〔1-3〕ラブレター
七月最初の月曜日。
とにかく僕は、呼び出しの手紙を出してみた。
オーソドックスに、彼女の下駄箱へ投函。
たったそれだけの事に、あんなに喉がカラカラ渇き、あんなに足裏がソワソワ浮つき、あんな死にそうなほど鼓動がドクドク早まるものとは思わなかった。
それはもちろん誰にも見付からないように、早朝に登校しては慎重にやったつもりだ。
だがしかし、部活の朝練に出ていた誰かが見咎めたようだ。
朝のホームルーム前には既に何やら騒がしくなっており、昼休みに僕はクラスの男子から包囲される事になる。
「おい宮前。お前もか」
「ゾンビにされるのが分かっててやるとはなあ。勇気あるなお前」
「まあ馬鹿だけどな」
「ああ馬鹿だ馬鹿」
「うむ。馬鹿である」
うっさいなあ。
まあ言われ放題なのだが、しかし間違ってもいないので、反論の余地は無い。
僕は黙って、持参の弁当をつつき続ける。
「そういえば宮前って、独り暮らしだろ? お前、弁当自分で作ってんの?」
「悪いかよ」
「悪いな。毒見無しで食うのは」
「あ」
そいつは僕の許可も無く、ウィンナソーセージをつまんでいった。
「うーむ。可も無し、不可も無し、かな」
「ウィンナの味に可とか不可とか無いって。勝手に取るなよ」
僕は食べるのを一旦やめると弁当箱に蓋をして、続いてつまもうとする他の魔の手をさえぎった。
「何だよおい。俺のシウマイを寄越せ」
「お前らのじゃないって。散った散った」
「ケチ」
「ああケチだケチ」
「うむ。ケチである」
未練はあるようだが、今は昼休みだ。
彼らも食事を摂らなければならない。
しぶしぶ散って行くのを待つと、僕は弁当を使うのを再開した。
それでもまあ、うち一人よりは去り際にて、こんな事を言われたりする。
「ってかさ。お前の昼メシなんてノーチェックだったぜ。何で混じってこねーのお前?」
「いや、まあ……何となく、だけど」
「気が乗らねーだけならいーけどよ、ハブらせるような真似あんますんなよ? つもりもねーのに悪モンになんの、御免だぜ?」
そう。
どうしようも無い馬鹿ばっかりではあるが、ここには悪者なんか一人も居ないのだ。
ニュースなんかで陰惨な学校現場がたびたび報じられるのが正直信じられないくらいの勢いではあるが。
まあ結局の所、僕があまり人に対して積極的になれない所に問題があったのだ。
それで好きな子へ告白というのも、ちゃんちゃらおかしい感が無いでもない。
ただ、言い訳をするなら……それで、充分だったのだ。
みんなが楽しくやっている。
それを見ているだけで僕も、何となく楽しかった。
まあ、平和なんだと思う。
のどかと言ってもいい。
いい事だ。
だから僕はあえて、こう返してやる。
「でも僕って別に……ぼっちじゃないよね?」
「……ふうん?」
もちろん言われたほうは呆れ顔で去っていく訳だが、僕の気持ちは伝わっているに違いない。
きっとその筈だ。
しかし、繰り返しになるが馬鹿ばっかりであり、つまり野次馬根性は相当にしっかりと据わっているものである。
だからみんな、放課後にはどうなるのかと生温かく見守っていた。
けれどもそれを尻目に、僕は普通に下校する。
別に呼び出しの手紙を出したからって、その約束が当日である必要は無い訳だ。
ただ……その日にちの指定は多少、いやかなり、独りで突っ走り過ぎたかと思う部分がある。
もしかしたら、彼女は来てくれないかも知れない。
それは……土曜日。
七夕だ。
場所は教室。
土曜日とはいっても部活動の為に校門は開放されているから、校内へ入る事に問題は無い。
その教室という場所に特段の意味も無いのだけれど、それはただ別の場所を指定して、デートでもするつもりなのかと勘繰られたりするのが嫌だっただけだ。
そういえばその前日とかで、特に学校として七夕の行事は催されなかった。
祭り好きの生徒たちはぶーぶー文句を垂れていたが、要するに高校とは勉学の場。
そういう姿勢なのだろう。
まあ義務教育ではないのだし、だからあまり強く羽目を外させろと言えたものでもないのだが、しかし勉学……。
あああああ期末テスト、もうすぐだよ……。
こんなんやってる場合かな?
いや、でも。
……七夕という日でなければ、いけないし。