〔2-10〕お願いします
「私は、性交渉は未経験です。もしかしたらその行為で、何かが芽生えるかも知れません」
「いや、でも……」
「それに私には、月の障りがあります。もし私にも子どもを授かる事ができたとしたら、それも何かが芽生えるきっかけになるかも知れません」
「あの……僕は、今すぐ子持ちになるのはちょっと……」
「その場合は、迷惑が掛からないように配慮します」
「いや……迷惑とか何とか、そういう……」
「お願いできませんか? ……今まで、居なかったんです」
「……え」
「私の相手は、常に強敵でした。一つ気を抜けば、こちらがやられる。そんな相手です。とても、愛を語るような余地なんかありませんでした。そして、命令が下っている時以外に、私の自由行動はありませんでした。私には、人と会話する機会がほとんど無かった。こんな話ができたのは、あなたが初めてなんです」
「……」
それは……確かに寂しいかも知れないし、でもだからって……。
「そういえば、そこにまた一つ疑問があります。私の相手は強敵ばかり。つまり、あなたが私の標的になるのは不自然なんです。どうしてでしょうか? それともあなたは何か、特別な能力を隠していますか?」
「……いや別に、目からビーム出たりはしないけど……」
「そうですよね。私もあなたを把握する為に、しばらくあなたを監視していましたが、そんな素振りは見られませんでした」
「え……か、監視?」
「はい。あなたが常人である事を知ったので、それを確認する為に。その結果、見れば見るほどあなたが本当にただの常人だと判って、疑問は強まるばかりで……結局、一ヶ月ほど躊躇い続けてしまう事になりました」
「いや、あの、ずっと……見てたの?」
「常時ではありませんが、要所は押さえたつもりです」
……恥ずかしい。
っつーか、プライバシー返して。
「例えば……何が見えたのかな?」
「驚くほど、特筆すべき点がありませんでした」
「そ、そう」
そういう結論なら、まあ……見られてないのと一緒、なのかな?
じゃあ、いいか……。
「強いて言うならとても……とても、たくさん。精液を無駄遣いしている事でしょうか」
……。
「何を見たああああああああああああああああああ!」
何から何まで全部見られてたですかー!
わたし泣いていいですかー!
「タオル、ちゃんと押さえていてください」
「あ……あああ。ごめん」
「だからあなたは切実に、耐え難いまでに性欲を持て余しているんだと思いました。なのに、私に対していろいろと遠慮をするのは、どうにも理解できません」
「……放っといてよ……」
「その性欲を、私の為に使ってくれませんか?」
……はあ。
もう。
ダメだこの子、早く何とかしないと……。
「えっと。あのね」
「はい?」
「確かに人にエッチな事をさせちゃうのは、性欲だよ。でも、男と女の関係とか、好きとか嫌いとか、そういうのは、それだけじゃないんだよ」
「それは?」
「人によって変わるよ。ただ、単純じゃない。そういう複雑なものが、性欲を呑み込んじゃう事なんて普通にあるんだよ」
「なら、あなたが私を向いてくれるには、何が必要ですか?」
「そんな事が丸解りになるなら……片想いも失恋も無くなるよ」
「そうですか。……そうかも知れません」
分かって、くれた、か……。
と思ったのは早計だったらしい。
彼女は言葉を続けた。
「でもそれは……説得力、ありませんよ?」
「え?」
「あなたはずっと……私の服を脱がしたあたりから。準備完了しています。違いますか? それは、他の何かが性欲を呑み込んでいる状態と云えるんですか?」
ぬああああ、きっちりチェックされてたのね……。
何かもう、何かもうね……。
うわーん。
「いや……これはその……いや、だから……だから、性欲だけじゃエッチは」
「気持ちも重要。そういう事ですか?」
「分かってるじゃんか。少なくとも……取りあえず、って感じでする事じゃあ、ないよ」
「それなら私は、一定期間あなたを見続けていました。その上で、私はあなたがいいと思いました。あなたでなくては嫌だと思いました。それではダメですか?」
「……」
「あなたは、私が相手では、嫌ですか? ……答えてください」
そう言って見詰めてくる彼女の顔は、相も変わらず無表情。
でも、今の言葉に、嘘は無いと思う。
だから、ちゃんと言わなきゃ。
「ええと、あのね……」
「はい?」
「僕は……好きな子が居てね。まあ振られたのは、さっき言った通りなんだけれども」
「何の話ですか?」
「それでもその子を、好きなままなんだ。だから、こんな状態じゃ、君の事、ちゃんと愛してあげられない。だから、ダメなんだよ」
「……なるほど。そうですか。あなたの言いたい事は、あなたの気持ちは、解りました」
今度こそ分かってくれた、か……。
と思ったのも早計だったらしい。
彼女の言葉はまだ続く。
「でもそれは……私の質問に対する答えにはなっていません。私は、していいかどうかではなくて、したいかどうかを訊いているんです。結局、私が相手では嫌なんですか? そうではないんですか?」
「容赦無いなあ……正直嫌では、ないよ? むしろ、進んでお願いしたいくらい」
「なら」
「それができないのは、今言った通りだから」
「曲げて、お願いします」
「いや……だからさ……」
「最大限の努力をする。その約束は、嘘なんですか?」
「それは……嘘にするつもりは無いけれども……それとこれとは」
「気持ちは、変えられないかも知れません。でも、変わったという事にする。その程度なら、努力で対応できませんか?」
「……そうかも知れないけれど……」
これ、どうやって説得したらいい?
かなりお手上げだよ?
「君は、さ。どうしても今すぐ、したいの?」
「お願いします」
即答……。
いや、軽々しく言い寄ってきてるだけなら、いくらでも突っ跳ねられるだろうし。
あるいは深く考えずに、つまみ食いしてしまってもいい気がしないでもないけれど。
この子は間違いなく真剣に言ってきてるよね……。
うーん……。
「いやいやいや。僕も今はそんな気、起こらないし。でも君、可愛いし。そのうち君に、気持ちが向くかも知れないよ? それまで、待てない?」
「可能なら、早いほうがいいです。お願いできませんか?」
「いやいやいや。だからさ……」
そういった問答の後。
彼女が発した言葉は、地味ではあるが、抵抗し難い。
そんな感じの殺し文句だった。
「例えば先に私とセックスしたら、後になってあなたの気持ちが私へ向くのが早まったりしませんか?」
「……」
それはある。
女の子の場合は判らないけど男なら絶対ある。
否定できない。
Gの後にはHがあり、Hの後にはIがある。
そんなジョークかジョークとして成立する所以だ。
もちろんエッチ目的だけの子だったら、性欲がはければ飽きて飽きられる可能性があるけれど、この子に限ってそれは無い。
「どうですか?」
「うーん……まあ、そういう事もあるかも知れないけれども……」
「では、お願いします。是非」
「……」
断る言葉が見付からない。
見付からないのだが……ふと思う。
それはつまり、断らなきゃいけない理由が、無いからなのではないだろうか?
だとしたら、あるいは……頷いてしまっても?
「……いいの? それで」
「私のほうがお願いしているんです」
「……」
「お願いします」
「……」
「私を、助けると思って。あなたはさっき、そうしたいと言いました」
「……」
「お願いします。どうか」
「……」
も、限界。
兵器だか何だか、知らないけれど。
それでもこんなに可愛い子に、ここまで迫られたら。
断れなくても、罪じゃないよね?
操を立てなきゃいけない相手が、居る訳でもないし。
「うん……じゃあ」
「ありがとうございます」
うーん……何か、いたす事になっちゃいました……。
これでいいんだろうか。
頭の中で、天使が悪魔に屈服する光景が展開された。




