〔3-1〕夜開けて
日曜日。
僕とリリィは裸のまま、布団の中で抱き合って過ごした。
七月のさなかだが、雨が降り続いているせいもあってか、その暑さは気にならない。
ただ、彼女は……無言。
何であんなセリフを口にしたのか、その説明も無いままだ。
僕も初めてであった訳だから、多少浮かれていても許される筈だろうけれど、そんな気持ちはその言葉によって霧散してしまっていた。
お蔭で、年頃の男がひとたび経験すればしばらくサルのようになると云われているのにもかかわらず僕は、そして今も年頃の女の子と全裸で抱き合っているという状況であるのにもかかわらず僕は、そんな気が起こらない。
ぶっちゃけ、悲しいくらい健康な僕にまったく反応が起こらなかった訳ではないけれども、まあそれは云ってみれば半生状態というやつだろうか。
ヤツが邪魔になる事は無かった。
ともあれ、そんな気分だったからあれから一睡もできずにおり、しかし昼下がりになれば流石に空腹を感じた訳だが。
「……食べようか」
「……はい」
それ以外の会話は無く、買ってあったおにぎりを二人で口にして。
そして食事が終われば二人、示し合わせるでもなく布団へ戻った。
僕が昨晩、何かまずい事をしたのかどうなのかは、何度振り返ってもよく判らない。
確かに彼女はあまりにも無反応だった訳だが、それについてはむしろ向こうが謝罪をささやいていたように思うし、おそらくそれは問題ではない。
それに、こうして抱き返してきてくれているのだから、そもそも嫌われてしまった訳ではないだろう。
だから、謎が残る。
……殺してください?
安易に死を選ぶ人は多いと云うが、彼女がそんな子ではないという事は馬鹿の僕でも判る。
余程の事の筈だ。
どうして?
訳を、聞かせてよ。
リリィ……。
そんな風に悶々として過ごし、しかしリリィはなかなか反応を見せなかった。
そうしてふとケータイが鳴動し、それは気が付けば夕方の頃。
リリィの肌とその体温は恐ろしく心地よく、また丸洗いしてから時間の経過している彼女からはとてもかぐわしい匂いが漂ってきていて、だから離れてしまう為には膨大な精神力を要した。
ケータイを確認すれば昨日、裸体人形の写真を送り付けてきた上の姉からの、再度のメールだ。
『戻ってくんのかどうなんか! 女ならはっきりしろ! 男って呼ぶぞ!』
また写真が添付されていて、それには味噌汁の入った鍋が写っている。
ちなみに具は、ワカメと豆腐。
もうもはや、いろいろ脈絡が解らない。
まさかこれで、郷愁を煽っているのだとでも言い出すつもりなのだろうか?
『背景 ぬるぽ 早々』
これで充分だろう。
返信し終えると一気に脱力したが、間髪入れずに返事があった。
『拝啓の後ろは敬具だ! つーか軽々しくぬるぽとか書くな! あれは怖いんだぞ本当に! 戻ってきた時にみっちり教え込んでやるからな! ガッ』
あの文面で、一応帰るつもりというこちらの意思が伝わり切ってしまう所は、まあ流石と云える。
ところでこの姉上、既に就職していてプログラマなぞをやっておられる。
ぬるぽがその障害である事は有名なので、もちろんそれを承知で書いた訳だが……うむ。
ちょっと、イタズラを。
「リリィ。いい?」
「……何ですか?」
「ちょっと、こっち」
「はい」
素直に、傍に来てくれる。
可愛い。
二人並んだ所で、ケータイを目前にかざした。
「写真ですか?」
「うん。まずい?」
「いえ、そんな事は無いと思いますが」
「じゃあ、撮るよ?」
「はい」
カシャッ!
もういい加減、わざとらしい効果音が鳴る。
今時、シャッターを切るタイプのカメラなんて、出回ってないよね。
それを添付した空メールを、返信。
鎖骨とかナチュラルに写ってるけど、まあいいや。
「ええと……まだ、布団の中に、居たい?」
「……」
リリィは無言で、布団へ戻った。
僕が追い掛ければ、彼女は再び布団の中で僕の背中に腕を回してくる。
今しがた、ちょっとだけではあるものの、リリィと普通に会話できた事で、やや安心したらしい。
その心地よい感触の中に、僕は少しだけまどろんだ。




