〔1-5〕告白タイム
後ろに立っていた松平瑞穂は、普通に制服姿で、ニコニコ笑顔だ。
「面白過ぎるよ? 呼び出しに時間の指定が無いし、来てみれば溜め息つきながらエロ本読んでるし」
「えええエロ本?」
「それ。違うの?」
彼女が指差した文庫本のページには、挿絵が描かれている。
……少女の裸体の。
「う、うおおおおおおおおお?」
何コレ!
何コレ!
裏切られた!
騙された!
信じてたのに!
「ち、違うよ! エロじゃない! こ、これは……ちょっとした入浴シーンで」
「そういうのエロって云うと思う」
うわあああん!
松平瑞穂にエロ認定された!
作者を責めればいいの?
絵師を責めればいいの?
それとも編集の陰謀?
「宮前くん大人しいから全然判らなかったけど、ムッツリスケベ? 意外ー」
うわあああん!
松平瑞穂にムッツリ認定された!
誰かこの出版社、滅ぼしてくれないかなあ。
松平瑞穂は、僕の前の席に腰掛けた。
ええと、近い……。
「さてと、お待たせしました。本日のご用向きは?」
この流れに、この距離で、それを訊いてきますか……。
こんなん、もう告白どころじゃないですよ……。
「いや……あの……」
「言いにくい事? 今日はちょっと時間あるから、待ちますよ?」
「その……言いにくい、っていうか……言えない、っていうか……」
「土曜にガッコー呼び出して、やっぱ言えない? 本当に面白過ぎるよ?」
疑わしそうなまなざしで言う松平瑞穂。
それはそうだ。
「……ごめ」
「あ、ううん。ごめんね? いじめ過ぎたかな」
「……え」
「用件は、大体判るよ? 宮前くんで……七十七人目、だから。……何かちょうど、日付とぴったんこだよね?」
あー……数えてらっしゃいましたか、それ。
「それで……その。だから、大体判るかなあ、とか……その、私がこれから言う事」
「あ……うん」
そうだよね……。
そうなんだよね。
判ってた。
判ってた、けど……。
「私もね。中学の時、凄い好きな人が出来て、それで告白して。でも断られちゃって。だから凄い、気持ち、解るんだ。だから凄い、言うの……つらいんだけど……」
「松平さんが、振られた事とか、あるの?」
「あるよ? えへへ」
「信じられないよ」
「そうかな?」
照れ隠しだろうか、頭をカリカリ掻く彼女は、やっぱり可愛らしくて。
こんなに可愛い子であれば、隣に誰かが居るのが自然な気がする。
やっぱり尋ねてみない訳には行かない。
「えっと、松平さん? その、ちょっと知りたい事があって……」
「57の49の63、ですぜ? 旦那」
おっと。
結構ノリがいいなあ……っつーか、細くない?
折れないかなこれ。
「いや、スリーサイズじゃなくて……いや、それも嬉しいけど」
「じゃあ、なあに?」
「振られた松平さんが、振る側に回った理由」
「……」
あ。
黙ってしまった。
訊いてはいけなかったのだろうか?
「ごめん……嫌ならいいよ」
「うーん。実はかなり言いにくいんだけど……知りたいよね?」
「いや、だから、嫌なら……」
「ううん。断ったほとんどの人に言った事だから」
「そうなの? みんな全然、口割らないけど」
「丁重に秘密厳守をお願いしてます。宮前くんも、よろしくね?」
「あ、うん」
それは……余程の事なのだろうか?
「じゃあ言います。実は、私はですね……」
「……」
「魔法少女なのです!」
……はい?
「夜な夜なうごめく邪悪な存在を、ミラクルパワーで成敗しているのです! でも、その力は恋をすると消えちゃうので、私はどなたともお付き合いできないのです! ごめんなさい!」
松平瑞穂は、頭を下げた。
ええと。
「……本当に?」
「信じる? 突飛な話だけど」
「まあ、突飛は突飛だけど……まあ」
「本当の本当に、信じてくれる?」
「いや、松平さんがそう言うなら、そうなんだろうなあ、って……夢みたいだけど」
「うん……そうだね。そんな、夢のある話だったら、いいのにね……」
そこで……彼女の顔は、曇ってしまった。
そして僕に、背を向ける。
……松平さん?
「魔法少女とか、もちろん嘘だよ? 本当は、もっと汚い、夢の無い話」
「……」
「私……私。あのね、私。実は、本当は……」
「あ……やっぱ、言いにくいなら」
「……ここの校長の、アイジンしてるんですわ」
え。
「アイジン、って……あの、愛人?」
「愛人に種類があるのかどうなのか知らないけど、多分その愛人」
「……それも、嘘、なんだよね?」
「ごめんね? これは本当に、本当。それもね? お金とか貰ってるし、エッチな事もしてるし。もうね、ドロドロの不倫だよ?」
にわかに信じがたい事を言い放ちつつ、再びこちらを向いた松平瑞穂は、はにかみ笑いを見せた。
その笑顔は……最高に可愛かった。
「幻滅、したかな?」
「え、あ、いや……」
「幻滅したでしょ。イケナイ事してるもんねえ……ううん、私が悪いように思われるとか、そういうのはどうでもいいんだ。でも校長に傷が付くのは絶対、ダメだから。絶対、内緒だよ?」
これは……頷くしか、無いだろ?
「……うん」
「ありがと。ごめんね? 本当はお詫びに、キスの一つもあげたい所なんだけど……ごめんね? 私、校長に、心底ぞっこんみたいで。無理。ごめんね?」
「……そういうの、いいから」
「ごめんね? ごめんなさい」
ここまで言われて、それでもやっぱりと迫る事ができる人は居ないだろう。
しかし……。
松平瑞穂が平凡だったら。
または、相手が平凡だったら。
それならあるいは、普通に失恋できたかも知れない。
むしろ涙を呑みながら、応援する事すらできたかも知れない。
しかし、そうするには両者あまりに特別過ぎて。
そして、それでいて松平瑞穂は依然、天使のままで。
……これは、無い。
こんなの、無い。
無いよ。
「こりゃあ……ゾンビが量産される訳だ」
「ネクロマンサーだよね、私」
しばらく二人に、救いの無い笑みが続いた。