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殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【4】狂乱
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〔4-19〕蕎麦と寿司

 リリィは早々に、昨日の夜のうちに出て行った。

 松平瑞穂の家へは、三人で新居転入の前夜祭を催す、みたいな言い訳をしてあった訳だが、その連絡が済んだ後にわずかな食休みを取っただけである。


「二人をよろしく、お願いしますよ?」


「承知」


 リリィの言いつけに対して、そんな堅苦しい言葉で生返事をするという事をしてのけたマークⅢ……あーいや、違った。


 彼女は英語で3を表す接頭辞である、トリィ。


 そう仮に呼ばれる事が、みんなでの相談によって決められたんだった。

 まあ本人は当初、センスが悪いとかどうとか言って難色を示していたのだが、他にこれという案が誰にも浮かばず、何となく定着してしまったという訳だ。


 そんな不承不承な感じのトリィは、リリィへ伝える事があった為にやって来たという事らしく、戦闘の助太刀をしたのはあくまで行き掛かり上の事だったようだ。

 何の話なのかはもちろん気になったが、トリィは教えてくれない。


「自分で伝える。リリィはそう言っていたからな」


 そんな説明をした。

 まあ、今は松平瑞穂の父親やその会社の人が押し寄せてきているし、詳しい話もできない。


 ただ、一点だけ。

 松平瑞穂をおびやかした事を謝罪され、その命をもう狙ってはいないとだけ告げられた。

 それは一体、どういう事なのだろうか。


 彼女が居てくれたお蔭かどうだか、僕たち二人もうなされはしなかったが、そのトリィもリリィ同様に力持ち……という訳でもなかった。

 トリィだけでなくリリィもそうらしいのだが、どうやらトランスフォームモードへ移行した時に、ある部位に対して力を集中させるような事ができるのだそうだ。

 その原理はよく解らず、少なくとも筋力によるものではないそうだが、とにかくそういった感じのチート的な事をやってのけてはじめて、あの怪力が実現するらしい。


 ふと思い立って、それなら空も飛べるんじゃあ?

 と訊いてみたのだが、そうも行かないようだ。

 どうも、より大きく変形するに従って、力が込められなくなってくるのだそうな。

 やっぱり万能はあり得ない、という事か。


 いずれにしても、モード移行というものをしなければその怪力が発揮される事は無く、とはいっても別にトリィが搬入作業の役に立たないという事も無かった。

 むしろ、他の人たちの加勢もあって、びっくりするくらい働いてくれた。

 何だかんだ言いつつも基本、親切らしい。

 それよりも、僕と松平瑞穂のほうが役立たずで、あらかじめリリィから指定のあった設置場所を指示するだけに始終してしまったりして。


 それでも、すぐに終了という訳には行かない。

 断続的に家具が到着するものだから、忙しいという訳ではないがマンションから離れる事もできない、という訳だ。

 ただ、僕のアパートを引き払う必要があり、それには僕が行かなければどうしようも無く、僕には松平瑞穂やトリィも付き添っていなければいけないから、その時だけは松平瑞穂の父親に留守番を依頼する事になった。


 ところで今時、隣近所へ引越蕎麦を配るという風習もあったものではないのだが、それでも気分をという事で、昼食には松平瑞穂の父親が蕎麦の出前を手配した。

 そうして和気あいあいと食事に突入する訳だが、その席でトリィは割と人当たりのいい人物である事が判った。

 基本的に礼儀正しいのはリリィも一緒だが、それに加えてユーモア的なエッセンスもあり、またリリィとは比較にならないほど表情は豊かで、松平瑞穂の父親とその連れに対する受けはよかったようだ。


「正直、しっかりし過ぎてて話しづらいんだよなあ、リリィちゃんは」


 そんな感想が漏れた。


 ちなみにこの感想には僕は違和感があって、つまり僕はそれほど……リリィが何らかの難しい言葉を持ち出してこない限りは……特に、話しづらいという感想を持っていないのだ。

 これは、何だろうか。

 免疫……とは違うか。

 では、ええと……ああ、あれだ。


 波長。


 僕とリリィの間には、まあ僕が勝手に感じているだけなのかも知れないが距離が、ある。

 どうしても越えられない隔たりが存在するのだが、しかしそれでも波長が合う、というような事はあったりするらしい。

 不思議な感じがする。


 しかし、そんなリリィほどには、トリィは頭が回らないようで。

 リリィがあれほど周到に準備していたような、みんなに話すような設定は、用意しても思い付いてもいなかったらしい。

 取りあえずは、リリィのちょっとした知り合い、くらいには自己紹介したのだが、それ以上の事は伝えられずに、愛想笑いでお茶を濁していた。

 その事は……超人であってもその思考能力が押しなべて高い訳ではない、という事実はなお一層、僕からリリィを……引き離した。


 そのリリィは、昼下がりになっても戻っては来ない。

 こうしてただ、待っている。

 それは少し、歯がゆく思う。

 ついて行ったからって、別に僕はヒーローでも伝説の勇者でも何でもないのだから、何ができるという訳でもない。


 する事は……殺人、なのだから。

 それも、大量の。


 だから今さら、ライトノベルの主人公を気取るつもりもさらさら無いのだけれど、それでも強いこの蚊帳の外感。

 それはどうにも、否めなかった。


 リリィ。

 大丈夫なんだろうか?


 そんなつぶやきも、口に出す訳には行かない。

 普通に振る舞ってはいるが、どこか気懸かりそうな松平瑞穂も、同じ心境であるようだった。


 指示役の二人がこんなうわの空で、よく何とかなったなという気はしないでもないが、それでも搬入設置作業は夕方までに済んでしまう。

 会社の人たちは手が空き次第辞していったが、松平瑞穂の父親だけは最後の荷物の処理が済むまで待機していた。


 その最後の荷物が大きなベッドだったのは、まあご愛嬌という所か。


 そして済んだ後、どこかへ夕食でも食べに行かないかと誘われたのだが、リリィがいつ戻るとも限らない。

 丁重に辞退すると、しかしそれでも一緒に食事くらいはという流れになり、寿司の出前など取る話になった。

 まあそれも、せっかくリリィから預かったお金だし、でもやっぱりせっかく引越の打ち上げなのだから、という事で松でも梅でもなく、竹がチョイスされた。

 それでも五人前で一万円弱ほどになるのだから、寿司というものは恐ろしい。


 そう、五人前。

 一応この場に居ないが、一つはリリィの分だ。


 松平瑞穂の父親、それにトリィはビールを傾けた。

 僕と松平瑞穂もちょっと味見しときなさいと言われて、ひと舐めしたのだが……以前にも試してみた事はあるが、やっぱり苦くてまずい。

 ワインは美味しいと思うのだが、大人の味覚というのはよく解らん。


 松平瑞穂のほうは……何か、気に入ったみたいだけど。

 うーん、ええとこれは……その、何だ。

 うーん。

 ……呑んべえの子?

 アホの子改め?


 ちなみに食事の間、松平瑞穂の父親には、高校卒業したらうちの会社に来ないか?

 みたいな誘いを受けたりした。

 そういえばその会社、どんな業務をやっているのか全然知らかった訳だけれども、自身で販路開拓できない各種弱小メーカーの製品や製造技術を預り受けて、それらを複合した新製品の提案や営業を担う、というのがメインの商売なんだそうだ。

 規模としてはそんなに大きくはないが、中小企業基本法の範疇からはギリギリはみ出してしまう程度の商社で、一応大企業の分類に入ってしまうらしい。

 まあ、なんちゃって大企業ではあるが、あんな事がなければ別段業績が悪い訳でもないそうで、その研修システムもしっかりしているとの事。

 就職難のこのご時勢、大学目指すよりそっちのほうが断然おトクかな?

 とか思ってみたり。


 あんな事、といえば別に、何か意地汚い欲をかいて裏取引に応じた訳でもないらしい。

 何か止むに止まれぬ理由があったらしく、しかしその説明は大人の事情、とだけで済まされてしまったが、ともあれ僕と松平瑞穂はその父親から謝罪を受けたりした。


 そんな感じで過ごした訳だが、待ち人、来ず。

 食事が終わるまでに結局、リリィは戻ってこなかった。

 ついに松平瑞穂の父親は、リリィと顔を合わせないまま辞していく事になる。


「しかし、立派な住まいになったものだな? 瑞穂」


「あー、うん。お父さん」


「そもそも高校生だけでマンションというのも、普通はかなりの心配もんだがなあ。リリィちゃんなら何も問題無いだろうしなあ。私よりよっぽどしっかりしてる」


「あはは、だよねえ」


「ははは、こやつめ。しかし、リリィちゃんが居なかったら、どういう事になっていたか……考えたくもないが、考える必要も無いな。改めてお礼を言わないとなあ。よろしく伝えといてくれよ?」


「うん分かった」


「じゃ、宮前くん。瑞穂をよろしく頼むよ?」


「あ、はい」


「じゃ、トリィさんもまたよろしく」


「そうですね、また機会がありましたら」


 そして部屋の扉は閉まり、松平瑞穂の父親の後ろ姿は見えなくなった。


 ……同時に、その人柄に醸し出されていた陽気な雰囲気も、姿を消した。


「リリィちゃん……遅いね? 取りあえずお寿司、どうしよっか?」


「えっと、夏だし……冷蔵庫?」


「ごはん固くならないかな?」


「リリィならこんな時、どうすればいいのかズバッて言ってくれる気がするけれど……」


「役立たずで済まないな」


「あ。いやトリィ、いいけど」


 後になってネットで調べた所、乾燥しない事と冷え過ぎない事が肝要であり、その為には容器に濡れティッシュを詰めてラップをし、タオルか新聞紙でぐるぐる巻きにして、野菜室に保管するのがよいという事を知った。

 しかし今はそこにはたどり着かず、ごく普通に冷蔵庫へ投入してしまった。


「トリィ。その、敵の本拠地っていうのは遠い所なの?」


「いいや、ここから80キロほどしか離れていない場所だった。出て行ったのがあの時間だからおそらく走って行っただろうが、それでも半日掛からず往復できる筈だ。もちろん、公共の交通機関を使えばもっと早い」


 えっとそれは……フルマラソンの四倍近い距離を、12時間足らずで走破してしまうという事か。

 100キロマラソンとかテレビの特番でよくやってるけど、あれ24時間以上掛かってるよなあ。

 まあ、40キロを3時間弱という計算になる訳で、だからトップランナーと比べてしまえば遅いペースなんだろうけど、それでも走り終わった後じゃあヘトヘトだろうし。

 その状態で戦闘、とか……。

 平気なの、かな?


 少なくともリリィやトリィが、体力的あるいは筋力的に別段、特殊な身体ではない事は、知ってしまった。

 とすればもう、そこには不安しか、無い。


「でも……リリィちゃん出てってから、もう丸一日、経つよね?」


「……うん……」


 要するにこれは、リリィが現地で活動する時間も半日以上あるという事であり。

 そしてそれは、リリィのモード移行後での活動時間には圧倒的に過ぎるという事であり。


「リリィってケータイ持ってないけど……トリィも、連絡取れないの?」


「実は発信器が、リリィの髪の中に埋め込まれている。それは私にもだが、ただそれで通信をするのは無理だな」


 そんなもんあったのか。

 シャンプーまでしたのに、全然気が付かなかった。

 確かにトリィは今までも、都合よく登場してきてたけれども。


 トリィは服のポケットから何やら小さい物を取り出し、覗き込んでは言を続けた。


「妨害が無ければ10キロ近く届くやつなんだが、まだ捕捉できない」


「……それって……」


「……。あまりそういう事は考えたくないが、あるいは……」


 トリィは言いかけて沈黙したが、その先は口に出して言ってくれなくても判る。

 僕も考えないようにしてはいたが、頭からそれを追い出す事には失敗していた。

 松平瑞穂も多分そうだろう。


 リリィが、無事じゃないかも知れない。

 それはもしかしたら、捕えられてしまったか、あるいは……。


 死?


 いやいやいやいやいやいやいや。

 そんな事は。


 そんな事は……。


 ……。


 リリィ、お願い。

 無事に……帰って、きてよ……。

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