。


「私は……私は、オリヒコに嫌われたくない。そんな考えに至って、たまらなくなってしまって……直後、私は吐血を……」


 その説明に、敏感に反応したのは松平瑞穂だった。


「……リリィちゃん! つまり、それって……!」


「はい、ミズホ。……オリヒコ。私はもしかしたら、あなたの事が……好き、なのかも、知れません……」


「……リリィ……?」


 それは、愛の告白だったのだろうか。


 リリィ……?


 いや、それどころではない。

 そんなリリィはもう……どうしようも無く苦しそうで。


「リリィ。マスターの所へ戻るぞ。動けないなら、私が運ぶ。急いだほうがいい」


「……トリィ。私は、行きません」


「何を言うんだ」


「オリヒコの、傍に居ます」


「リ、リリィ……でも……」


「居たいんです……居させてください、オリヒコ……」


「手遅れになるぞ? リリィ」


「構いません」


「構わなければダメだろう。死んだら元も子も無いが、生きていれば未来へ期待する事はできる。どうせ死ぬなら、ダメでもともとだ。違うだろうか?」


「マスターの元へ戻って、私が完全体になる事ができる望みはありますか? それまでに私が生き長らえる保証はありますか? ……先に釘を刺しておきますが、ミズホ。ダメですよ? トリィの話によれば、私から封印とやらが破れ始めたあたりから……その手段はもう、手遅れなんだそうです」


「……リリィちゃん……」


「困ったな……宮前少年。何とか言ってくれ」


「トリィ……リリィ……」


「オリヒコ。何も言わずに、私を傍に置いてください。お願い、します……」


「リリィ……でも」


「リリィ。宮前少年が困っているようには、見えないか?」


「……分かっています! そんな事は、分かっています……。でも……でも、今ここに、すぐそこに、あるんです……」


 リリィは……わなわなと、震えて、懇願した。


「私が……ずっと、ずっと! ……求めてきたものが、ここにあるんです……もう手を伸ばせば、届く所に、あるんです……お願いです! お願いですオリヒコ……」


「リリィ……気持ちは解るけど……」


「ダメなんですか? お願いです! どうか! どうか。あなたの傍に……」


 そう叫んでこちらを見上げたリリィの顔は……泣き濡れていた。


 涙を流したい。

 そう願っていたリリィ。


 しかしこんな涙は……受け止め切れない。

 つらいとしか言いようが無い。


「リリィ、やっぱり一度……」


「嫌ですオリヒコ! そんな事言わないでください!」


「リリィ!」


「嫌です! 嫌です! 嫌! 嫌! 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌! いやああああああっ!」


「リ、リリィ!」


「いやああ! いやっ! いやっ! やあああああああああああああああああ!」


「リ……」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 狂乱。


 それが、今のリリィを表現するのに最も適切な言葉だった。

 無表情で無感情だったのも、近頃になって極端に恥ずかしがっていたのも、すっかり想像できないほどに取り乱し。

 叫び。

 嗚咽し。

 身をよじらせ。

 暴れのた打ち。

 掻きむしり。

 苦悶し。

 呻き。

 打ち震え。

 喘ぎ。

 消沈し。

 腑抜け。

 生気を失い。

 硬直し。

 やにわに叫び。

 再び嗚咽し。

 そうして泣き崩れたリリィは……。


「……! っはぁっ……あ……ああ……オ……リ……あ……」


 今まさに目の前で大量に吐血すると、力尽きるようにゆっくりと伏し……。


 そのまま、動かなくなったのだった。

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