〔3-15〕超人
それにはもちろん、リリィも食って掛かる。
「納得しかねます。そんな筈がありますか?」
「最後まで聞いて欲しいな。人間は人間だが、云ってみれば超人とも呼ぶべき存在なんだ」
はあ、それはまたベタな単語が来たな……。
「超人? それは何ですか?」
「もともと特別な力を抱えて生まれ出る人間は、それなりに居る。ただ、そういった人間たちは力の存在に気付かないばかりか、その影響で短命に生涯を終えてしまう。マスターは、その力を固定化して生き長らえさせる手段を見付け出した。その結果誕生したのが、我々という訳だ」
「特別な力、というのは非常に胡散臭いですが、ひとまず置いておきます。しかしそれなら、私たちはもともと真っ当な人間だったという事ですか?」
「そういう事になる」
「それならどうして私たちは、戸籍、目覚める前の記憶、そしてさまざまな感情や感覚を失っているんですか?」
「戸籍と記憶の喪失については、マスターが見付けたその手段に理由がある。それはその対象が、死体でなければ適応しないという事だ」
んー。
ええと今、よく解らない事を聞いた気がする。
その疑問を、リリィがまとめてくれた。
「……それは、死者を甦生させたという事ですか? そんな事が可能なんですか?」
「我々は実在してしまっているのだから、可能と云うより他に無いだろう。ただ、記憶が無い訳だから、甦生と云ってしまえるかどうかまでは判らない。それからそれは、あくまで超人相手で初めて可能な事なのであって、普通の人間では不可能らしい」
そうなんだすごい。
って、いや。
いやいやいや。
そういうのは、普通じゃない人間でも無理な気がするのだけれども……。
それができるから普通ではない、という事なのだろうか。
「そして感情や感覚についてだが、実は私の場合……そんなものは、欠落してなどいないんだ」
そうなの、か。
確かにこの人はリリィと違い、さっきから不敵に笑ったり、リリィの言に驚きを顔に浮かべたりしている。
それについては納得行ったが、しかし……。
「それは、どういう事なんですか?」
「私が完全体で、あなたが不完全体という事だ」
「つまり不完全体とは、感情や感覚が欠落している状態を云うんですか?」
「違うようだ。不完全体には何やら重大な欠陥があって、感情と感覚の欠落はそれを保護する為の、云わば封印のようなものとの事だ」
「重大な欠陥? それは何ですか?」
「私は知らない」
「そうですか。では、私が完全体とやらになる為に、オリヒコやミズホが殺されなければいけない理由は何ですか?」
「それでは不正確だ。あなたが受けた命令は、正確にはどんなものだっただろうか?」
「殺害後、すみやかに遺体を回収する事」
「つまり必要なのは殺害行為そのものではなく、その結果出る死体という事だ」
「彼らの遺体が、一体何になると言うんですか?」
「詳しい理屈は知らない。あなたと同じ時、つまり日本標準時にして1996年の7月7日、未明の2時53分に出生した人間の死体が必要という話だ。それは誰でもよくて、まず見付かった宮前織彦に白羽の矢が立ったが、あなたがなかなか行動を開始しなかったので、少し後になって見付かった松平瑞穂にも白羽の矢が立った。そういう経緯だ」
え……えええええ?
つまり僕と松平瑞穂は、同時に生まれていて?
さらには、リリィの原本までもがそうだった、と?
「三人揃ってとか、あんまり……偶然過ぎない? それ」
「それは違うぞ、宮前少年。現状だけを見ればそのように感じるかも知れないが、同一のものを探した訳なのだから、同一のものが揃うのはむしろ当然だ。何の不思議も無い」
「それはそうだろうけど、でも……」
「釈然としないか? まあ、君と松平瑞穂がごく近い距離に存在した点については確かに、偶然と云ってもいい。しかし何にせよ、偶然が過ぎるとは云ってもそれは、ただの感傷だ。既にそのように存在してしまっているものを否定する理由には、ならない」
「……」
そんな正論を述べたマークⅢは、それに僕が黙ってしまったその後、ちょっとしかめ面になる。
「ところで苦情を言わせてもらうが実は、私は目覚めてから一ヵ月しか経っていないんだ。そんな所を駆り出されて、背景知識だの戦闘技術だの突貫で叩き込まれたのには心底まいった。これは一ヶ月以上も命令を実行しなかった、あなたのせいだぞ? マークⅡ」
「……」
「あ、いや。あなたも頑固だな。リリィ」
呼ばれたリリィは、きっとマークⅢを向き直った。
「私が頑固なら、あなたは何なんですか? 私はあなたが、私をからかったものと判断します。どういうつもりなんですか?」
「それは酷いな。そんなつもりはまったく無い」
「しかし実際、まるでお話になりません。遺体が私に一体どのような作用をするのか。その遺体がどうして私と同時刻の出生でなければいけないのか。そもそもどうして、死亡した者を生き返らせる事などできるのか。特別な力とやらもそうです。まったく理由付けができません。非科学的にもほどがあります」
うんうん、そうだよねえ。
と、そんな呑気な相槌を脳内で打ってしまっていたが、この話は次に、思いも寄らない方向へ展開を見せる。
「非科学的であれば何だと言うのだろうか」
「まったく信用に値しないという事です」
「それはどうだろうか。我々の能力を思い出してみればいい。意思の力だけで、自在に変形し自在に操れる能力。そんなものが科学技術で実現できると、本気で考えたのか?」
「……え」
リリィが、フリーズした。
「もしそうなら、それはあまりに幻想を見過ぎだ」
「……私は……私が……幻想など……」
「幻想ではないと言うなら、我々の能力を科学的に説明してみせろ」
「……それは……」
「断定する。それは幻想だ」
「……あ……」
リリィが、やり込められてる?
それも信じ難かったが、そんな事よりも……もしかして今、彼女のアイデンティティがズタズタにされてる?
そんな事は、看過できない。
「マークⅢ、やめてくれよ」
「君は今、少し黙っていてくれないか? 彼女の為に話をしている」
……一蹴されてしまった。
リリィがほとんどうめくように、しかしどうにかその先を尋ねた。
「マークⅢ、では……それでは、私は……一体……」
「云ってみれば、これはむしろ魔術の領域なんだ」
「……魔術……など。そんなものは認められません……」
「認めるのと存在するのとは、別の話だ。もちろん我々にも、何らかの原理はあるんだろう。ただ単にそれが解明できていないというだけで、原理が解るなら科学技術。解らなければ魔術。それだけの話だ。実にシンプルだと思わないか?」
「……しかし私たちは、機能別に各種モードというものを具えています。それはつまり、機械のようなものとして作られたという事の証左では、ありませんか……?」
「いいや。モードなんてものは、普通の生き物が普通に具えている。最もメジャーなものは睡眠モードで、その極みは冬眠だ。食が断たれる事によって省エネ状態になる飢餓モード、緊急時に普段休眠している七割以上の筋力が一気に解放される火事場モード、そんなものもある。小規模なものでも、発汗する冷却モード、鳥肌を立てる保温モード。挙げればキリが無い」
「……」
「それともモードという言葉に語弊があるなら、状態。形態。そんな風にでも云い換えればいい。もともとが、マスターが勝手にそう呼んでいるというだけの事だ」
「……」
「そもそも、人体を構成している物質が何であるか分析できている以上、それを再現するのは科学技術を駆使すれば不可能な話ではないし、実際にできたらしい。ただし、出来上がったものは単なる死体に過ぎなかった。つまり、生命の原理はまったく解明できていなくて、その実態はやはり魔術の領域と云っていいものなんだ。生命の神秘とも云われているが、同じ事だ。何ら違いは無い」
「……」
「変形にしたってそうだ。筋肉が動く原理についてすら、今でもある程度の目星は付いているが、解明し切れている訳ではない。第一、筋肉をおいて他に生物が自動できる仕組みは存在しないという証明など誰にもできない訳だから、結果論としてそれが物理法則から逸脱するようなものでない限り、何があっても不思議ではない。そういう事になる」
「……」
「私はここに居る。あなたはここに居る。それがその証明のすべてだ。我々は……生きているんだ」
「……」
「そして、自分が何なのか知っている生物など皆無なのだから、我々自身についても別段、細部に及んでまで知っている必要など無いと私は思う。それともどこかに、深く考えなければならない理由はあるだろうか?」
「……」
「もし我々が、あなたの言うように作られた存在なのであれば、それは確かに事情が変わる。作る方法があるのなら知りたいと思うのも当然だが、しかし生命の原理が神秘である以上、はっきり言って作られたという可能性のほうがはるかに疑わしい」
「……」
「特に反論無いのなら、説明は以上だ」
「……」
マークⅢは一方的に語り、リリィは黙ったまま。
確かに何らかの新事実でも知っていない限り、反論のしようも無い話ではあるけれど……。
リリィがここまで、言われっ放しだなんて。




