〔4-3〕小難しい話
駅への道の途中。
まだ怪我の完治はしていないものの、僕の肩を借りずに歩けるようにはなったリリィが、話し掛けてくる。
「ところでオリヒコ。成約の場合、書類の揃わない私が契約主になるのは難しいです。それはあなたになってもらいますから、そのつもりで居てください」
「えっと……そういうの、高校生でも大丈夫なの?」
「はい。契約主が未就業の場合は断られる事が多いようですが、今回の物件については了承が得られました。それにこれは分譲物件で、支払いは一括で行います。家賃を担保する必要も融資を受ける必要も無いので、保証人が必要ありません」
「あー、いや、保証人とかよく解らんけども」
「難しい事はありませんよ? 約束のお金が支払われない時に代わりに支払う人、というだけの取り決めですし、そもそも今回それは不要なんですから」
「あ、そっか」
「ただ、あなたは未成年ですから、契約書に対して親権者の署名捺印が必要になります。契約書を提出する前に、あなたのお父様かお母様にそれをしてもらわないといけないので、話を通しておいてください」
「うーん……どう話せばいいんだろう?」
「思い付きませんか? それなら私が話します。不動産業者から契約書を預かったら、それを持ってあなたの実家にお邪魔して、そのまま署名捺印してもらいましょう。あなたの里帰りも果たせて、ちょうどいいのではないですか?」
「え……うちに、来ちゃうの?」
「物が物ですし、郵送でやり取りという訳にも行かないでしょう。それに、電話で話はさせていただきましたが、それでもやっぱり実際に会ってご挨拶したいと思います。ミズホもそうではないですか?」
いや……彼女は母さんにあの時の声、聴かれちゃってるし。
顔を合わせづらいんじゃ?
「あー、いや、まあ、その、あの、えっと……あはは」
ですよねー。
「いずれにしても、契約書には署名捺印してもらわなければいけませんから」
「その、契約書って何をどう書けばいいのかな? 難しそう……」
「私もマンションを買った経験が無いので詳しく知りませんが、それなりに調べてありますし、それに不動産業者はプロです。必要な事は解るまで教えてくれる筈ですから、心配要りません」
「そうなんだ」
「それよりも面倒ですが、税金の話があります。これは本当に面倒なので、心して聞いてください」
「え……税金? 未成年なのに?」
「いいえ、未成年という理由で免税になる事はありません。あなたたちが納税を求められないのは単に、所得が規定額に達していないからですよ。現に子役スターなどの高所得者には、通常通り課税されています。そもそも、所得に応じて減免される税金の種類すらも限られていますから、あなたたちは普段から消費税などを支払っている筈ですし、その還付も受けていない筈です」
「そういう、もんなのか……」
「はい。それで今回のマンションですが、私がその代金を支払ってしまうと、契約主であるあなたには贈与税が課せられてしまいます。今回の物件の値段は四千百万円ですから、その税率は50%です。つまり税額は二千五十万円にのぼるんですが、もちろんあなたには支払えませんよね?」
げ!
マジっすか……。
「贈与税って、そんなに高いの?」
「累進課税ですから、額が多ければ多いほど税率も上がります。両親などからの贈与では免除になる場合もありますが、それは対象者が二十歳以上で額が一千万円以内の場合に限られますから、今回のケースでは適用になりません」
「じゃあ、どうするの?」
「私のではなく、あなたの名義で支払えば、購入の際に贈与税が課税される事はありません。その為に代金を一旦、あなたへ預けてしまいます。銀行の口座は持っていますか?」
「あるけど……でも、それでもリリィがお金くれた時点で贈与って事になるんじゃあ?」
「はい。ですから、かなり余分に預けます。要はあなたの手元に、必要な分だけ残ればいいんです。一千万円以上の贈与税は一律50%ですから、必要な分の二倍以上を渡しておけば足りる計算です」
「なるほど。でも、何かもの凄く損させられてる気が……」
「税金とはそういうシステムなんですから仕方ありませんし、国の将来を考えるならその支払いは絶対に渋ってはいけません。とても大切な事ですよ?」
「あ……いやまあ、そうだろうけどさ」
「ちなみに、その申告と納税は来年になりますから、残金には絶対に手を付けないでください。実は、納税の期日に猶予があるのを利用して、贈与を毎年繰り返す自転車操業をしてしまったほうが安く上がるんですが、それには時間が掛かり過ぎます。私が……ずっとあなたの傍に居られる保証はありませんから」
「……あ……」
リリィが、居なくなってしまう……そんな事は、考えたくなかった。
「それから、贈与の証拠を残しておかないと後で面倒な事になる場合がありますので、私とあなたの間で贈与契約書を交わしておきます」
「え。また、契約書?」
「これはそんなに複雑ではありません。贈与者が贈与して受遺者がそれを受諾するという一文と、その受け渡し方法を普通の紙切れに書いて、それに日付を入れて両者が署名捺印すれば、その紙切れは贈与契約書として成立します」
「そんなもんなんだ?」
「はい。もっとも、贈与の証拠としてはそれ以上、書くべき情報がありませんが……。それから、受遺者が未成年の場合は、やっぱり親権者の署名捺印が併せて必要になります」
「あー……面倒臭いね、未成年ってやつは」
「後は、そうですね。マンションは不動産ですから、購入する時には不動産取得税というものが、さらには毎年、固定資産税というものも課せられます。やはりあなたにこれらの支払いは難しいと思いますので、その分もあらかじめ預けておきます。これらの税は自治体が管轄ですから、税務署で申告する国が管轄の贈与税とは扱いが別になります。気を付けていてください」
「何かいろいろ……うーん。さっきリリィが言った通り、本当に面倒だね……」
「なおざりにして追徴課税されると、もっと面倒ですよ?」
そこへ、松平瑞穂が割り込んでくる。
「……あの。リリィちゃん?」
「何ですか?」
「うちにも、お金……振り込んで、くれたよね? それって……」
「当然、課税されますよ。もちろんその分も計算して、ついでにこれから再出発する為の資金も含めて、余分に数字を決めました。贈与契約書もきちんと残してあります」
「あ、何だよかった……。リリィちゃん、何から何までごめんね?」
「いいえ」
「あのさ、気になるんだけど。リリィの貯金ってどれくらいあるの? そんなにジャブジャブ使って大丈夫?」
「当面は問題ありませんが、額が気になりますか?」
「いやまあ、そりゃあ」
「一応釘を刺しておきますが……みだりに分けてあげたり、しませんよ?」
「そんなつもり無いって。解るでしょ?」
「そうですね、ごめんなさい。大まかな額としては……今回のミズホの会社の件で十桁へ転落してしまったんですが、それでも普通に暮らす分にはまあ、十二分かと」
えっとそれは……十億単位かよ!
あれだけ払って、まだそんなに残ってるのか……。
「って、リリィ? そういうの稼ぐ時も、税金取られたりするんじゃないの?」
「はい。所得税が課せられますが……」
リリィは、少し考え込んだ。
「ん?」
「そうですね。いい機会なので少し、説教を売ります」
「……説教?」
「損にはならないと思うので、まあ聞いてください」
おお……また何か、凄い話が来るんだろうか?




