〔3-20〕冷酷な話
「ただ宣言しておきますが、私は将来どんなにお金に困ったとしても、同じシステムをもう一度構築して動作させるような事は、絶対にしません」
「え、どうして? そんなに効率よくお金が集まるんなら……あ。それとも、さっき言ってた問題ってやつの修正が難しい、とか……?」
「いえ、その話ではあるんですが、その問題とはプログラムのバグの事ではありません。つまり、修正して何とかなる次元の問題ではないんですよ」
「え。じゃあ、その問題って一体何なの?」
「根本的な話です。ああいったシステムは……そもそも、作ってはいけないものだったんですよ」
「それはまた、どうして?」
「トレードで得られるお金というのは、本物のあぶく銭なんです。つまり、何ら生産をしないで発生するお金です。そんな摩訶不思議な事で、どうしてお金が稼げてしまうか解りますか?」
「ええと……物に対して、お金を出して買う人が居るから、だと思うけれど……」
「かつては、本来はその筈だったんです。しかし残念ながら、今は違います。いつの間にか市場というものは、物を扱う場所ではなく、お金を扱う場所に変わってしまっているんです」
「物、ではなく……お金?」
「はい。だから、買った人は儲ける為に、買った物をさらに他の誰かに売るんです。もちろん損をする訳には行きませんから、基本的に買った値段より安く売りはしません。それが繰り返されれば、どういう事になってしまうと思いますか?」
「……あー。どんどん値段が釣り上がるんだね?」
「そうなんです。それも、その商品自体の価値にお構い無しに、です。その値段にも限度というものはありますが、それでも人気商品、つまり買われている商品は値段が上がり、不人気で売られてしまう商品は値段が下がります。要するに市場で行われているのは基本的には、値段が上がったら売り、下がったら買うという事で、いかにそのギリギリまで粘るかというチキンレースなんですよ」
「あー。マネーゲームって言葉は聴くけど、そういうものなんだ……」
「私の作ったシステムも人々の興味そのものではなくて、その状況を見たトレーダーたちがどう市場を動かすかを推測するものなんですが、つまり高騰する品目はトレーダーたちのその日の気分などというものによってころころ変わるんです。結果として末端の消費者へ、きちんとした物がきちんとした値段、きちんとした量で供給されなくなったりします」
「何か迷惑な話だね、それ」
「はい。さらには、トレードされる商品には株式証券やお金そのものも含まれますから、トレーダーの気分のみによって左右された株価や為替レートで経営戦略が狂わされたりします。そのせいで落ち目の企業に、体面を保ちたいが為だけの決算の粉飾のような不正を働かせてしまったり、真面目にコツコツ頑張っていた筈の企業をある日突然、いわれの無い理由で倒産に追い込んだりしてしまう事すらあるんです」
「……そんな事になっちゃうんだ……」
「一方で、そんな甚大な代償まで支払って得られるものは、少し運がいいトレーダーの懐を暖める事だけです。それによって経済は活性化していると云われてはいますが、事実彼らは自分たちが経済を動かしているのだと言って威張り散らしていますが、私からはどう見ても、資産家の間だけであぶく銭が行ったり来たりしているだけのものとしか窺えません」
「ええとつまり……金持ちだけしか、得をしない?」
「はい。だから彼らが経済を動かしているというのが本当だとしても、その経済が動いている意義は皆無なんです。こんな、搾取をするしか能が無いシステムは……あってはいけないんです」
「そうなんだ……まあ要するに、地道に頑張るべしって事なのかな?」
「ごめんなさい。本当に申し訳ないんですが……冷酷な事を言います。それは、まったく正解ではありません」
「え。えええええ」
「というより、忘れないでくださいオリヒコ。私はさっき、真面目に頑張っている企業が倒産に追い込まれる、と言いました」
「……あ」
「では正解は何かとは、私もまだ答えを見付けられてはいないんですが……いえ。実は究極の正解はもう見付かっていて、それは通貨そのものを撤廃して共産主義制を施いてしまう事なんですが……」
「え。共産主義って何か確か、もの凄くダメなやつって云われてるイメージあるけど……」
「そんな事はありません、資本主義もかなりダメです。資本主義は理論上、それ単体だとどうやっても絶対に不況化する自殺経済で、市場原理に無関係な行政が頻繁に経済介入しないと維持ができません。おまけに、資本主義は競争が本質であるだけに、貧困や孤立、拝金主義や伝統破壊、環境悪化や資源枯渇など、そういった人道的にまずい状態を普通に産んで、しかも普通に許容します」
「あー、そう聞くと資本主義って問題だらけなんだね……。じゃあ、共産主義だとどうなの?」
「共産主義なら逆に、競争ではなく共存が本質ですから、そういった問題は一切起きません。はっきり言って理想に近くて、不満分子が革命でも起こさない限り永久に安定して続きます。ただ共産主義は全員が平等、つまり頑張っても怠けても待遇が同じという唯一にして最大の欠点がありますから、生産力も当然衰えますし、どんなやり方をしても不満分子が排除できません。それをどういう形で克服すればいいのかが、ちょっと浮かばないんです」
「うーん、そっか……サボってる人と同じ待遇とかやる気無くすし、僕もそんなの不満に思っちゃうかなあ。何か、どっちもどっちだね」
「まあとにかく話を戻せば、地道に頑張っている人たちを食い物にするのが、つまり市場というシステムです。何か対抗策を考えなければ、オリヒコ。目に見える所でもそうでない所でも、あなたは搾取され続けますよ?」
「……何それ。うーん……それが、金持ちってやつか……」
あー。
何て云うのかな、こういうの。
義憤?
だってこれ、あんまり汚過ぎるでしょ?
まあ、どんなに憤った所でリリィにも答えが浮かばないような難問、僕が解くのは不可能に近いだろうけれど。
「答えの見付からない話は、この辺で切り上げておきましょうか。一応、そういった問題がある事だけは、頭の片隅に留め置いていてください。いつか芽吹くかも知れません」
「あ、うん。……でもこれ、すんごく悔しいね?」
「そうですね。ところで、ミズホ」
「……いやあ、リリィちゃん凄いね? 何言ってるかはよく解らないけど、凄い事言ってるのはよく判るよ!」
「……。そうですか」
あー。
えーとー。
ねえ松平さん、それじゃあ凄いって事も判らないんじゃないの?
流石にリリィも突っ込んでないよ?
……面白いけど。
うーん、松平さんって別に成績とか悪くなかった筈だけれど……もしかしてアホの子だったりするの?
こういうのって成績とは関係無いものなの?
問題勃発。
何かさっきの冷酷な社会の話とか、どうでもよくなっちゃったよ。
「ところで。お父様はご在宅なんですか?」
「あ……えっと。まだ、かな? 十時か十一時には帰ってると思うけど」
「そうですか。それではその時にお会いして、もう一度きちんと数字を確認したら後日、振込手続きをしましょうか」
「でも……こんな大金、貰っちゃっていいのかな? 私、何も返せない……」
「所詮あぶく銭です。気兼ね無く受け取ってください」
「ありがとう……私もう、リリィちゃんに一生頭が上がらない。おかげで私もう、エンコーなんて事しないで……って、あー!」
いきなり声を張り上げる、松平瑞穂。
「……どうしたの?」
「その、お客さん、結構たくさん取ってたんだった。断りの書き込みしとかないと……」
「え。そんなに、たくさん?」
「いや、もう本当に足りな過ぎたから……ほら、援助って付いてても交際なんだから、一度きりって事になるのはあんまり無いみたいなんだけど、そのお客さんもそんなに多くない余裕を削る訳だし、長く付き合えば値切られちゃったりもするみたいだし、一人から援助してもらえる額って限られちゃってるでしょ?」
「なるほど……でもどうせみんな下心なんだから、そんなの放置でいいと思うけど……」
「いやあ、それは不義理過ぎるっしょ。よくないと思うよ?」
「うーん……まあ、それはそうかもね」
「大丈夫。リリィちゃんみたいにプログラムとかは全然ダメだけど、文章打つのは結構得意だよ? あ、今度、私が書き溜めたお話とか読ん……あ」
「……お話?」
「あああああやっぱ今の無し! 私は何も言ってない! 宮前くんは何も聞いてない!」
「あはは」
アホの子だ。
うん、そうだ。
「……あ、そうそうそれで、リリィ。あのさ……その事なんだけど」
「何の事ですか?」
「こう言っちゃあ何だけど……どうして最初から、何とかできるって言ってくれなかったの? 松平さんがお客取ったのもそのせいな訳で……」
「その事ですか。私は……それほど親切ではありませんから。私は大金を手にした事でそれほど得をしたとは感じていませんが、だからといってそれを理由に浪費をしようとも思えないんです。今は、彼女を守る必要が出ましたから」
「そっか……」
「……オリヒコ」
「何?」
「私を……怒っていますか?」
「そんな訳無いでしょ」
「ごめんなさい……」
「いや、だから、謝んなくていいんだってば」
「……そうですか」
ええと……こっちもアホの子なのかな?




