〔2-9〕流用
少女は相変わらずの口調で、言葉を続ける。
「それよりこれから、しばらく落ち着くまで、待ちです。その間、力を抜かないように気を付けてください」
「うん。……ええと、痛かった?」
「はい。どれくらいだったかは、想像しない事をお勧めしますが……」
彼女は一瞬考えてから、次の言葉を継いだ。
「そうですね。待ちの間少し、お話をしましょう」
「話?」
「はい。例えば、人はどこを傷付けられると一番痛いか、知っていますか?」
「え? えーと……やっぱりお腹? 男ならあとは、金的とか……」
「いいえ。急所に対する損傷というのは甚大な痛覚を発生させますが、痛覚が強ければその分痛いという事にはなりません。強過ぎると脳が処理できずに無視したり、朦朧とさせられる事によって麻痺したり、精神を保護する為に気絶したり、またはショック死したりして、実際には感じ取る事が難しいんです」
「そっか……えっと、じゃあ?」
「一番痛いのはそれほど強い痛覚が発生しない部位という事になりますが、それは膝なんです」
「え。膝? ホントに?」
「はい。あなたの言う通り腹部もそれなりに痛みますが、こちらは苦しさや熱さ、あるいは重さといった別の感覚に変換される事が多いのに対して、膝ではほぼ、そうはなりません。例えば銃で撃たれたりすると、激烈に痛いのに無視も麻痺も気絶もさせてくれなければ、殺してもくれないという本物の生殺し状態になりますから、そんな状況に見舞われたとしたら気を付けてください」
「うわあ……想像したくないや。あ、でも女の人が赤ちゃん産む時も、結構痛いって聞かない?」
「陣痛については、あまりに個人差があり過ぎます。人によっては初産でも痛みを、耐えられる耐えられないではなく、そもそも感じないという例すら、少なくありません。一番痛いものと云うには、かなり無理があるんです」
「そういうもんなんだ?」
「はい。それに、出産とは健康な状態で起こる生理現象ですから負傷とは違うんですが、実は病気まで含めればもっと痛いのは別にあって、人にとって一番痛いのは心筋梗塞と尿路結石、そして群発頭痛の三つだと云います。これらの痛みは、銃弾とは比べ物にならないほど半端なものではないそうです」
「え……そんなに痛いの? 銃弾よりもなの?」
「そのようです。特に、群発頭痛は自殺頭痛という別称があって、その激痛から逃れたいが為に本当に自殺に走ってしまうほど酷いとの事です。ただ、その群発頭痛は原因不明ですが、他の二つは不摂生のせいです。それは歳を重ねるほど是正が難しいので、今から注意していたほうがいいですよ?」
「……はあ」
何か結構、興味深い話では、ある。
っつーか、銃で撃ち抜かれるより痛い病気なんてあるのか……確かにそれは、気を付けたい。
けれど、今は取りあえず気になるキーワードが出てきたので、尋ねてみる。
「歳っていえば……君は、いくつなの?」
「そこはちょっと、どう言ったらいいのか判りません。私が目覚めたのは六年前の事なんですが」
「じゃあ、そのまま六歳?」
「あるいは、そういう事になるかも知れません」
「あはは……ちょっと、大き過ぎる六歳児だね?」
「そうですね。ただ、私が目覚めた時にこの体は、人間にして十歳程度だったんです」
「あ、なるほど。なら……十六歳? 少なくとも体は、僕と同じくらいなんだね」
「おそらく」
それは奇遇……って、ん?
あれ? 待てよ?
「昔十歳くらいだったって事は……成長、するんだ?」
「そのようです。ちなみに成長といえば、私には月の障りもあります」
「え?」
「月経です。四年ほど前に初潮を経験しました。兵器なのにおかしいと思いませんか?」
「それって……え?」
月経って要するに、女の子のデリケートなアレの事なんだよね?
それってつまり、赤ちゃんを作る為の準備であって……。
「つまり……どういう事?」
「……私の体は、人体を流用したものなのではないか。私は、そのように疑っています」
人体、流用……。
「改造……人間?」
「確証はありません。そもそもそんな事が可能なのかどうかも判りませんし、それでは説明の付かない点も多々あります。その筆頭があなたも疑問を持った、動く髪の毛です。なぜ動くのか、動かす事ができるのか。それすらさっぱり解りませんが……」
「うーん、僕にはもっと解らないけれども……。戦争時代に実は改造人間が作られていた、って話は聞いた事はあるけど、でもあれは……」
「はい。有能な人物同士を掛け合わせて子どもを作るという事を繰り返したり、薬物や過剰な栄養素を与えてコントロールしたりして、通常よりは高い能力を発揮する肉体を作り出す、というだけのものに過ぎませんでした」
「だよね……」
「でもそう考えれば、腑に落ちる点も多いんです。私の体は人造物にしては出来過ぎているように感じますし、そもそも単に殺人を行う為だけなら人の形にする理由も、思考能力を持たせる理由も無いんです。例えば、一撃のもとに相手の息の根を止められるものさえ作ってしまえば、人の姿を見せて油断を誘うような必要性もありませんよね?」
「それはまあ、そうだね」
「あるいは諜報活動が主な目的で、その過程で殺人も必要、というような事であればまだ理解もできるんですが、私が今までされてきた命令には殺人行為のたぐいしかありません」
「うーん……」
「だから……もしかすれば私の思考回路は、人間の脳髄が元になっている可能性が高いんです」
「あ……! そっか、そうだよね」
「なのに私には、人に具わっている筈のいくつかのものが、欠落しています。その最たるものが、愛。恋。そんな感じのものです。人間の脳髄が思考回路なら、解らない筈が無い。そう思って、今まで探してきました。でも、結局……見付けられませんでした」
「……」
「これから、見付かると思いますか? 私は、それが見付かるという希望を、持ってもいいですか?」
「……」
「それとも、やっぱり私はただの兵器で、そういったものは持ち得ないものなんでしょうか? でも、だとしたら今、私がこうして感じている空虚は、何なんでしょうか? どうやって満たせばいいんでしょうか?」
「……」
「私は……どうすれば、いいんでしょうか……?」
「……」
あまりに、疑問符だらけだった。
それは、彼女の思い悩みが強固なものである事を如実に物語っている。
だから、こんな事しか言えない自分が、僕は悔しかった。
「ごめん。僕は神様でも、君を作った人でもないから、何も判らないよ」
「そう……ですよね」
「でも、はっきり言える事はあるよ。探すのを諦めたら、何も見付からない」
「……はい」
「ちょっと残酷な言葉かも知れないけれども……」
「いいえ。では、その手伝いをしてくれますか?」
「うん。それはまあ、最大限の努力って約束があるし」
「なら、この後なんですが」
「うん」
「取りあえず、私とセックスしてください」
……。
「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?」
「タオル、ちゃんと押さえていてください」
「あ……ごめん」




