表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【4】狂乱
60/66

〔4-17〕命というもの

 その、あまりよろしくない想像を紛らわす目的もあって、僕は気になった事、もとい気になっていた事をリリィへ尋ねてみた。


「ねえ。リリィ?」


「はい?」


「銃相手にナイフ一本って……勝算あるもんなの?」


「必勝法は、存在しないと思います。コツのようなものはありますが、それも絶対ではありません」


「え。コツなんてあるの?」


「あると云えば、あります。原点としては、銃弾とは高速度で飛んで来る物ですから、自分へ向かって発砲された後ではかわしようが無い、という所になります」


「まあ、そうだね」


「ですから、まずは向けられた銃口から弾道を読んで、そこに居ない事」


「あー」


「次に、銃弾とはとても小さい物です。つまり、きちんと狙う事が難しいものですから、狙わせない為に動き続ける事」


「うん……」


「ただし銃とは、逆にあまりきちんと狙わなくてもそこそこ命中するものなんです。ですから、同じ動作量で照準をより大きく回避する為に、相手の接近を許さない事」


「……うーん……」


「そうして距離が取れたら、相手を騙して、つまり自分がそこに居る、もしくは居ない、あるいはこう動くに違いないと思い込ませて、照準を自分へ向けさせない事」


「……え、えっと……」


「それから忘れてはいけないのが、自分から見えていない銃口がどこにあるかを探り当てて、かつその照準を騙して自分へ向けさせない事」


「……いや、あの……」


「そうやって逃げ続けて、好機が訪れた時に初めて攻撃を仕掛けるんです。こちらも飛び道具を持ち合わせていない限り、取りあえず先制攻撃は無謀です」


「……」


 うーんまあ、確かにそうやって逃げ切れたら、銃弾は当たらないって事になるけど……。

 どんどん人間業じゃあ、なくなってきてない?


「そんな事が……できちゃうの?」


「私がこうして無事で居る以上、できるとしか言えませんが……」


「いや、それはそうだろうけども」


「確かにまず、銃口から弾道を読む事がそもそも、難しいかも知れません。普通、銃弾とは直進しないものですし、品質の低い銃ではそもそも銃口の向いているほうへ、正確に銃弾が飛び出すとは限りません。だからその見極めについては、コツと云えるものが無いんです」


「え、じゃあ運任せ?」


「ほとんどそうですね。せめてできるのは、銃を見て識別して、その型式から弾道をある程度絞り込む事と、その上で考えられる誤差の分だけ、余裕を持って弾道を避けておく事だけです」


「うへえ……」


「それに、発砲された後に比べれば余裕があるとは云っても、引き金を引くのにはそれほど時間が掛かりません。弾道を見切れたとしても、それを脊髄反射的に回避できなければ意味が無いんです」


「まあ、そりゃそうだよね……」


「それから、騙したり探知したりする方法については、定石がいろいろあります。隙を見せる、つまりわざと自分を危険に曝すのがその基本なんですが、ただそれは相手も分かっている事ですから、戦闘という場にあるのは常に肉弾戦でも技量戦でもなく、実は知能戦なんです」


「え……そういう、もんなんだ?」


「はい。心技体という言葉がありますが、これは重要となる要素をちょうど順番に並べた言葉なんです。力は技に敵わず、技は知に敵いません。それは銃撃戦に限らずほとんどの戦闘行為に云える事で、まあ今回は違いましたが、相対した達人同士がずっと静止したまま、という事がよくあるのはその為なんです。判断を誤れば命が無いから、動くに動けない。そういう事です」


「あ。それってそういう事だったんだ……単なる演出かと思ってた」


「まあそういう風に勘違いされる事も多いようですが、つまり力量差があったとしても、実際に刃を交えてみなければ結果は誰にも判りません。断言できるのは、だからこちらがナイフ一本でも一概に不利とは云えない、勝算も敗算も無い、という事だけです」


「はー……」


「ただそれは、拳銃のたぐいを相手にする場合でしか通用しない話です。銃は銃でも、狙撃銃では狙われている事を察知するのがほとんど不可能ですし、機関銃なんかを持ち出されたらもう、尻尾を巻いて逃げるしかありません」


 ちょっと、自分が立ち入ってはいけそうに無い世界では、ある。

 流石にマシンガンはなかなか出てこないだろうけど、それでも日本で銃が規制されていて本当に、よかった。


「ちなみに……近距離だとナイフのほうが有利、っていうのはそうなの?」


「それは一応嘘ではありませんが、大体間違っています」


「嘘ではないけど、間違ってる……? どういう事?」


「この設題に純粋に答えるなら、本当の事と云っていいです。銃で相手を撃つには、抜く、狙う、引き金を引く。この三アクションが必要になりますが、ナイフは抜くアクションそのものがいきなり攻撃になりますし、腕を振るうたびに連続攻撃が展開できます。銃には操作そのものの他にも発砲の反動や残弾数がありますから連射には向きませんし、攻撃が有効にヒットしない可能性も低くない以上、手数は多く出せれば出せるほど有利です。先制ができて繰り出せる手数も多いという意味で、近接戦ではナイフのほうが銃よりも確かに優れていると云えます」


「なるほど。じゃあ、間違ってるっていうのは?」


「現実にその理屈を適用するのには、かなり無理があるんです。つまり近接戦になると判っているなら、そもそも銃を抜いて狙った状態で近付く……というよりも、そもそも近付く必要すらありません。有効射程内に入った時点で発砲すればいいんです。つまりナイフが有利なのは相手の不意を突いて自分の間合いに捉えられた場合だけなんですが、それはそのまま銃にも同じ事が云えますし、だからそれは知能戦の話であって武器の優劣とは直接関係が無い事なんです」


「やっぱそうなんだね……」


「武器は基本的に、射程が長ければ長いほど優れていると云っていいです。それは、自分を安全圏に置きながら相手に威力をもたらせられるという事を意味します。ナイフのほうが小回りが利いて、それに対して銃は狙いを定めるのが困難のように云われてもいますが、さっきも言ったように銃弾はそこそこ当たります。正しい扱い方を教われば、ずぶの素人でも10メートル先の的を外す事はまずありません」


「あ。命中率そんなに高いもんなんだ? じゃあナイフ全然ダメじゃん」


「はい。射程が少なくとも10メートルもあるような相手には、どんなに素早い攻撃をいくつ繰り出そうが、その射程がせいぜい1メートル程度しか無い限り、まったくの無力です」


「だよね……」


「つまり、武器とは誰かを相手取る時に自分をより有利に導く為にあるもので、その本質が射程の長さにあるんですから、近接戦では、と本質を無視した仮定がまず前提として間違っているんです。結論としてこの設問に対しては、まあ題意にきちんと回答しないという点では詭弁になりますが、はいでもいいえでもなく、それを追究する意味は無いというのが正解だと私は思います」


 リリィの話は明快だなあ、と思ってたら、また何か妙なおまけが付いてきた。


「だから飛び道具を考えないにしても、同じだけ極めたなら剣なんかより槍や棒杖などの長柄物のほうが圧倒的に強いんですが、ファンタジー物のフィクションやゲームで剣ばかりがもてはやされているのには首を傾げます」


 ……あー。

 そのほら、剣にはロマンとか、あるしね?


 まあそれも、全国の槍術家さんにケンカ売る話なのかもだけど……いやしかし。


「だとすると、ナイフで銃に向かうのは相当危ない橋なんだね?」


「はい、そういう事になりますね」


「それならさっきマークⅢが言ってたみたいに、何で銃使わないの? 得意じゃないったって、素人でも当たるんでしょ?」


「……」


 そこで一瞬、黙ったのち。

 リリィは動かない体なりにも目だけはそらし、ぽつり漏らした。


「……そこは察してください」


「え」


 えっと、何?

 それってリリィが、お察しレベルで不器用だって事?


 あー、そうなんだー……?


「……オリヒコ。何か言いたそうですね」


「あ、いやいや何でも。そうするとやっぱり、ナイフになる訳か……。槍なんか持ち歩く訳に行かないだろうし……」


「はい」


「でも結局、不利なんでしょ? よくそれで、向かってく勇気あるね……」


「それについて一つ。必勝法は存在しない、と言いましたが必敗法は確実に存在します。それは戦闘行為だけにとどまらずに、すべてにおいて云える事ですが……」


「……あ。それ、分かるかも」


「きっとそうだと思いました、あなたは前にその答えを口にしましたから。言ってみてください」


「諦めたら、何もできない」


「正解です、オリヒコ」


 うん。

 こういうのってちょっと、嬉しくなるよね。


「さっきの心技体という言葉の引用で、実は少し恣意的な解釈をしました。本当は、知能とはこの言葉で云うところの技に含まれるもので、心とは文字通り心、つまり心構えの事なんです。どんなに強靭でも、どんなに巧みでも、そしてどんなに賢しくても、心が折れてしまっては何にもなりません。しかし私は諦めなかった。だからここに、生き残っている。そういう事です。オリヒコにも、私は生き残って欲しいと思います」


「うん」


「ミズホもですよ? 簡単に命を諦めてはいけません」


「……はい」


「ただ一つ、気を付けて欲しい事があります。さっきの機関銃の例なんかもそうですが、絶対に無理だと感じた時には、迷わず逃げてください。逃げを打つのは正しい姿勢とは評価されませんが、必ずしも悪い事ではありません。……正否と善悪の違いはもう、分かっていますね?」


「あ、うん」


「絶対に逃げてはいけないのは、その結果自分の信念を折ってしまうような場合だけです。それでは何の為に生きているのか解らなくなりますから、その時こそは命すら張らなければいけませんが、それ以外の場合であればどんなに人から罵られようと、基本的に逃げてもいいんです。無暗に意地を張って怪我をしても、得られるものは何もありません」


「……なるほど。そっか」


 何となく、思った。


 リリィは、強い。


 僕は、自分が知っている通りそんなに強くない。

 っつーか弱い。


 でも、今もリリィはこうして、僕へいろいろ教えてくれている。

 僕の手を引いてくれている。


 もしかしたら……それなら。


 リリィが僕の傍へ来てくれるのを、待つのではなく。

 いつか僕がリリィの傍へ、行く事ができたりするだろうか。


 ……。


 やって、みようか。

 頑張って、みようか。

 どこまでできるか、何ができるか、判らないけれども。


 ……。


 ぼおぁん!


 唐突に聴こえたそれは、のちのちになっても後味の悪いものとして心に残り続けた。

 それは無論、扉の閉じた倉庫から聴こえてきた……最後の銃声、だ。


「……」


「……」


 しばし、沈黙させられる。


「君たち二人には難しいかも知れないが、こういった事は深く考えてはいけない」


 姿を現したマークⅢにはふと、そんな事を言われる。

 そんなフォローをさせた僕と松平瑞穂は、果たしてどんな顔を見せていたのだろうか?

 まあ想像するに、間抜け面だったのだろうけど……。


「あえて考えるなら、様々な不公平はあっても、命だけは平等。一般にはそんな風に云われているが、そんな事はまったく無い。命は基本的に、君たちみたいに平和にやろうという者のほうが重く、敵の命も自分の命も度外視して戦場に赴く者のほうが軽い」


「……」


 そう言い切ってしまって、いいのだろうか。

 戦って誰かの命を守る、という事ができる命の方が、重い。

 そう云う事も、できはしないだろうか。


「もっと言えば……命というものに価値など無いと言い切ってしまえば、あるいは命は平等と云えるかも知れないな。役職や能力的に命が惜しまれる事はあるが、それは役職や能力に価値があるのであって、命に価値があると云えるものではない。実際、近隣の者以外の命など割とどうでもいいと感じるものだ」


「……」


 命に価値は無い。

 これは少し斬新な考え方だが、もしかしたらそれほど、不合理なものではないかも知れない。

 ただ、これが正しいという事にしてしまうと、いろんなものの価値観がひっくり返って、大混乱になる事は間違いないだろう。


「しかし……やはり、深く考えるな。人を殺してはいけないというのは人が勝手に決めた事であって、本当にいけない事かどうかは誰にも判らない」


「……」


 この説は、間違っていないだろう。

 理屈的には、合っている。

 ただ、やっぱり……後味が悪い事だけは確かであり、そのように感じさせてしまうという点においては、人を殺してはいけないというのも間違ってはいないのではないだろうか。


 だかしかし、本当の所はやはり、判らない。

 それは、考えても、判らない。

 判らないが、しかし考えてしまい。

 仕方も無いが、しかし考えてしまい。


 そして、そんなであるのは僕一人では、なかったらしく。


「……あ、えっと。殺さなきゃ、いけなかったのかな? って私、思うんだけども……」


 ふと言い出す、松平瑞穂。


 それは、そうだ。

 普通は、そう思う筈だ。

 そして残念ながら僕は、そうせざるを得ない理由を、知っている。

 前にリリィも似たような事を、言っていた。

 モノのホンにも、そっくりそのまま載っていた。


 マークⅢもそれについて、ほとんど代弁をするような事を、言った。


「そうだな、理由は二つある。まずは、獅子はウサギを狩るにも全力を尽くす、という言葉の通りだ。たとえ圧倒的な実力差があって確実に勝てると思える相手でも、そして迫撃尽くして牙や気力を折って無害化できたと思っても、どんな手段で覆されるか判らない。油断はただの命取りだし、ましてや彼らは間違っても弱くない。悠長に余計な情けを掛けていたら、はっきり言ってこちらが危ない」


「ううん……じゃあ、もう一つは?」


「片が付かないんだ。殺されなければ諦めない。少なくともリリィが相手してきた相手は皆、そうだったと聞く。もっとも死後の事など判りかねるし、だから殺されて諦めているかも判りかねるが」


「……」


 まあ、理解はできても納得は、行かないらしい。

 松平瑞穂がちらりと見せた、虚ろげな憂いげなその、表情。


 リリィからちょっといい事を言われ、ちょっと何かができる気になっていた僕は、そんなものを見せつけられて少し……恥じた。

 そして、こんな事で決意が萎えてしまう、自分の弱さに僕はまた……リリィの遠さを、思い知らされた。


 最近の事はどれも、記憶に強く残るものばかりだ。

 しかし今日の事は特に、特に印象強く、強く心に残ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ