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殺人兵器が愛を知る方法  作者: たてごと♪
【2】MK.2と呼ばれた少女
13/66

〔2-4〕正体不明

 髪で僕を拘束する、謎としか云いようの無いその少女は、ところがこんな事を言い出した。


「ただ、あなたとは会話が弾みます。だから私は、やはり名残惜しい。そんな風に思います。なのでもう少し、お話をしませんか?」


「……え?」


 あの程度の軽いお喋りを弾むと表現するとは、どういう事なんだろうか。

 一体どんな感覚をしているのかよく解らないものの、溺れている僕にとっては一応の藁だ。

 これを掴まない手は無い。


「死ぬのが先延ばしになるなら……いいけど」


「どうして逃げなかったんですか、とは訊きません。すぐに追い付きますから」


「……はあ」


「でも、それでも逃げていれば、多少はあなたの有利に働いたかも知れません。……やっぱり訊きたいですが、訊かないと言ってしまったので別の質問に変えます。どうして私を、掘り起こしましたか?」


「だ……大丈夫かな、って思って……」


「馬鹿、なんですね。……いいえ、お人よしと訂正します」


「……それはどうも」


 ええと僕は今、褒められたん? けなされたん?

 うーん、両方か。

 だよね。


 もともと成績良くないほうだけど、こんな所でまで馬鹿扱いって……。


 はあ。


「もう一つ、訊きます。おそらくあなたは今、常識外の光景を体験している筈です。どうして驚かないんですか?」


「いや……それはすんごく……驚いているつもりなんだけれども……」


「そうなんですか?」


「いやいや、そりゃそうでしょ。っつーか、これは……この髪は、どういう仕組み?」


「それは、私には説明されていないので答えかねるんですが……とにかく、私の意志で動かす事ができます」


 彼女は少し、拘束には用いていない頭頂あたりの髪の毛を、ちょこりちょこりと動かしてみせる。

 現実味がまったく感じられない点を無視すればその様子はちょっと、ファニーと云えた。


 っつーか今のすんごく、動くアホ毛っぽかったよ?


「便利、だね?」


「そうでもありません。さっきまでの私はヒューマンモード、つまり人として行動する状態でした。そこから今のトランスフォームモード、自由に変形できる状態へ移る為に、かなりの時間が必要です。その時間まるまる、相手に猶予を与えてしまう事になります」


「でも……追い付くんでしょ?」


「それはあなたのような、逃げる事しかできない相手の場合の話です。もっと好戦的な相手だった場合、私は応戦できずに危機的状態に陥ります。現に今も私は、あなたからいろいろと物を投げつけられても抵抗できずに、ただまともに身に受けるしかありませんでした」


「あ、そっか。……でもじゃあ、ずっと……えーと、トランス? モードで居れば?」


「エネルギーは有限です。トランスフォームモードで居るには大量のエネルギーを消費しますから、持続しません。普段はどうしても、ヒューマンモードで居る必要があります」


「はあ。万能ではないんだ?」


「技術革新に幻想を抱いたり目が眩んだりした人たちは、しばしば高機能を万能と勘違いします。でも、万能なものはこの世に一つもありませんし、だから作り出すのも不可能です」


 ……何か妙に、深い事言うなあ。


「ところで作るっていうか、作られたとか言ってたよね?」


「はい」


「それって要するに……君は、人間じゃ、ないの?」


「殺人兵器、と言いました」


「そっか。人間じゃないなら髪が動いてもしょうがない」


「……」


 一瞬、黙られてしまった。

 ええと、ダメだった?


「それで納得してしまうんですか? 私自身、納得の行かない点が多いんですが……」


「いや、だって難しい事解らないし。その、エネルギーってやっぱ、ガソリンとか?」


「そういうのは、ちょっと。基本的にエネルギー源は、人の食べる物です。もちろん食べられる物かどうかを判別する必要がありますから、私が具える感覚には味覚もあります」


「そっか。じゃあ、少しは楽しみとかあるんだ?」


「はい。ホットミルク、ごちそうさまでした。久々で、とても美味しかったです。ただ私は……空虚、というものをとても強く感じているんです」


「……くうきょ?」


 殺す、とは別の意味で、日常ではあまり聴き慣れない単語だ。


「他に表現のしようが無いので私が勝手にそう呼んでいるだけですが、何かで埋まっていなければいけないと感じる箇所に、何も無い。常に、満たされない。渇望にさいなまれる。そんな感覚です。これを抱え続ける事は、私には非常につらい事なんです」


「そうなんだ……。どうせ作るなら、つらさとか感じないように作ればいいのに」


「まったく同感です。痛みなどは身体の異常を察知するものですから無ければ困りますが、こんなものまで感じていなければいけない理由は皆目見当が付きません」


 いちいち説明的なセリフを出してくるよね、何か。

 クセなのかな?


「そして残念ながら、その空虚は食べ物では、満たせないようなんです。物質的には食べ物で補えている筈ですし、だから精神的なものだと思うんですが……」


「精神……兵器に、そんなのあるの?」


「判りません。ただ、私の思考回路は少なくとも、一般に普及しているノイマン型コンピュータでない事は間違いありません。例えばPCやスマートフォンが自律的に、愛を知りたいとか名残惜しいとか言い出しますか?」


「そんな事言い出したら、窓から投げ捨てるけど」


「それは勿体無いので、初期化で勘弁してあげてください。……といいますか、ゴミにするにしてもそれでは不法投棄です。そういう事は、してはいけません」


「……え……あー、いやその……それは、えっと……ごめん」


 ええと……何か今、叱られましたけど?

 殺人兵器に。

 不法行為を。


 これはちょっと、どうやっても申し訳無さ感より、キツネにつままれた感のほうが強いんだけれども。

 いや……むしろ、キツネに包まれた?

 よく解らない。


 どこへ持っていけばいいの?

 この気持ち。


「それはそれとして、ただ……私ははっきり、コンピュータは自分とは異質なものなんだと感じます」


「そうなんだ」


「これはつまり、私には直感のようなものが具わっているという事ですから、それもコンピュータではない事の証左と云える筈です。私が愛を知りたいと強く思うのも、それが私の感じる空虚を埋めてくれるという、直感らしきものによるんです」


「そっか、うーん。じゃあ、何なんだろうね?」


「判りません。私が何であるのかも、そもそも兵器にどうしてこんな思考の揺らぎを許しているのかも」


「あー。フィクションで、機械とかに感情持たせると、大体ロクな事になってないよね」


「そのフィクションではよく、性能向上に伴って人工知能が自律行動し、自我や感情が生まれる。そのような設定のものが散見されますが、しかし少なくともそれがノイマン型コンピュータである限りは構造上、そんな事は絶対にあり得ないと言い切れます」


 ……話の流れとはいえ、なかなか悲しい事を断言してくれた。


「夢が無いなあ。フィクションなんだから」


「そうかも知れませんが、私の存在はフィクションではありません」


「それはそうだけれども……」


「そもそも人間とまったく同じ思考回路を作り出せるという事は、人間の頭脳そのものを作り出す事ができてしまうという事なんですよ? 頭脳で思考する人間が人間の頭脳を考えるというのは、その設計図自身を表す設計図を作成するようなものですし、そしてそんな事は絶対に不可能ですから、人間の頭脳を作るのは極めて困難な事だと私は思います」


 ……すいません。

 あんま理解できないです。


「えーと、あー……そんなもん、なの?」


「はい。付け加えるなら実は、未だ人工知能とはどういうものであるかという定義がまったくできていなくて、何が実現できればそもそも知能と云えるのかという哲学の段階なんです。定義が無いんですから当然、今出回っている人工知能と呼ばれるものはみんな人工知能ではない何か別のものですし、その大抵は成長しているように見えるよう仕組まれただけの、ただのおもちゃなんです。まあそれは、実現可能性とは別の話ですが、いずれにせよ私に、そんなものが搭載されているとは考えにくいんです。それを以って、私の思考回路はコンピュータではない。そう言ってしまう事ができます」


 ……すいません。

 馬鹿ですいません。


 しかし何か、ずいぶん語るなあ。


「うーん。よく解らないけど何か、いろいろ難しいんだ?」


「そうですね。さらに言えば私は私が……機械ですら、ないと考えています。皮膚を切られれば人とおそらく同様の痛みを感じますし、血も流しますから……このように」


「……え」


 彼女が髪の毛を操って示した先。

 それは左足の脛の横で……。


「あ……うああああああ!」


 包丁が、突き刺さっていた。

 どう見ても血液にしか見えないものが、少しずつ滴り落ちている。


「ご、ごめん、なさい……」


「いいんです。私は、こうされても文句の言えない事を、あなたにしましたから。お腹は痛みますか?」


「あ……いや、普通に痛いです……」


「ごめんなさい」


「謝られても……」


「それでも……ごめんなさい」


 少し目線を落とし、少しうつむき。

 そんな仕草を、少女はした。


「君は……変な、殺人兵器だね?」


「そうですね。私はこれから、あなたを殺すのに」


「……それは言わないでちょーだい……」


「ごめんなさい……。私に涙があればきっと、今流すんでしょうね……」


 そんな事を言う少女の表情は……そういえば、部屋のドアを開けて初めて相対した時から、ずっと無表情のままだ。


 どうなのだろうか?

 喜怒哀楽の無い世界。

 まったく想像にも付かないが、自分の考える通りの感情を表現できないって、それって凄くつらい事なんじゃないのか?

 これは僕が、普通の人間だから、そう感じるだけなのだろうか。


 ……いや。

 少し、理解できるかも知れない。


 僕も松平瑞穂に、振られた。

 それはとても、残念な事の筈だ。

 しかし、それが悲しいかどうかも、判らず。

 涙すら、出ず。

 その事について僕は今、どう感じているか。


 ……ああ。

 そうか。

 これが、彼女の云うところの空虚、というものだろうか。

 確かにぽっかりと、心のどこかに隙間が出来たような感がある。


 それによる、云いようの無い虚脱感。

 それによる、云いようの無い無力感。

 それによる、云いようの無い厭世感。


 僕は今それを、しかし松平瑞穂に振られた事だけにしか感じていない。

 だけどもしこんなものを、たくさんの対象に対して、普遍的に抱え込まなければいけないとしたら。

 抱え続けなければいけないとしたら。


 ……。


 ふと気付く。

 彼女の口調から受ける、慇懃無礼のような印象。

 違った。

 言葉に感情が乗っていないんだ。

 奇妙な違和感を覚えるのは、おそらくそのせいだ。

 そうでなければ、この子の言葉はきっと、もっと……。


 ……。


 何だか、凄く悲しくなってきた。

 可哀相。

 そう思った。

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