〔4-13〕デパート屋上にて
購入手続きが完了するとリリィは、こんな事を尋ねてくる。
「取りあえず、目的の物は買い終わりましたが……二人は、疲れていませんか?」
「あー……うん、どうだろ?」
「ちょっと、疲れたかも?」
「少し休憩しましょう。今は夏休みですから、おそらく屋上に子ども用の遊戯施設があります。それに伴って何らかの出店がある筈ですから、行ってみませんか?」
「お。賛成」
連れ立ってエレベータに乗り込む。
そういえば百貨店のエレベータには昔、エレベータガールなる乗務員があったようだ。
もともとが客の手を煩わせずに昇降機を動作させる目的で配備され、それはやがて独特の声色と口調で客を案内するマスコット的な位置付けの花形ポジションとなって人気が高かったらしい。
しかし悲しい事に、近年の景気衰退とかいうものに煽られてほとんど現存しておらず、僕も実物を目にした事は無かった。
「リリィ。松平さん。ちょっと、上へ参りまーす、とか言ってみて」
「え。えええええ」
「……何を言い出しますか? オリヒコ」
「いや、男の夢と云うか、何と云うか」
「……ミズホ。これは……無視していい、でしょうか?」
「そ、そうだね……」
ショボーン。
R階へ到着すれば、やはりそれなりに親子連れで盛況である。
あっはっはっ!
見ろ、人混みのようだ!
……いや。
ミニ列車、ボールプール、ゴーカート、小型メリーゴーラウンド、コインを入れると一定時間ウィンウィン動く名称のよく判らない乗り物。
そんな感じの遊具で大いに賑わいを見せている。
これも悲しい事に、屋上でこういう遊び場を提供する百貨店は珍しいというレベルにまで減ってきているらしい。
その屋上は、鋭い日差しに晒されていた。
梅雨が明けたと思ったらもう真夏かよ、そう思わない人は居ない筈だ。
うんざりさせられるも、それがやっぱり賑わいを一層増しているエッセンスでもあるのだろう。
ええと出店は……あるある。
ドリンクはもちろん、ソフトクリーム、クレープ、ポップコーン、今川焼、磯部餅、ケバブ、ホットドッグ、などなど。
……いや、何か……オトナのへビーカステラ2012とかいう看板も出てたりするけど、これは明らかに地雷だよね……。
っつーか、へビーって何だよ。
ベビーじゃないのかよ。
そりゃあ確かにオトナだよ。
いやむしろガキかよ。
もちろんリリィにもその、あぶないキケンは察知できたようで、だから松平瑞穂にはこのように言い渡した。
「ミズホはクレープを食べてください。クリーム増量で」
「え。えええええ。強制ですか……」
「はい。あなたはもっと太らないといけません。そうでないと、オリヒコは……その」
「あー……宮前くん、やっぱりムネとかあったほうが……?」
「……大丈夫だから。好きなの選べばいいし」
それでも結局、三人揃ってクレープをという結果に落ち着いた。
僕も最初はケバブにそそられていたのだが、何だか聞いているうちに生クリームな気分になってしまい。
まあ、クリーム増量は流石にしなかったものの松平瑞穂はトッピング全部のせという事にされてしまい、リリィはキウィ&パイナップル、僕はストロベリー&チョコを選んだ。
混み合ってはいるがテーブル席が一つ空いていたので、三人で占領するとクレープにパクつく。
そこから目に入るのは子どもたちの姿だから、会話の内容も自然そんな感じになった。
「ミズホ。あなたは将来、子どもは何人欲しいですか?」
「えっと……うん。普通に、二人くらい? 取りあえず、男の子と女の子?」
「でしたら、ミズホ。あなたはやっぱり、もっと太らないといけません。そんな細身では出産へ向けて、あまりに不安過ぎます」
「ええー、そうなのかなあ? そんなの関係無いって思ってたけど……だって、気合いのほうが大事だって話だよ?」
「まあそういう要素もありますが、仮に無事出産できたとしてもです。あまり痩せていると、早死にしてしまいますよ? それでは子どもが悲しみます。体格を表す指標にBMIというものがあるのは、知っていますか?」
「あ、うんそれは。……あ、でもごめんね? 計算式忘れちゃった……」
「キロ単位の体重を、メートル単位の身長で二回、割ったものです。最も健康的なBMIはおよそ22とされていますが、実際に長生きしているのは24から28くらいの、肥満傾向の人たちなんですよ」
「え。本当? うっそ……ええー」
「本当です。一応、肥満からくる成人病を未然に防ぐ為のケアがきちんと維持できていれば、という条件付きではあるんですが。それでも昔に比べて、肥満ケアの医療が充実してきているという事もありますし、とにかく本当は本当ですよ。実は私もちょうど22くらいですから、もう少し増やしたい所なんですが、ミズホは明らかに細過ぎです」
「細過ぎ……ど、どうしよう! 食べなきゃ! 食べなきゃ!」
「いえ、あまり急激に増やしても、体調を乱すだけです。落ち着いてください」
「あー……はい。えっと、ごめんね? ところで、そういうリリィちゃんは、どーなんでしょう?」
「何がですか?」
「あ・か・ちゃ・ん。何人欲しいのかな?」
「それですか。それは……いえ、私は……月の障りはありますが、産めるのかどうなのかが、はっきりとしませんし……」
「じゃあ、産めると仮定したら?」
「そうですね、私は……その。私は、オリヒコとの事しか考えにありません……ので。やっぱりオリヒコの、希望に沿う形で……」
「あー、リリィちゃんラブラブ。っていうかリリィちゃんって、すんごい立派なお母さんになりそうだよね?」
「いえ、ですから、ラブラブとかそういう事。私には、解らないんですが……」
「あっ……ご、ごめんね? ごめんね?」
「い、いいえ……。それで、オリヒコ。その……オリヒコは、その……私が、相手だと。その……仮定したらです。その……いかほど、望みますか?」
「あー、うーん……そういうのは、ええと何だっけ……コウノトリ? キャベツ? よく解らんけど」
「いやあ宮前サン、それは聞いてるこっちが解んないよー? すっとぼけてますかー?」
「あ、いや。そうじゃなくて、その……ええと、授かりものだって言いたくて。だから、成り行きでいいんじゃないのかな? そういうの」
「ほほう、無計画っすか?」
「だってそれ、決めた通りにならないと、何か失敗した気分になるでしょ? 多分」
「あ……あー! そっか、なるほど。いやあ宮前サン、何気に考えてますね?」
「そうですね、オリヒコもなかなか……これは、失敗しました」
「え? 失敗? ってもう既に? 何をどう?」
「お、おおおおお? リリィちゃん実は、何か凄い野望を抱えてましたか?」
「ごめんなさい、その話ではありません。……オリヒコ、しばらく私を護ってください。ミズホ、もし移動の必要が出たら私を運ぶのを手伝ってください」
……。
ええと。
急に、何の話だ?
「リリィちゃん?」
「のうのうと屋上なんかに上がるべきではありませんでした。……敵です」
「……てき?」
「それは、リリィのマスターからの?」
「違います。おそらくマークⅢの言っていた、マスターの敵対勢力というものです。私は名称も知らずに何十人と言わず相手をしてきましたが、身体的特徴は統一を見ません。ただ必ずサングラスと、左耳に何かの機器のようなものを着けています」
「……あれか」
そんなような人物が、屋上入口のほうからこちらを見据えつつ、しかし混雑にさえぎられつつ、それでもゆっくり近付いてきているのが確認できた。
「こんな人混みで……争いを?」
「どういうつもりなのかは判りません。とにかく私は、トランスフォームモードに移行します。その間、会話はできますが身動きは取れませんので、よろしくお願いします」
「えっと……宮前くん? リリィちゃん? 何が起こるの?」
「何かはよく判らないけど……ごたごた、かな? 僕も経験無いけど、まあリリィと関わっちゃったのが運の尽きと諦めて……取りあえず、何が起きてもいいように心の準備とか、してみてもらえるかな?」
「あー。はい。よく解らないけど、分かりました」
松平瑞穂は、状況はいまいち汲み取り切れていないようだが、それでも取り乱す事は無かった。
僕は少し安堵するが、その間にも距離は縮まっている。
もうそんなに、離れてはいない。
「私は向こうと違ってサングラスすらありませんし、見咎められては困るのでこちらから迂闊な行動を取る訳にも行きません。まずはこの場所からの脱出を図ります。そのつもりで居てください」
「……うん」
「……了解」
「それから、向こうは私の知る限り私のような人間離れした能力を持ちませんが、何らかの武器を使いますし、格闘も手練れです。護れとは言いましたが、オリヒコ。勝ち目はありませんので、安易に手を出すのは控えてください」
「……分かった」




