〔2-1〕怪しい者
七夕の夜。
酷い土砂降りの夜ではある。
夏だからと油断していた僕が発熱を感じ。
慌てて感冒薬を口にして。
ようやっと寝巻きを着て。
再び布団を丸かぶりし。
しかしそんな状態でなお感じ取る事ができたのだから、それなりの降りっ振りだったのだと思う。
彼女が僕の部屋を訪れたのは、そんな夜だった。
いやもちろん、その時点ではまだそれが女性である事も判らなかった訳だが、とにかくその何某はまず、部屋のドアをノックした。
……コンコン。コンコン。
ありがちだが、擬音としてはそんな感じだ。
まあ、その騒がしい夜の事であった訳で、だから最初は気付かなかった。
呼び鈴を鳴らしてくれれば、一発で判ったのだが。
ただし。
……コンコン。コンコン。
いくら何でもそれが十分も続けば、流石に気付かざるを得ない。
しかし、それでも僕は布団から出る気力が起きず、無視を決め込んだ。
ところが。
……コンコン。コンコン。
それはさらに十分以上続いたのである。
しつこい。
仕方無く、僕は応答する事にした。
……コンコン。コンコン。
あーもう、分かったってば出るってば。
「はーい」
そう声で合図すると、僕は布団から脱出した。
ふと暗がりの中で、時計をどうにか確認すれば、時刻は既に夜中の一時を過ぎている。
何だよこんな時間に。
そう思いながらドアの覗き窓から外を見ると、それは暗くて誰だかよく判らない。
ただ、髪が長いように見えるから、女性なのだろう。
髪の長い女性として知り合いにあるのは、取りあえず……松平瑞穂?
いや、それは無いだろう。
多分こちらの住所も知らない筈……と。
そういえば結局、番号もアドレスも交換していなかった事を思い出す。
それは……まあ、そのほうがいいだろう。
そうなってしまったら、彼女から連絡が貰えても貰えなくても、悶々もだえる事になってしまうに違いない。
しかし、ならば……外に居るのは、誰だ?
「どちら様、ですか?」
「怪しい者ではありません、とは言えませんが」
……怪しくないって言えよ。
開けられねーじゃねえか。
まあ、声と言葉遣いからして、松平瑞穂でない事ははっきりとした。
加えてその人物が、少女か、それに近い年齢の女性であろう事も推測できる。
その彼女は、なかなか押しが強かった。
「こんな時間に申し訳無いですが、何も訊かずに中へ入れてください」
「いやいや。無理でしょそれは」
「そこを何とか」
「じゃあ、どこの誰だか教えてください」
「ですから、何も訊かずにと」
「だから。それは無理だって」
「そこを何とか」
何のコントっすか?
しかしこの人物のセリフ、字にして読めばごく普通の丁寧語であろうが、声にして聞けばどこか慇懃無礼の印象を受けさせられる。
ただ、本人にはそのつもりが無いらしい事も窺えるので、慇懃無礼ずばりだとは言い切る事ができない。
なかなか微妙で独特な喋り方をするその人物、次のセリフにはいきなり劇物を仕込んできたりした。
「ごめんなさい。入れてもらえないならこのドア……壊す事になってしまうんですが」
何ですとー。
「やめてください、管理人さんに怒られます。修理代も払えません」
「では、お願いします。入れてください」
「ケーサツ、呼んでいいですか?」
「その場合は、駆けつけられる前にドアを壊す事になります」
あうう、何じゃこりゃ。
この人物がドアを壊せるのかどうなのかは、もちろん知らない。
だけどもし本当に壊せるのだとすると、実行に移されたりしたら後の祭り過ぎる。
しかし、こんな時間に不審人物を無抵抗で部屋へ招き入れなきゃいけないとか、どう考えてもおかしいだろう。
んー、んー……ああもう。
それでもやっぱり結局は、開けるより他に方法が見付からない。
仕方無かろう。
それに、自ら怪しいと名乗るような人物だし、かえって悪者ではない気もする。
とにかく、部屋の電気を点ける。
チェーンを外す。
錠を上げる。
ドアを開ける。
そこに居た人物は。
「……」
え。
その腰までにとどまらない、ややウェーブの掛かったベリーロングは金髪で。
その大きな目の中の瞳は青くて。
その顔は僕と同じくらいの歳頃で。
それは多分、少しだけ?
いや、もうちょっと?
いや、かなり?
いや、とんでもなく?
松平瑞穂よりも整っていて。
言葉じゃうまく説明できないけれど、何というかこれは……。
文句無しの美少女さんですよ?
えーと、ガイジンさん?
あーいやでも、日本語喋ってたしなあ。
革製?
黒くて丈夫そうな、しかしよく解らないデザインの、手足むき出しでちょっぴりエッチい感じのする服を着てて。
その服が抱え包んでいるムネは、どう少なく見積もっても控え目ではなくて。
その右足の太ももにはホルダーのような物が巻き付いていて。
それには何やら、無骨なサバイバルナイフのような物が収まっていて。
履いているのはやっぱり黒いけど、普通のスニーカー?
そんな感じの人物が、全身ずぶ濡れで立っていたですよ。
わけがわからないよ。




