表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【4】狂乱
47/66

〔4-5〕例題

「ところで説教に移りますが、ここで一つ例題を設けます。私のではなくマスターの収入だったという事にして、代わりに納税してもらう。そんな手段も考えられますが、これはクリーンでよいやり方だと思いませんか?」


「あ……なるほど。うん、どうしてそうしなかったの?」


「騙されましたね? オリヒコ。期待通りの回答、ありがとうございます」


「……」


「要するに、所得税というものは所得を得た者が支払わなければいけないもの、という事です。ですからこれでは、私が脱税をするという事実に何ら違いが無いばかりか、マスターが納税をするのにもかかわらずそのマスターのほうまでが、脱税の共犯という事になってしまうんです」


「あー……そうなるんだ……」


「しかもこれは形式上、私からマスターへの贈与という事になりますから、そこで発生する贈与税もついでに脱税してしまう事になる、そういう非常にまずい悪手なんです。そんな事だったら、お金をまるまる温存しつつ私だけが脱税してしまうほうが、はるかにクリーンで得をする。そういう事になります」


「……はー……」


「つまり、何か不正を企てようと思ったらその為には、相当に注意深くなくてはいけません。それには優れた頭脳がどうしても必要になりますが、それが実際にあれば犯罪が実行できてしまうんです。ですからあなたたちは、願わくば……馬鹿で居てください」


「……あはは……」


「真面目な話ですよ? それが、無知の知というものです。それをわきまえておく事によって、できない事はしないと切り捨てる。あるいは、仕方無しにするにしても充分な準備の上で臨む。そういった事ができるようになるんです」


「あー。そう言われると何か、馬鹿が凄いように聴こえるね……」


「ちなみに不正をするというのは、そこに悪意が無ければいいというものではありません。今の例で云えばむしろ、納税をちゃんとしようという善意しかありませんよね? しかし裁きというものは事の善悪ではなく、事の正否によって判断されるものなんです」


「えっと……正否と、善悪って、どう違うの? おんなじ事な気がするけど……」


「正否とはルールに沿っているかどうかという話で、善悪とは人がどういう印象を持つかという話です。例えば、酷い虐待を繰り返して、何度罰せられても改心せず、どうやっても制止できない者を殺害する。こういった事は決して悪行ではなくて、むしろ被害を迅速に食い止める善行だと、そうは思いませんか?」


「あー……そっか、なるほど。人殺しはダメってなってるけど、必ずしも悪い事とは限らない、って訳か」


「そういう事です。ですから害意がすなわち悪意、という事はまったくありません。ところが、悪意ではなく害意を持つ事のほうが正しくないとされているので、罪に問われてしまうんです。逆に言えば、悪意を持つ事はこれといって間違っている訳ではない、という事になります。まあ、悪意を持つだけでは何も起こらないのに対して、害意を持てば被害が発生する。その点においては、あながち間違った判断基準とも云えませんが……」


「うん、まあ、そうなんだろうけど……何か、凄く納得行かないね?」


「そうですね。とにかく、不正をするというのは、悪意の無いものであっても結果的に正道を踏み外す事になりかねませんから、やろうとしてはいけません。法を破るというような事は……正道にはどうやっても這い上がる事ができない、私のような者に任せておけばいいんです」


「……リリィ……」


「ただ、法廷というのは名称に反して必ずしも法一辺倒ではなくて、善悪についても多少は加味して判断していくものです。法に定めの無い要素をいろいろ考慮して、刑を減軽する事を情状酌量と云いますが……」


「あー。酌量の余地無し! とか、決めゼリフっぽいよね」


「そういうものですか。まあそもそもの所で、単純に法と合致するかしないかの判定をするだけでしたら、そういった事はコンピュータのほうが得意です。人間が、それも複数の裁判官が判事を務める必要はありません。一応そのような救済システムはありますが、しかしそれでも、それを期待して犯罪を行う。そういう姿勢は、やってはいけないと決められている事をやるのに罰だけは逃れようという態度ですから、むしろ罪は重いと云えます」


「それはまあ、リリィの言う通りだけど。でも、そもそも必要も無いのに、犯罪者になろうとか思わないかなあ……」


「そこは、少し話はそれますが、非常に難しい問題なんです。ほとんどの犯罪者は何らかの理由によって、過失犯であればそれをせざるを得ない状況に、故意犯であればそれをせざるを得ない心境に、それぞれ置かれているものです。そしてそれは、本人だけに原因や責任があるものとは限りません。だからこそ、どんな犯罪者にも裁判を受ける権利があるんですよ」


「あー、えっと……過失ならともかく、わざとでも本人のせいじゃない、なんてあるの? さっきの虐待の話みたいのだったらまだ分かるけど、自分勝手な理由でやったんだとしたら完全に本人の責任じゃあ?」


「そんな事はありません。例えば日々、一方的に気を逆撫でるような事をされ続けて、とうとう堪忍袋の緒が切れてその相手を殴り付けてしまったとしたら、どうでしょう。恨みを抱いたからって必ずしも殴る必要性がない以上、その逆襲も間違いなく自分勝手な理由の筈ですけど、ではこれは果たして殴った本人のせいなんでしょうか。誰かを殴ってはいけないと決められていたら、どんな場合でも相手を殴る事は許されませんか?」


「あ。そういえば私もこないだ、校長ひっぱたいちゃったよね……。別にあれも、絶対にひっぱたかなきゃいけない理由まであった訳じゃあなかったけど、だからって流石にあんなんで罰までもらうとか、ちょっと待ってよって言いたくなっちゃうかなあ」


「……あー、うーん……そっか、確かに……悪者なんて問答無用でそのまま罰しちゃえばいいのにって思ってたけど、そういう訳にも行かないのか……」


「今の例えは単純でしたが、大体の犯罪の因果関係はかなり複雑なものです。誰かに責め苦を与えられ続けた為に歪んでしまって、そのせいで被害が別の人に波及する事も普通にあります。特に、親が子に与える抑圧というものは強烈で、親から受けた虐待を我が子にもしてしまうなんて事もあれば、それによって人格を狂わせて凶行に及ぶというのも重犯罪では普通によくある成り立ちです。問題児を見掛けた時に、親の顔が見たいと云われるのもそういう根拠があっての事なんですよ」


「うっひゃあ……親の責任って、そんなにもの凄い重たいものなんだねえ……」


「はい。親が子の人権をある程度制限する事が認められているのは、それが理由です。まあ、そういった犯罪の理由が何にしても、その原因をどうにか突き止めたとして、ではそれに対してどういう罰を与えるのが正しい事なのか。そんな事は、いまいちよく分からないものです。特に、問題に対する正しい処置だと誤認して間違った処置をしてしまう、確信犯と呼ばれる犯行については対応に困惑を極めます」


「あーそれ確かに、何を基準にして決まってるんだろ」


「はい。人が人を裁くとは、どういう事か。この話は実は、法曹界でも揉めに揉めていて、決着がついていない議題なんですよ。少なくとも、目には目をという単純な杓子定規で片が付けられる話ではないんです」


「あ。ハムラビ法典、だっけ。最初聞いた時は、凄く納得の行く合理的な裁き方だって思ったけど、こんな話聞いたらちょっと逆にまずそうな気しかしないね……」


「そうですね。なのに、現状の裁判では審議が尽くされているとは云い難い所がありますし、それどころか世の人はどうも不必要な偏見を持っていて、犯歴どころか逮捕歴があるというだけで、非難したり遠ざけようとしたりします。世知辛い、と云う以外にありません」


「あ、えっと……それは、リリィの事、なの……?」


「いえ、私の犯行は発覚していませんし、そういう訳でもありませんが……そうですね。酌量に期待するといえば私もかつて、考えた事があるんです」


「え。何を?」


「私は普通ではない。それでも、私はこういう境遇ですが、当たり前に生きたいので人権を与えてください、と。出る所に出て、誠意を持って正直に告白して、心から訴えて懇願すれば、もしかしたら私も社会に受け入れられて、人と同じように暮らせるかも知れない、と。そんな事を考えました」


「……あ。あー……そっか」


「人外というものが理不尽に迫害されたり、研究と称して実験材料にされたりしてしまうのはきっとフィクションだけの話で、現実はもっと寛容である筈。だから、恐れずに自分の存在を明らかにしよう。そんな風に思い立ったんですが……」


「できなかった、の……?」


「遅過ぎたんです」


「遅過ぎ……?」


「その時私は既に、人を殺めていたんです」


「……あ……」


「それが複数人であれば酌量はほとんどされませんが、私の場合はさらに両手で数えられないほどでしたから、自分を明らかにすれば私はまず死刑になりますし、そうしてしまうのは惜しいという事で、本当に実験材料などにされかねません。諦めざるを得ないと理解した時、私は少なからず絶望を感じてしまいましたが……いいえ、関係無い話でしたね。愚痴でした」


「……リリィ……」


「……リリィちゃん……」


「まあ、後悔は先に立たないという事です」


「……」


「ところで本題に戻しますが、さっきの納税の例では善意しか無い、と言いましたがそれは誤りです。厳密に云えば、うまくやろう。そういう欲が根底にあります。欲それ自体は前に言った通りそれほど悪いものではありませんし、それが無ければ世の中は成り立ちませんが、うまくやろうとする欲だけは害悪しか産まないものなんです」


「え……そういう欲、普通に持っているもんだと思うけれど……。そういうのがあるから世の中、うまくいってるんじゃないの?」


「いいえ、きっぱり有害でしかありません。その主なデメリットは、うまくやろうというお題目だけに捉われて、手順やそれがもたらす結果について深く検証しなくなる。そもそも、目標の設定を誤る。あるいは軌道に乗りそうだという時に、その状況に酔って盲目になったりする。そんな感じの、概して配慮や注意ができなくなるという事ですが、現にオリヒコが今さっき、その状態にありました」


「……あー……」


「ですから、うまくやろうとはせず、慎重にやろうとしてください。この二つの言葉は意味が似ているようで、その実態は大きく異なります。あちらを立てればこちらが立たない、という感じでうまくやる事が不可能な場合はたくさんありますし、うまく行かない時に不必要な怒りや悲しみが発生するという事もあります。そんな一方でメリットはもう一切、皆無です。もしこんな欲をあなたたちが持っているとしたなら、そんなものは今すぐ捨ててしまってください。この世には、うまい話も方法も、存在しません」


「……なるほど……」


 含蓄深い事この上無い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ