〔2-12〕君の名は
ただ、それはそれとして、これだけは突っ込みたい。
ちょっと尋常じゃないでしょ。
「いや、えっと……君は本当に、兵器? 何かいろいろ、語り過ぎない?」
「どうでしょうか。確かに私も、疑問を感じる事はありますが、それでも私は殺人活動を続けてきました。だから私はやっぱり、そうなんだと思います。とにかく、そういう訳ですから私もあなたも、子を為すとすれば今。そう思いますよ?」
「いや、えっと……それは……何というか……」
あれ、えっと、墓穴掘った?
こんな話をしている今、相手は全裸、自分も半裸。
それも、狭いシャワールームでの事。
形がよく挑戦的なムネはさっきからずっとどアップだし、脚も閉じていないから秘められているべき部分も明らかになってしまっている。
それはあまりにも直截的で、どうしようも無く扇情的で。
僕はこれから、この子と……。
うー。
むー。
あー……。
「あああああああああああああああああああー!」
頭がフットーしそうだよおっっ!
「タオル、ちゃんと押さえていてください」
「あ……えっと、ごめん」
「どうかしましたか?」
「あの、その、いや」
「大丈夫ですか?」
「えーと、あー、ほらあれだ……そうそう、名前!」
「名前?」
「そ、そう。そうそう。僕は君を、マークⅡだなんて呼びたくないし。何か考えようよ」
「そうですか。でも私は……そういう事を考えるのは、ちょっと」
「でも、何か、思い付かない?」
「そうですね……では、ミズホというのは?」
ぶっ!
「な、な、何でそれ!」
「タオル、ちゃんと押さえていてください」
「あ、ご、ごめん」
「あなたの想い人でしょう。愛情が深まりませんか?」
「いやいやいやいやいや! まずいし! っつーか、何で松平さんの事知ってるの?」
「それは、監視していましたから。何がまずいんですか?」
「問題だらけだけどまず、それだと君が、松平さんの代用品になっちゃうでしょ? それじゃあまるで……ダッチワイフだよ」
「あ、その呼び方はいけません。ダッチワイフではなく、ラブドールと呼ぶべきです」
「え。どうして?」
「ダッチというのが、オランダのという意味の言葉なんです。もっと言えば、ドイツのという意味もあります。その呼び方はそのまま、オランダやドイツに対する侮辱になってしまいます」
「あ、そうなんだ……知らなかった。知らずに言っちゃうのって、怖いなあ」
「そうですね。まあいずれにしても、確かに私もラブドール扱いは、ちょっと。でもそれ以外は、私には……」
「じゃあ僕が考えるよ……」
どうしようか。
この子は金髪碧眼。
だから、日本名は似合わない。
ならば、英名。
この子はマークⅡ。
それなら、2にちなんでみようか。
トゥ。
トゥワイス。
セカンド。
デュオ。
ダーブル。
バイナリィ。
……うーん、しっくりくるものが無いなあ。
この子は殺人兵器……いや。
この線は変なのしか出てこなさそうだからやめとこう。
この子は雨の夜にやって来た。
レイニィ。
ナイティ。
悪くないけどしっくりもこない。
この子は七夕の夜に……。
七夕って、英語で何て言うのかな?
あ、これいいかも?
「思い付いたけど、ちょっと保留にしようか」
「何を思い付きましたか?」
「うん。七夕の英訳にしようと思うんだけど、それが何て言うのか判らない」
「七夕はタナバタです」
「……あー。ボツ」
いいと思ったんだけどな。
ええと他には……。
じゃあ、織姫。
って、あれはヴェガだよなあ。
ヴェガって言ったら、某格闘ゲームの総帥が出てきてしまいます(筋肉隆々:男)。
っつーか、語感としてそういうイメージでもないしね。
七月。
ジュライ。
違う。
他に、七月にちなんだもの、と……。
ああ。
「七月の、誕生石とか知ってる?」
「ルビィ」
この子は赤くない。
「うーん、違うなあ」
「それなら、誕生日石というのもありますよ?」
「そんなのあるの?」
「はい。閏日を含めて、三百六十六の宝石が決められています」
「それは凄い。じゃあ七月七日とか、判る?」
「スターローズクォーツ」
「それは、どんなやつ?」
「六条星の紋が浮かぶ、バラ色の水晶です」
「それも何か違う……じゃ、誕生花とか判る?」
「七月七日ならスイレンです。ただ、誕生花はいろいろ云われていて正確な所がよく判らないんですが、他にアベリアやクチナシなんかがあります」
「よく、そんなにいろいろ覚えてるね?」
「一度覚えれば忘れませんよ」
「……」
どっかのドラマで聞いたようなセリフだけど、実際言われると呆れてしまうなあ。
「えっと……コンピュータじゃないなら、一括インプットとか、そういうのじゃないんだよね? いちいち全部調べたの?」
「……ありがとうございます」
ええと、んん?
今、礼とか言われたのは何故なのだろうか。
「あなたは比較的、物事をきちんと見る事ができる人なんですね」
「いや……どういう事なのか全然解らないんだけれども……」
「人は非現実的な事態に遭遇すれば、非現実的な対応を取ってしまうものなんです。実は私は、作られたなら何でもありだろう。そんな言葉があなたの口から出てきてしまう事を、さっきからずっと恐れていたんですよ? 私にはいろいろ感情が具わっていないとは言いましたが、不安と怒りは理解できるんです。それほどこだわりがある訳でもありませんが、それでもあった筈の苦労を一切無いもののように侮られるのは、流石にちょっと」
「……あー。そういう事……」
つまり彼女が言いたいのは。
作られたなら何でもあり、という考えは現実的ではないが、普通の人ならそれを言ってしまうだろう、と。
なのに僕がそれを言わなかったから驚いた、と。
そういう事なんだろうが……。
「ごめん、僕の場合は、そんなんじゃないから……」
自慢じゃないけどモノのホンです、ハイ。
「謙遜とはまた、奥ゆかしいですね」
「いや、本当に違くて……ちょっと似たような話を、読んだ事があって。免疫って云うのかな? そういうの。それだけだから……」
「それは違いますよ?」
「……え?」
「それが受け売りでも、聞きかじりだったとしてもです。たった今こうして実践できたのなら、それは間違いなくあなたのものになっている筈です。そうではないですか?」
「……」
そう、なのかな。
「過信はいけない事ですが、過小評価はそのはるか上を行くレベルでいけない事なんです。それは、自分が何かをやり遂げたという事実から、目をそらすという事なんですよ? 成果が確認できなければ、そこに成長はありません。もっと自信を持ってください」
「うーん……でもそうすると、図に乗っちゃいそうで……」
「その時はその時です。それで失敗したなら、そこからまた学べばいいだけの話です」
「……そっか……」
何か、ここまで理路整然と誉められたのは初めてな気がする。
「ところで、あなたの言う通り私には、データを機械的に入力する端子のたぐいはありません。それでもインターネットというものがありますし、知識を得るのにはそれほどの苦労はありませんよ。ただ……私が扱う事を許された端末には恐ろしく厳重で厳格な年齢フィルタリングが施されていたので、性の戯れに関してだけはとんと疎いんです」
「はあ……」
殺人兵器に対して年齢制限、というあたりもよく解らないのだけれども……。
必要な情報が得られないせいで暴走する、という事もままあるのだろうか。
そんな感想が出てきたりした。
って、そういえば今まで何の話を……あ。
名前だった、名前名前。
「ええと、ちなみにスイレンを英語で言うと?」
「ウォーターリリィ」
お。
おお。
来た、やっと来た。
しっくりくるのが来た。
「それだ。リリィっていう名前はどうかな? 何か少し、聴いたような感はあるけど」
「リリィ単体だと、スイレンではなくユリになってしまいます」
がびーん。
英語強敵、恐るべし。
「おわー、ダメか……」
と、しかしそれならどうしようかと僕が再び迷い始める前に、彼女は付け足した。
「でもそういえば、日別ではなく月別としての、七月の誕生花がちょうど、ユリですね」
何と。
「決まった。君はリリィ。OK?」
「リリィ……」
「うん。どう?」
彼女はちょっと考え込むと、こう述べた。
「解りません」
「……え」
お気に召さなかった?
「でも、悪くはないと思います」
あ、そういうオチだったか。
「何だよかった、ダメなのかと思った」
「命名、ありがとうございます。でも……七月七日に、何かこだわりが?」
「そこはまあ、何となく。日付は変わってるけど、七夕の夜だしね」
「そうですか」
っつーか、ユリなんてありふれた単語だから、聴いた感もあった訳なんだろうけど。
うん、そんな事は関係無い。
僕が選んで、付けた。
それを受け取って、もらえた。
うん。




