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殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【4】狂乱
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〔4-10〕父を乗り越え

 そして、そこに割って入ったのはやはりリリィだった。


「申し訳ありません、お父様。口をはさませてもらいますが、今回の事は完全に私の都合で、オリヒコはそれに巻き込まれただけなんです」


「どういう事かな?」


「詳しい説明はできません。ただ、私は訳あって、オリヒコとミズホに付き合ってもらわなければいけない事になりました。マンションを購入するのも、その必要があっての事です。そしてそれは、天涯孤独の身で手続きに必要な書類が揃わない私に代わって、オリヒコに契約主になってもらうというだけの話で、本来は私の買い物なんです。ですから、オリヒコの考え、覚悟。そういう話は今回、あまり意味も意義も無いと考えます」


「んん。そうか」


「といいますか、そこにこだわられると私が困ります。捨て置いていただけませんか?」


「なかなかはっきり要求するね?」


「申し訳ありません。ただ私はむしろ、オリヒコの信用よりも私の信用のほうが問題になると考えていたんです」


「つまり?」


「知り合って間も無い相手に、マンションの部屋を買い与える。あまり普通にある事ではありません。何か裏があるのではと、私とは一体どういう人物なのかと、そう真っ先に疑われるかと思ったんですが」


「ああ、それね。それも無いではないんだが、こういった話は身元がどれだけ確かでも、事情はそれほど変わるもんじゃない。あまり気にしても、俺は仕方が無いと思う」


「そうですか。お父様もなかなか、話の早いかたですね」


「まあ、ついでだから訊いてみるけどね。実際に俺がそういう質問をしていたら、リリィさんはどう答えるつもりだったのかな?」


「いえ……実は困った事に、明確な説得材料がどこにも無いんです。言った通り私は天涯孤独ですし、趣旨として信じてくださいという以下の話しかできないんですが……」


「なかなか卑怯な訴え方をするね?」


「……卑怯だと、お解りになりますか?」


「どこにも疑う余地が無い。裏があるなら嘘でも何でも、それらしい事を言う筈だろうしね。そう来られたらこちらは全面的に降参するしか無いんだが、これを卑怯と云わないで何を卑怯と云うのかな?」


「おっしゃる通りです。ですが、これは逆に云えば、信用する余地も無いという事です。そういった場合、話も聞かずに門前払いをするのが普通ではありませんか? そうされた時こそ、私のほうが全面的に降参するしかありません。どうしてそうなさいませんか?」


「なるほど。リリィさんはつまり、俺をそんな神経の太いつわものだという事にしたいんだね? しかし残念ながら、俺は小心者でね。自分からそんな事して恥をかぶるのなんかどうやっても無理だし、何故そうしないのかとまで言われたらなおさら、どうなるか判らん。もう恐ろしくて、そんな事は絶対にできない」


「それは……失礼しました。しかしお父様、さっきも言ったように今回の事は、私の都合です。つまり説得する義務はオリヒコにではなく、私にあります。それについて私は、そういった卑怯な方法で説得をするつもりだったんですが、当てが外れてしまいました。何を言えば納得してもらえますか?」


「おい織彦。どこでこんな大人物、引っ掛けてきた?」


「……え、あ。……え?」


 びっくりした。

 急に振らないでよ。


「敵に塩を送るという言葉があるが、それを実際にやるのは非常に難しい。しかしこの子はそれどころか塩を散々投げつけた挙句、無くなったので送れとまで言ってきているぞ? こんな愉快な事が言えるのは余程の馬鹿か大物なんだが、まあ前者ではないな」


 あー、うん。

 まあそこは、リリィですから。

 っつーか、リリィ無双は健在でしたか。


 いやしかし、こんな高度過ぎる会話を僕に振られても、何の意見もできないってばさ。

 日本語で話されてるのに、日本語聴いてる気がしないよ?

 もう。


 でも……父さん。

 リリィの事、何となく気に入ったみたい。


「ただリリィさん、悪いが問題はそこじゃないんだ。別に、リリィさんがマンションを買ってくれるという話に反対な訳じゃあない。むしろ、諸手を挙げて歓迎する。だから、リリィさんが俺を説得する必要は無い。そうじゃなくて、だ。理由はどうあれ、経緯はどうあれ、実態はどうあれ。形だけでも、不相応なものが織彦の手に入ってしまう。そこが問題なんだ。それについて織彦がどう思うのか、どう考えるのかが聞きたいんだよ。本人の口から」


「……そうですか」


 そう言われると、リリィにも何も言い返せないようだ。


「そうですね、それは確かに私の出る幕ではありません」


「どうだ? 織彦」


「……僕は……」


「お前が何も考えていなかったのは、見れば判る。だから今、必死で考えてみろ」


 そうは言われても、急に考えろと言われても。

 もともとが頭の回転の鈍い僕だ、何を思い付く筈も無い。

 しかし……。


 すぐに考えが出ないなら、その間にメシにでも。

 そんな事は、父さんは言わなかった。

 黙って僕の言葉を待っている。


 真摯という事だ。


 それを裏切ってはいけない。

 だが、どうしても考えはまとまらない。

 そうして焦りが募り、そうしてまた頭の回転が鈍る。

 いつものパターンだ。


 その沈黙に耐えかねたのかどうなのか判らないが、やがてリリィが口を開く。


「私が質問してみましょうか。いいですか? お父様」


「んん。まあどうぞ」


「では、オリヒコ。答えてみてください」


「……え? あ、うん」


「私はあなたにマンションを買いますが、それは迷惑ですか?」


「……いいや」


「あなたがマンションを受け取るのは、私の願いだからですか? 単に高額なものを手に入れたいからですか? それとも他の理由がありますか?」


「……リリィの頼みだから」


「私の願いだと、どうして聞き入れてくれますか?」


「……リリィが大事だから」


「今のあなたがマンションを持つ事は分不相応だ、という認識はありますか?」


「……かなり」


「それについて、あなたが相応となる為に今すぐ努力できる事は、あると思いますか?」


「……ほとんど無いと思う」


「では、何もしませんか?」


「……何ができるか考え続けようと思う」


「もしお父様の言う通り、将来あなたが無心の考えを抱いてしまったらどうしますか?」


「……リリィに相談してみる」


 リリィは父さんを向き直った。


「お父様。私にはもうこれで充分です。はっきり言うのは失礼ですが、あなたの息子さんは馬鹿です。でも馬鹿なりに自分にできる事をきちんと把握していて、できない事は正直に申告していますし、その改善を放棄しない姿勢も窺えます。きっとこの先起こるほとんどの事に責任は取れる。そう私は判断しますが、どうでしょうか?」


 うあ……何かとんでもない太鼓判を押された。

 ちょっとちょっとリリィ、あんまり僕を持ち上げないで?

 怖いってばさ。


 っつーか、よくよく思い返せば今の問答、僕が他の答えを選ばないような感じに誘導されてた気がするけど?


「んん。悪くはない、かな?」


「では、お認めくださいますか?」


「しかし済まんが、少々決定打が足りない。何しろ不肖の愚息でね」


「そうですか。ではオリヒコ、今の問答をあなたの言葉に練り直してみてください。材料があるんですから、不可能ではない筈です」


 うーん。

 苦手なんだよな、そういうの……。


 と、また思考がよどみ始めたあたりで、ふと閃くものがあった。

 どうして思い付いたのかは解らないが、これは行ける。

 というより、これしか無い。


 言ってみるしか無いだろう。


「父さん……僕は」


「んん?」


「何も考えてなかった。将来どころか、十秒先の事も」


「お前が考え無しというのは承知済みだが」


「でも、リリィ。松平さん。この二人が大事なのは、本当だから。未来の事は何も保証できないけど、最大限の努力をする」


「……」


「……えっと……取りあえず、それだけ」


 リリィが……あ、あれ?

 ねえちょっと?


 あー何かリリィが、目に見えてガックリとしたけれども。


「オリヒコ……どうしてそうなりますか?」


「えっと……え?」


「どうしてその言葉が出てきましたか? 私は確かにあの言葉に口説かれましたが、今は相手も状況も違いますよ?」


「……あ……と……」


 言われてみれば、今の言葉はさっきの問答を踏襲できてないし。

 っつーか、マンションの話と全然関係が無いし。

 何でこんなのがいけると思ったんだ?

 何でこれしか無いと思ったんだ?

 あれー?


「いや、その、ごめん……」


「あなたは……馬鹿ですね。いえ、馬鹿だとは思っていましたが……はるかそれ以上に」


「いや、だから、ごめん……」


「ふふふふふふ」


 その時母さんから、よく解らない笑い声が漏れた。


「これは、認めない訳に行かないわね? あなた」


「んん。んんんんん……」


 え。

 母さん?

 父さん?


「未来の事は何も保証できないけど、最大限の努力をする。ですって! 懐かしいわあ」


「え? 懐かしい?」


「それってこの人が結婚を申し込んだ時、お母さんのお父さんに言ったセリフよ?」


 ……。


 はあ。

 さようですか。


 ……いやいや、ちょっとちょっと。


 何それ?

 どういう事?


 何でかぶるの?

 まさか遺伝?


 っつーか、あーまた何かリリィが、目に見えてガックリしてるけど?


「お父様……はっきり言うのは失礼ですが、あなたも馬鹿なんですね。お願いですから結婚相手の未来くらい、嘘でも保証しておいてください。それではオリヒコの事、何も言えた義理ではありません……」


 あ、あああああ。

 はっきり言わないであげてリリィ、ちょっと可哀想だから父さん。


「……」


 あ、あああああ。

 ほらリリィ、落ち込んじゃったよ父さん。


 頭を垂れてしまった父さんをもふもふしつつ、母さんが話し掛けてきた。


「織彦。話は決まりよ。契約書を持ってきて」


「あ、あー……いいのかな? こんなんで……」


「大丈夫よ、この人ただカッコつけたかっただけだから。ほら、噂に聞いた事はあるでしょ? チチオヤノイゲンってやつよ。可愛いでしょ? ふふふふふふ」


 いや、あの、自分の父親を、可愛いと紹介されるのもかなりアレなんだけれども……。


 っつーか何かそれ、元素名みたいだよね?

 ハイドロゲンとかオキシゲンとか。

 貫禄も品格もガタ落ちだってばさ。


 しかしまさか、僕が父さんにこんなピンポイント攻撃を仕掛けてしまうとは。

 まあ説得できた、というかケムに巻けたみたいだし結果オーライ……なのかな?


「それと織彦、もう一つ」


「何?」


「そろそろいい時間だけど、お嬢さんがたのお布団、用意してないから。あなたのベッドでよろしくやりなさい」


 ……。


「はあああああああああああああああああああああ?」


 あごが外れた僕の後ろで、リリィと松平瑞穂は顔を見合わせたのだった。

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