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第三話

 「魔王様、盾の洞窟が破られました」

 「なにっ、あそこを守っていたケルベロスはどうなった」

 「今集中治療室でオペが開始されました……今夜が峠かと」

 「ケ、ケルタン……くっ」


 大切な飼い犬の緊急手術。それでも王である魔王は手術室へ駆けつける事もできず、涙をのんで次の作戦会議へをするため会議室へと向かう。家臣達はそんな魔王の後ろ姿を涙で見送くっていた。そんな重々しい雰囲気の魔王城で私はため息をついていた。


 心の中の宣言どおり、私は魔王の配下になった。幹部的立場にいるので作戦会議にも出席するけどてんで役立たずである。


 あの日王様は、魔王は特別な魔力に守られた存在なので、魔王を倒すには勇者の装備をそろえないといけないと言いだした。そして勇者の装備を集める旅をする仲間だと3人の美女が紹介されたのだった。


 「剣士のオリスだ」

 「魔導士のウェリスよ」

 「聖女のアイリスです」


 それぞれ、妖艶幼女、童顔巨乳、男の娘とバラエティ豊かな萌えをおさえた面々だった。しかも皆、兄に熱い視線を送っていた。お陰で私は一瞬ほのかに期待してしまったのだ、冒険の中で誰かが兄の心を掴んでくれるのではないかと。


 皆さんは知っているだろうか、【吊り橋効果】という初歩的な恋愛テクニックを。これはカナダの心理学者のダットンさんとアロンさんが行った実験で実証された人間心理である。簡単にいえば、生理的に興奮すればそれが恐怖からであろうが何だろうが、側に異性(同性でもいいのかもしれない)がいるとその興奮をスケベな興奮と錯覚して恋に落ちるのだ。冒険には危険が付き物、ドキドキしてそのままラブに発展する可能性が大いにある。


 「あぁ、俺には仲間は必要ないです。妹と2人で旅に出でますから」


 爽やかな笑顔で仲間を拒否する兄。そして血のつながった妹である私は兄の魂胆を瞬時に理解する。奴は私で【吊り橋効果】を行うつもりだ。


 「2人で頑張ろうね、アーたん。大丈夫、危険があっても俺がアーたんを守るからね」


 同夜身の危険を感じた私は、あの私を見て視線をそらした魔導士弟子をとっ捕まえて、魔王城まで私を転移するようにお願い(・・・)した。予想通り、長いモノに巻かれる質だった魔導士弟子は肉体言語でお願いするとあっさりと了承してくれた。やってて良かった、護身術。


 人間様より話が通じる魔王様に事情を説明すると、同情と共に快く仲間に入れてくれた。全く役立たずを抱え込ませる事に気を病んだけれど、どうやら魔国は深刻な食料不足に悩んでいて、私の趣味【家庭菜園】の知識が多少は役に立っているようだ。


 しかし無事に魔王の配下になった私を、兄が放っておいてくれる訳もなかった。私が魔王配下になった日、つまり世界トリップ2日目の夜、兄は私の目の前に現れた。おい勇者が魔王城に来るのは物語の最後だろうというツッコミを私は飲み込んだ。なぜなら兄に黙って外出するといつも怒られるからだ。今回も怒られるかとドキドキしたが、当の兄は笑顔でこう言いのけた。


「アーたんは捕われのお姫様の方が良かったんだね。ごめんね、気がつかないで」

「いや、違うから」

 

 もちろん、私のツッコミは無視された。それから毎日、魔王攻略の進行状況を私に伝えに魔王城に現れる勇者である兄。魔王がいようがいまいが関係なく、今日の出来事を楽しそうに話すのだ。もし、今日の出来事が楽しい学園生活やら普通の日常なら私の心は痛まない。だが、兄は魔王の目の前で今日はどんな敵と遭遇しどうやって打ちのめしたのかをやけにリアルに報告するのだ。


 因に、打ちのめされている相手は魔王の部下や親友、はたまた愛妻だった時もあった。兄に頼み込んで殺しはしないでもらっているが、それはそれは悲惨な目に遭う仲間達、そしてその仲間の緊急オペ中にいかにして彼らが倒されたのか聞かされる魔王。本当に申し訳ない。


 「ほ、本日の作戦会議を始める」


 愛犬ケルベロスの事が気になるのか、やや涙目の魔王。そんな魔王を気遣いながら地図を広げる側近その1、彼の腕には痛々しい傷跡が残っている。魔王にそっとハンカチを差し伸べる美人の奥さん、しかし彼女の顔は包帯で隠れておりいまは美人かどうかも判らない。会議室にいるほぼ全員が何処かしらに大怪我を負っている。皆ボロボロなのだ、涙を誘うぐらいボロボロなのだこの魔王軍は。


 「残るは、勇者の剣のみとなった……そして、戦力になりそうなのは、私と我が息子だけになった」

 「ぼ、僕がいきましゅ。僕が剣を守りましゅ」


 見た目年齢4歳、実際年齢は数カ月しかない魔王の息子が手をしっかりと上へと伸ばす。しかしその手は恐怖でガタガタと震えている。唇とキュッと結び恐怖に耐えるその姿に私の視界が涙で緩む。


 「いや、お前に魔王の座を譲り私が出よう」

 「いやです。僕が父しゃまをまもりましゅ」

 「父はお前が傷つく姿など見たくはない」

 「僕も父しゃまをきじゅつけたくないでしゅ」

 「息子よっ」

 「父しゃまっ」

 「アーたん!元気にしてるぅ?」


 親子の愛の物語に割り込んできたのは、もちろん勇者あにである。


 「アーたん。今日はね盾の洞窟を攻略したよ。ほら、これが勇者の盾」


 キラキラ光る盾を魔王軍の真ん中で披露する兄。その盾を見て魔王がとても辛そうに目を伏せる。そうだよね、それを守ろうとして愛犬ケルちゃんはいま緊急手術をうけてるんだから。


 「盾の洞窟には顔が三つある犬がいたよ。今回はねM134をぶっ放してみたんだ。ほらあのターミネーターでシュワルツェネッガーが使ってた奴。ロケットランチャーも仕入れたから突っ込もうと思ったけど、ガトリングだけでもうへばっちゃったんだあの犬……弱いよね」

 「………」


 とりあえず皆様に行っておこう。兄は決して鬼畜ではない。今にも倒れそうな魔王の目の前でワザと愛犬をどうやってボコッたかを話している訳ではない。ただ単に周囲が見えてないのだ。


 「頭2つはすぐにクタってなったんだ。でも、最後のがなかなか倒れなくって……殴っても蹴っても、鉛打ち込んでも食らいついてきたんだよ。殺さないでおくのが本当にきつかった」


 立場変われば話も変わるというのはこの事を言うのだろう。兄は敵である魔物をどうにか殺さずに伸したのだろう。しかし魔王軍としては、皆の癒しであったペット的存在のケルベロスが、名前を呼ぶと嬉しそうに駆け寄ってきて頬を舐めてくるあの可愛いケルベロスが、きっと魔王を守るために必死で、必死で勇者に食らいついた姿が目に見えるようで、涙を誘う。


 既に魔王の目からは涙がこぼれ、魔王息子は母親の胸に泣きついていた。他の幹部の人達もみな下を向き肩をふるわせ涙をこらえている。兄よ、頼むからこの重々しい雰囲気に気がついてくれ。


 「あ、それでね。来週には剣の洞窟につくと思うから。そこの守護者をボコボコにしたら、アーたんを迎えにいくからね」


 兄の発言に魔王の息子の肩がビクリと跳ね上がりった。これ以上魔王軍に精神的ダメージを与えるのはまずい、非常にまずい。ただでさえ体はすでにボロボロなのだから。


 「あの、もう少し周囲を確認してから発言をしてほしいんだけど」

 「え、あ、あぁ。ごめんなさい魔王軍の皆さん」


 私に言われ、自分が魔王軍の作戦会議のど真ん中にいる事に気がついた兄。兄が少し済まなそうに苦笑いした後、魔王に頭を下げると、それにつられてこちらこそと魔王も頭を下げる。何故そこで頭を下げ返す魔王。そのシュールな光景に私は言葉を失う。


 「いや、妹とこんなに長時間離れているのは初めてでして。会えるとつい我を忘れてしまって、大事な会議中でしたか?本当にすみません」

 「あ、いえ、こちらも大切な妹さんを仲間にしてしまい……すみません」

 「いえいえ、妹の我がままを聞いて下さって、ありがとうございます。あ、そうでしたこれ」


 兄が袋てを入れ何かを引き出す。まるで某猫型ロボットが所有する●次元ポケットのように、ぐにゃりと空間がゆがみ巨大な角の様な物が飛び出してきた。


 「あの、今日洞窟にいた犬の歯みたいです。落ちてたので、もしかしたら必要かなと思い持ってきたんですが……」

 「あ、ありがとうございます。おい、これを手術室へ」

 「はいっ」

 「助かりました。アレは永久歯なので抜けてしまうと二度と生えないんですよ」

 「あ、そうですか。良かった」

 「本当にありがとうございます」

 「いえいえ、とんでもない」


 何処から突っ込めばいいんだろう。天然と天然が醸し出すこの微妙な雰囲気。しかも天然相乗効果でA(アホ)T(トーク)フィールドが展開されしまい、もう私には手が終えない気がする。助けを求めて魔王の奥さんに目をやると、彼女は軽く頭を振った。うん、判った、放っておけってことだよね。


 「ねぇ、息子ちゃん。お姉ちゃんとお外で遊ぼうか」

 「あいっ」


 向こうで妹自慢を始めた兄と、それを真剣に聞いている魔王を置き去りにして、私含む魔王部下はやるせない気持ちを抱えながらそれぞれの仕事へともどっていったのだった。

【吊り橋効果】の下りは、主人公によって少し湾曲された表現(説明)になっております。ご了承ください。

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