〔3-17〕活路
「……」
はああああ……。
何か、一気に膨大な情報が入ってきて、もういろいろ混乱してしまっているけれど。
……リリィ。
いろいろ、言われてしまったよな?
ちょっと慮って、声を掛けてみる。
「リリィ……大丈夫?」
「何がですか?」
え。
「何が、って……だって、あれだけいろいろマークⅢから……。何とも思ってないの?」
「それは、私がいろいろと間違った認識を持っていたせいです。マークⅢはそれを指摘してくれたんですから、感謝しなければいけません」
「……あれだけボロクソ言われて、恨んだりしないの?」
「自分は間違っている。そう親切にも教えてくれた相手を、どうして恨みに思ったりしなければいけないんですか? それは正真正銘、逆恨みというものです。恨むべくは、自分の至らなさでしょう」
「……」
うーん。
リリィは、強いんだね……。
僕だったらとっとと、くじけていじけてしまうけれども。
やっぱりどこか、頭もそうだけど、心の構造までもが違うのではないだろうか。
……うーん……。
「それよりも今は、これまでの事ではなく、これからの事を考えなければいけません」
「これから、の事?」
「私がこれから、マスターにどう対処すべきか、です。それにはまず、マークⅢの置き土産へ正式な回答を用意する事ですが……」
そこで、待ってましたとばかり、松平瑞穂がリリィへと言い募る。
「やっぱり……私が」
「まだ言いますか? あなたが死ぬ理由は、まったく無いんですよ?」
「無い訳じゃ……ないし」
「いいえ。あなたは死の理由を二つ提示しました。オリヒコが死ぬのは耐えられないからその代わりに。身の破滅に絶望したから。そうでしたね? 私はこの両方を、きっぱり否定します」
「そんな事が……できちゃうの?」
「可能です。まず、あなたやオリヒコが私の為に死んでもらう必要が無いのは、さっきマークⅢへ言った通りです」
「でも……欠陥がどうとか……あの人、言ってたし」
「そうだよ。僕も、リリィが暴走して人類の敵になる、みたいなありがちな展開だったら嫌だよ?」
「オリヒコ、ミズホ。今それを考慮する必要はまったくありませんし、そもそも知らない状態で対策なんて立てられる筈がありません。そういう事は、知った時に何とかすればいいんです」
「それは、そうだろうけれども……」
「確かに私も不安です。さっきマークⅢが急に去って行ったのは、私が感覚を取り戻しつつあるのを、封印とやらが破れ始めていると受け取って、だからマスターへ報告しに行ったんだと思います。オリヒコとの事がきっかけになったのかどうかは判りませんが、もしかしたらその緊急性は高い可能性もあります」
「……まずいじゃん!」
「そうだよリリィちゃん!」
「はい。でも結局の所、さっきも言ったように対策は立てられません。今この問題は、放置するしか無いんです」
「……」
「まあ実は、その欠陥について、マークⅢから得た情報の断片から、思い当たる可能性が一つ、あるんですが……」
「……え。判るの?」
もちろん僕には、皆目見当もつかない。
一体この子は、どこまで深読みというものができるのだろうか。
「どんなの? リリィ」
「……言えません」
え。
何、それ。
「それじゃあ一層不安しか無いよ……」
「しかしオリヒコ、それはあなたの云うような、周囲への甚大な被害が発生したりするようなものでは、おそらくありません。その点では、安心してください」
「それじゃあ何も安心できないってば……」
「それにもし……それが私の考えている通りの事だったとしたら、もしかすれば……」
「え……?」
そこでリリィは、少し悩み入ってしまう。
その頭の中には一体何が浮かんでいるのか想像もつかないが、そのうちにリリィの口からはこんな言葉が漏れてきた。
「……結局、対策のしようが無い……というよりも、対策をするべきではない……?」
対策を……するべきでは、ない?
どういう事か、何が何やらさっぱりだ。
「え……リリィちゃんそれ、どういう事? 欠陥って云うくらいなんだし、どうにかしなきゃダメなんじゃないの?」
「……いえ、何でもありません。いずれにしてもまだ根拠の薄い推測の段階ですから、その意味でも言えません」
「もう! リリィちゃんやっぱり私が……」
「ミズホ、ダメです。もしその欠陥が本当に重大なものであったとしても、やはりそれは私の問題でしかないんですよ。だからあなたたちに命を諦めてもらう義理は、これっぽっちもありません。オリヒコが死ぬ必要も無ければ、ミズホがその身代わりになる必要も無いんです。私は……あなたたち二人には、死んで欲しくないんですよ。それが私のせいだとしたら、そんな事はまっぴら御免です」
「……でも」
「それに、ミズホが私の欠陥の件で命を投げ出す動機は、身の破滅の絶望による死の一石二鳥を狙ったものでした。つまりそちらの理由を否定すれば、こちらの理由についても根拠が限り無く薄弱になります」
「それはそうかも、知れないけど……」
「そしてその絶望について、私はさっきこう言いました。活路は存在する。これはいわゆる励ましではありません。それならその言葉は、きっと活路は拓ける。そんな感じになる筈です。しかし私は単なる事実として、活路の存在を指摘したんです」
「リリィちゃん、それは……無理じゃないかな? お金だよ? 大金だよ?」
「とにかくそれで、訊きたい事があります。ミズホ、あなたの家の負債額を教えてください」
「え」
……額?
「それはちょっと、判らないけど……凄いたくさん、って事は確かだよ?」
「正確な数字が知りたいです。あなたのお父様かお母様に今すぐ連絡を取って、それを訊き出す事はできますか? 今すぐ、です」
「……やって、みるけど」
松平瑞穂はケータイを取り出すとダイヤルし、しばらく何事か話し込む。
それが終了すれば、リリィへと報告した。
「すぐには判らないって。計算してメールで教えてくれるって……でも、それ知って、どうするの? どうにかできるの?」
「私はできると考えていますが、それは金額を知ってからです」
ええと。
ちょっと何か、違和感。
「ねえリリィ」
「はい?」
「ええと、そういうのって校長を突っつくとか、そういうやり方で攻めるんじゃないの? 金額が何か関係あるのかな? って思うんだけど……」
「校長自身で、高利貸しをやっている訳でもないでしょう。それに裏取引というものが成立してしまっている以上、ミズホのご両親も責められてしまいますから、正攻法で解決する訳には行きません」
「あ……そっか。……あれ? でもじゃあ、どうするの?」
「ですから、それは金額を知ってからです」
うーん……馬鹿には判らん。
金額によっては何か切れるカードがあるとか、そういう事なんだろうか。




