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殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【4】狂乱
48/66

〔4-6〕くじ

 一体、リリィの頭の中はどうなっているのか。


 そんな疑問もよそに、リリィの説教はまだ続く。


「それは不正に限った事ではなくて、例えば宝くじなんかがそうです。あれは、買わなければ当たらない。そう云われていますが、はっきり断じます。買っても当たりません」


「え。えええええ。はっきり言い過ぎじゃ……」


「でもリリィちゃん、あれってきちんと当選番号とか発表して、って風にちゃんとやってるよね? それなら、絶対当たらないって事は無いと思うんだけれども……」


「いいえ。確かに当選番号が存在する以上は当たるとは云えますが、それはこうして外を歩いている時に、いきなり隕石の直撃を受けるのと同じくらいの確率です。そんな事態にはまず、遭遇しません」


「そんなに確率、低いんだ……」


「えーでもでも、それは一等を狙えば、だよね? 四等とか五等とかなら結構、出るって聞くけども……」


「いいえ。そもそも宝くじなどの賭博のたぐいは主催者側が儲かるようにきっちり計算されていて、だから末等であっても当選する確率は相変わらず低いんです。余程の強運を持ち合わせていない限り、絶対に損をしますよ。お金を払って落胆を買う、そんな馬鹿げた話がありますか?」


「でもさ、夢を買うものだ、とも云われてるよね?」


「そうそう。万が一当たっちゃったら、とか……じゃあ当たったら何買おう、とか……」


「いえ、それも。まず、嫌な事が先にあって、後でいい事がある場合。その逆に、いい事が先にあって、後で嫌な事になる場合。後味悪いのはどちらですか?」


「いやそりゃもちろん、後が嫌なほうでしょ」


「そうですね。そして宝くじは、どうしても夢に浸れるのが先で、外れて落胆するのが後になります。だからそこで嫌気が差してやめたり、次回からは当たらない前提で、戯れに買ったりもする事もあるでしょう」


「うーん。でも宝くじって、そういうもんなんじゃないかなあ」


「それで済むなら全然いいんです。でももし、運悪く外れたけど他に当たっている人が居るじゃないか、だから自分も次こそは。うっかりそう考えて次にまた買ったとしたら、でも結局はまず当たりませんから、そのたびに嫌な思いをします。そしてまずい事に、その後味の悪さにもかかわらず、下手にいい思いをできる瞬間が先にあるせいで、それを求めてまた次を買ってしまう。悪循環です。当たるという前提で買ってしまうと、こうやって結構簡単に、精神的にも経済的にもかなり苦しい賭博依存症に陥るんですよ」


「……あー」


「うわー……」


「逆に、当たらない前提で買うならそもそも、浸る価値があるほど夢は膨れません。つまり基本、宝くじには夢も希望も存在しないんですよ」


「しぼんだ」


「うん。思ったより面白くなさそう」


「それに、考えてみてください。そもそも夢を買う、つまり当選するかも知れないと想像したらなぜ嬉しいのか。それはミズホの言う通り、普通はお金が欲しいからで、お金が欲しいのは何か買いたい物があるからです」


「ああうん、だよね。何かいけないの?」


「いいですか。得られない公算が大きいお金によって求めるような物なら、確実に手に入る訳ではないんですから、どうしても欲しかった物だとは云えないんです。だとすればそれは、無くてもおそらく困らない物という事になりますから、求める必要も無いんです。お金に余裕があるというだけでそれほど欲しくもない物を買ってしまうようなら、それはただの無駄遣い。物に限った事ではなくて、低収入ゆえに安定した生活を求める場合でも、理屈は同じです」


「あー……うーん、そんなものなのかな……」


「そして、もし幸か不幸か高額当選してしまった場合でも、貯蓄をする例はほとんどありません。それに当選者情報というのは、立派な金づるです。それは陰で売りさばかれますから、その情報を買ったハイエナのような業者に、取り囲まれる事にもなるんです」


「え……そんな業者居るの? っつーか、そもそも当選情報って勝手にバラされたりするの?」


「宝くじビジネスとはそういうものです」


「マジっすか……」


「そうして当選者は、手当たり次第に物を手に入れる事になる訳ですが、それは渇望していた物ではないのでのちのち手元を離れてしまいます。そうはならなくても、本当に欲しかった訳ではない物に囲まれていた所で何にもなりませんから、そんなものは当選しなかったのと本質的に違いがありません。つまり、宝くじは買っても当たらない。もっと言えば、当たっても当たらない。そういう事です」


「……はー……」


「それに実際の所、高額当選者は比較的高い確率で、破産してしまうそうです。どうしても浪費に歯止めが利かなくなったり、要らない冒険をして大損してしまったりするものなんですよ。お金が降って湧くのは、あまりいい事ではないんです」


「そうなんだ……」


「結局、本当に価値があるものとは、お金によって手に入るものではないんです。それはセレブと呼ばれる人々を見れば明らかで、一見して優雅できらびやかなようではありますが、彼らは本当に有意義な体験をほとんどしていません」


「え、それは……どうかなあ? 贅沢をする、ってのも幸せな事だとは思うけど?」


「例えば登山。挑戦した事はありますか?」


「何か突然だね……無いけど」


「ミズホはどうですか?」


「あー、私も、無いねえ。そういえば」


「そうですか。登山家へ向かって何故山に登るのかと尋ねれば、そこに山があるからだと答えが返ってくるでしょう。そんな話を聞いた事はありませんか?」


「あー。うんうん、あるある」


「何か気取っちゃって、って感じはするけどね?」


「いえ、これは気取るとか格好をつけるとか、そういう話ではありません。そう聴こえてしまうのは、これがきちんとした説明ではないからですよ。つまり、それは確かに登る理由ではあるんですが、実はそのもっと先に本当の目的があるんです」


「え。どういう事?」


「そこに山があるなら、どうして登らなければいけないのか、という事です。そしてその答えは非常に単純で、数々の難所をクリアして登頂せしめるという、その達成感を得る為なんですよ。つまり、登山とはその過程に醍醐味があるもので、綺麗な景色とか美味しい山の幸とか、功績に対する賞賛などといったものは、あくまで副産物でしかないんです」


「あー。そういう事だったんだ」


「確かに、ゲームがそこにあったら取りあえずやっちゃうって人、結構いるねえ」


「ところがセレブたちはそこへ、ヘリコプターを使って乗り付けるような真似をするんですよ。馬鹿げていると思いませんか?」


「……いやいやリリィ。それは流石に、無いんじゃない?」


「まあ実際にそこまでの暴挙へ出ないとしても、命懸けの真剣勝負である筈のものを、万難排して単なるレジャーにしてしまうくらいの仕業は平気でやってのけるでしょう。現に富士山を登るにしても、五合目まで自動車を使うのは一般人の間でさえ、当たり前になってしまっています」


「んー。でもセレブって、あんまり死んだり怪我したりする訳にも行かないんじゃないのかな?」


「その条件は、一般人だからといって特に変わったりしませんよ。いくら冒険しに行くとはいっても、怪我上等で臨む人は居ません。それともオリヒコは、わざわざ怪我をしに山へ出掛けますか?」


「あー、いや。それは無いけれども……」


「逆に、だからと言ってその危険を排除してしまえば、当然ながら達成感も何もあったものではありません。そうして、本当の目的を見失ったまま副産物だけを享受して、やがては飽きてしまう事になるんですが、オリヒコ。ミズホ。果たしてそれのどこが贅沢なんですか?」


「……あ」


「あああああ、そっか……」


「分かりましたか? それがゲームなら、オープニングも本編も全部飛ばしてエンディングだけを観るようなものですけど、そんなものは既にゲームではありません。富士山にしたって、あれを登るなんて事は本来そんな生易しいものではなくて、だからそれを果たした達成感もひとしおだった筈なんです。その半分以上も省略してしまっては、ちょっと珍しい場所へ行った、程度の気分しか味わえないのではないでしょうか」


「あー、なるほど……」


「お金を使うとは、そういう事なんです。もちろん登山を始めるにしても資金が必要でしょうし、だから最低限の水準というものは当然存在します。ですから、そこまでは無いと困る物ですが、しかしそれ以上は……もちろん病気や事故などの、いざという場合に対する備えというものは必要ですが、それ以上を求めるのは……愚かな事でしかありません。お金があり過ぎる事は、何らかの横着を働いて価値を見失う為の手引きにしか、ならないものなんですよ」


「そっか……。まあ、お金は必要な分だけあればいい、って云うけども……」


「それではまだ云い足りません。お金は、必要以上にあってはいけないんです」


「い、いいいいい? それはまた、極端な……」


「え、えええええ……リリィちゃんそれじゃあ、それこそマンションとか、高い買い物ができなくなっちゃうんじゃあ……」


「いいえ。そういった大事なものこそ、欲しくなった時点で計画的に必要な資金を蓄えるべきなんです。つまり、お金がある程度集まった時点で何か手頃なものを、という選び方では結局、その物件が本当に欲しい物ではなかったという事になってしまうんです」


「あ……そっか」


「それによって、額に妥協して不満の出るような場所を選んでしまったり、欠陥住宅を掴まされたりして、買い物に失敗するんです。実は今回のマンションも、そういった不安を抱えているんですよ?」


「そうだったんだ。難しいんだねえ……」


「でもリリィ。そうすると、本当に欲しい家が見付かっても買えないんじゃあ? 先に誰かに買われちゃったりするでしょ?」


「そこは競争ですから、仕方ありません。それにもし、心から欲しい物件だったとしたらその買主に、お金が貯まった時点で譲ってもらえないか交渉するべきだと思いませんか? ある程度の上乗せで頷いてもらえるかも知れませんし、一点物であればあるほど誰かに買われてしまったら終わり、という事はありません」


「まあ確かに、本当に欲しいなら……そうするよね」


「どうしても欲しいとはそういう事の筈ですが、しかしこの言葉は何故か、値切る時に使われます。逆ではないのかと思われるものがまた、ここにも存在する訳ですが……」


「あー、そういえばそうだね。確かにそう云うけど、どうしても欲しいならいくらでも出す筈だよね」


「それはつまり、お金ほど大事なものは無いと考えているという事で、しかし事実は逆です。お金は、云われているほど価値のあるものではありませんし、より正確に言えば、大事にすればするほどその価値が下がってしまう、不思議な存在です。そしてもっと言えば、お金が無い状態でも買い物をする事はできるんです。その為にあるのが融資、つまりお金を借りるという事です」


「でも、家を買えるくらいのお金なんて、そうそう借りれないでしょ?」


「もちろん、お金を借りるのにもある程度の担保が必要になるんですが、そもそも担保とは信用の事です。つまりお金よりもまず、信用を得なければいけないんですよ。逆に、信用さえあればお金が無くても、何でもできてしまうんです。他にも、老後の為に貯金をする事が立派な事のように云われていますが、信用。絆。そういったものが得られていれば、実は一銭も無くても困りません。ですから私に云わせればお金を貯めるより、面倒を見てくれる子どもや仲間を得られたほうがずっと立派です。ちなみに絆とは、義理の事ではありませんよ?」


「信用、絆。かあ……」


「もちろん現実には、そういったものを得るのはお金を得るより難しいものです。というより、それを得るためにお金がある程度、必要だったりもします。それでも、だからこそお金なんかよりもずっと、価値があると思いませんか?」


「なる、ほど。そうだね、うん。よく解った」


「それにしても、お金は大事にするほど価値が下がる、かあ。ホントに不思議だね? リリィちゃん」


「そうですね。ちなみにまったく関係無いんですが、面白いお話があるんです」


「え? どんな?」


「ある子どもが、親からアイスを買ってもらいました。しかしその子どもは不覚にも、せっかく貰ったアイスを取り落として、台無しにしてしまいました。その子どもは大泣きしてしまい、親は仕方無いなともう一度同じアイスを買い与えました。その子どもは、さっきのアイスがよかったんだと駄々をこねて、泣きやみませんでした」


「あはは、あるある……って、私それやったよ……」


「うん、僕もやった……」


「同じ子どもが、親から今度はお小遣いを貰いました。しかしその子どもは不覚にも、せっかく貰ったお小遣いを取り落として、失くしてしまいました。その子どもは大泣きしてしまい、親は仕方無いなともう一度同じ額のお小遣いを与えました。その子どもは、ありがとうと大喜びをして、泣きやんでしまいました」


「……あ……」


「……そうだよねえ……あのお金がよかったとか、確かに無いよねえ……」


「はい。面白いと思いませんか?」


「うーん。面白い……っつーか、何か象徴的だね……」


「うん。もの凄い意味深、だね……」


「では閑話休題、そろそろ話を締めましょうか。解っているとは思いますが、さっきの登山の話は、欲しい物は自分の手で掴まなければ意味が無い、という事の比喩です。そもそもの所で、賭博のたぐいが法律で禁じられているのはそういった理由からの筈なんですが、その一方で宝くじなんかの運営を許可するなど、あまりに片手落ちに過ぎます」


「それはまあ、そうだよね。それは絶対おかしい」


「そうだねえ。私、宝くじとか絶対買わない」


「それがいいでしょう。第一、宝くじの配当金というものは、当選しなかった人の純粋な損失によって発生するものなんです。そんな不誠実な方法によって手の届かない大きな幸運を求めるよりも、小さくても身近な幸福を育てていく努力をしたほうが、きっと人は豊かに暮らせます。この世には、うまい話も方法も、存在しません。……以上です。うまくやろうとするなという例はまだまだ挙げられますが、結論が似通うので省きます。いかがでしたか?」


「……おおおおおおおおおおー!」


 松平瑞穂は、惜しみない拍手をリリィへ贈った。

 何か人生のうち、リリィによるこの説教が、一番為になる授業だったように思う。


 が……一体リリィはどうして、ここまで達観しているのだろうか。

 一体リリィは今まで、何を思って生きてきたのだろうか。


 やはりリリィは……遠い。

 そんな事も思わせられた。

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