第5話 カオル、異世界デビュー
7日間トレーニング、最終日
「あ~、よく寝た!」
そう言って、大きく背伸びする俺。気持ち良い朝だ。
前世の俺は非常に朝が苦手だったが、転生した今の俺は朝から快調。闇属性の魔女なのにな。
「さて、今日は休みだが何しようかな?」
今までがハードだっただけに、かえって思いつかない。前世なら、携帯小説や文庫本を読んでいたが、この部屋には無い。テレビ、PCも無い。高級マンション風なのに。、生活必需品ではないからだろう。
まぁ、休みの過ごし方をあれこれ考えても仕方ない。
「まずは、歯を磨いて、シャワー浴びてくるか」
前世では、歯磨き、洗顔だったが、転生後は、洗顔の代わりにシャワーになった。
やはり男と女では、色々違うと改めて思い知らされた。
「おはようございます、カオル」
「おはよう、アンジュさん」
キッチンで朝食を作っていたら、アンジュさんが起きてきた。お互いに朝の挨拶を交わす。
シャワーシーンは省略。
朝食中
今朝は、トーストにベーコンエッグ、野菜サラダ、コーンスープ。今回も良くできた。
朝食を済ませ、食器を洗い終わった俺は洗濯、掃除にかかる。
「本当に良く出来てるな、天界の製品は」
俺は掃除機をかけながら、呟く。細かい埃も逃さず吸引、掃除が済んだ部屋の中が、一回り明るくなった様に思える。本当に大した性能だ。
これは掃除機に限った事ではなく、天界製の全ての物に言える。
恐るべし、「MADE IN HEAVEN」
もし、天界の製品が現世に流通したら、世界が変わるな。
天界が現世に基本的に干渉しない理由の一つがこれだ。天界の技術が現世に流出すると、現世に大きな影響を与えるからだ。
アンジュさんによると、太古より現世で大きな変化が起きた時は、天界、、魔界、地獄といった異界の者が暗躍していたそうだ。
そうこうしている内に、掃除も終わった。部屋に戻って、緑茶でも飲むか…。
「なぁ、アンジュさん。こいつ殴って良い?」
「すみません、カオル。この子、つい興奮してしまって…」
「いや~申し訳ないっす、先輩から綺麗な女性だと聞いていたけど、本人を見たらたまらなくなってしまったっす」
俺とアンジュさんの前には、20台前半ぐらいのショートカットの女性がいた。
もちろん、人間ではない。
アンジュさんの後輩で副天使長の呪理。
ある事の為、アンジュさんに呼ばれて来たそうだ。
で、俺は初対面でいきなり胸を揉まれそうになった。
もちろん、阻止した。無詠唱で瞬時に発動させた、封縛呪鎖で縛り上げてやった。この女、絶対、常習犯だ。
で、このセクハラ女(副天使長とは呼んでやらん)が来た理由、それは。
「先輩から是非とも、カオルさんの装備を作って欲しいと頼まれたっす。だから、早く鎖をほどいて欲しいっす」
「カオル、私からもお願いします。ジュリは実力だけは確かです。私が保証します」
「先輩、酷いっす。保証するの実力だけっすか?」
「自業自得です!何かといえば女性の胸を揉もうとして!」
俺としては、胸を揉まれそうになったのはムカつくが、阻止出来たし、このままでは話が先に進まないので、鎖を解除した。
アンジュさんも実力『だけ』は保証してくれたし。
「では、改めて自己紹介するっす。アタシは暗黒副天使長、呪理っす。さっきも言った通り、先輩に頼まれて、カオルさんの装備を作りに来たっす」
俺はアンジュさんを見る。
「カオル、いかに貴女が強いとはいえ、無敵ではありません。貴女の助けとなる装備が必要です。そしてジュリは、天界一のアイテム作成者なのです」
「いや~照れるっす、先輩。それに、いくらアタシでも太古のアイテムには及ばないっす」
要は現時点での最強装備を作ろうということだ。 太古のアイテムには及ばないにしても、十分過ぎるほどの力になってくれそうだ。
ちなみにジュリは、この才能により副天使長にまで登り詰めた。自作のアイテムを駆使するジュリに勝てるのは、アンジュさんとハゲ神だけ。
その才能と地位を妬まれ、幾度となく襲われたが、全て返り討ちにしたとの事。軽そうに見えて、ヤバい奴だ。流石は戦闘狂のアンジュさんの後輩だ。
「では、さっそく身体の採寸をするっす!」
メジャーを手に俺に迫るジュリ。
正直怖いが、アンジュさんも付いているし、いざとなれば自力で何とかする。最悪、レアスキル『闇を統べる者』を使う!
「うわ~、お肌が凄くきめ細かくて、綺麗っす!触り心地も最高っす!」
「髪もサラサラ、艶やかで、堪らないっす!」
「胸のサイズは88っすか、羨ましいっす!」
「ウェストは細いっすね~!」
………………。
と、いった具合で採寸は行われた。
終わった時、男として精神的に大ダメージを受けた俺と、何かをやり遂げた、凄く良い顔をしたジュリ、そして俺に同情の視線を送るアンジュさんがいた。もちろん、貞操は守り抜いたぞ。力ずくでな。アンジュさんも手伝ってくれたし。
「いや~堪能したっす!おかげさまで良い物が作れそうっす!」
「と言うか、作れ」
現在、夕食中。せっかくだから3人で食べようということになった。
最終日なので普段より豪華にしようと思い、すき焼きを作った。アンジュさんは昨日のハンバーグに続き、肉料理だが、美味しいから構わないとの事。
体重やらカロリーやら言われなくて良かった。何でも、天使に肥満は無いとの事。ちなみに、最強魔女の俺も同じらしい。とことん優秀だな、この身体。
「おかわりっす!」
ジュリが、茶碗を差し出してくる。
「もう、無い!」
「えぇ~っ、もっと食べたいっす!」
「うるさい!お前食い過ぎだ!」
そう、せっかくのすき焼きもご飯もあらかたジュリに食われてしまった。
「いや~、あまりに美味しくて、つい…」
申し訳なさそうなジュリの顔を見ていると、怒る気も失せた。
俺の料理を美味しいと言ってくれたしな。
そうだ、俺の装備がいつ頃出来るか聞いてみるか。
「ジュリ、俺の装備はいつ頃出来るんだ?明日には、ここを出るが」
「それなら、心配無いっす。今日、ここに泊まって、明日の朝には完成させるっす。美味しいご飯のお礼に最高の装備を作るっす!」
気合い入りまくってるな。
「では、さっそく部屋に戻って、作業に入るっす!」
そう言って、ジュリは自分の部屋に戻っていった。
俺は今、リビングでアンジュさんと二人、緑茶を飲んでいる。
時計の針は、既に零時を廻っていた。普段なら、部屋に戻って寝ている時間だが、どうにも寝付けなかった。
「なぁ、アンジュさん」
「何ですか、カオル?」
「夜が明けたら、遂に俺の異世界デビューなんだなと思って」
「不安ですか?」
「あぁ。最強の魔女になったとはいえ、中身は一般人の俺だからな」
「大丈夫です。自信を持って下さい。貴女は7日間トレーニングをクリアしたのですから。私が保証します」
「暗黒天使長の保証付きか。ありがとう、アンジュさん」
「それは良かった。では、もう寝ましょう」
「そうだな。おやすみ、アンジュさん」
「おやすみなさい、カオル」
俺は誰かに背中を押してもらいたかったのだろう。
アンジュさんの言葉で、異世界デビューへの不安を吹っ切る事が出来た。
さあ、もう寝よう。夜が明けたら、新しい生活が始まる。
異世界デビューに思いを馳せつつ、俺は自室に戻って、寝るのだった。
8日目の朝
「よし、朝食3人分、完成!」
俺はテーブルに3人分の朝食を並べる。
この部屋での最後の朝食。
最後は和食にした。俺は和食派なのだ。
ご飯、ホウレン草入り味噌汁、鮭の切り身の塩焼き、冷奴。
まだ少し残っている食材は、異次元収納して持って行く。
テーブルには既にアンジュさんが席に着いているが、ジュリはいない。
心配だし、見てこようかと思ったら、本人が来た。
「おはようっす!うわ~、美味しそうな朝ごはんっす!」
「おぅ、おはよう」
「おはよう、ジュリ」
俺とアンジュさんもジュリと朝の挨拶をする。
ジュリも席に着き(自分で椅子を異次元収納から出した)、全員そろったので朝食開始。
「「「いただきます!」」」
朝食の最中、俺はジュリに俺の装備が出来たか聞いてみた。
対するジュリの答えは、
「ばっちりっす!。アタシの最高傑作っす!カオルさんに最高に似合うっす!後で見せるっす!」
と自信満々であった。
「で、これは何だ」
俺は込み上げる怒りを必死に押さえ付ける。ヤバい、レアスキル『闇を統べる者』が発動しかけている。俺の影が、揺らめいていた。
「さっきも言ったっす!アタシの最高傑作、カオルさん専用巫女服っす!」
何かをやり遂げた、物凄く良い顔をしている、ジュリ。
俺は朝食後、ジュリの部屋に来た。
そして見せられたのが、これだ。
「天界最高の素材を集め、アタシの持てる全てを注ぎ、完成した巫女服っす!これ以上となると太古の遺物しか無いっす!」
興奮しているジュリは更に続ける。
「最終候補に残った、巫女服、メイド服、ナース服のどれにするか、まさに究極の選択だったっす!」
そろそろ、俺の我慢も限界だった。
「そうか。では、それを最後の選択にしてやる」
「ちょっ!何、怒ってるんすか!」
「闇に飲まれて消えろーっ」
結果としては、寸前でアンジュさんが止めに入った事により、俺が闇を引っ込めて事なきを得た。
それに、俺にはこの巫女服を着る以外、選択肢が無いのだ。
この部屋は、ハゲ神が俺のトレーニング用に創った存在。そして、俺はトレーニングをクリアした。その結果、この部屋は役目を終え、消える事になる。
いきなり消えたりはしないが、既に消えた部分も有る。例えば、朝食時に使った食器。朝食を終えたら消えてしまった。昨日、入浴前に脱いで、かごに入れた衣服も今朝見たら消えていた。今、俺の着ている衣服もこの部屋から出たら消える。
つまり、俺はこの巫女服を着る以外無い。
完全に詰んでいた…。
「さぁさぁ、早く着るっす。着方が分からないなら、アタシが手取り足取り教えるっす!」
「アンジュさん、お願いします」
俺はジュリを無視して、アンジュさんに頼んだ。後、セクハラ天使は外に放り出した。
「アタシが作ったのに、あんまりっす~!」
と叫ぶ声が聞こえたが、完全無視。
アンジュさんに手伝ってもらい、巫女服に着替えた(下着も天界の最高級品が用意されていた)。本来、巫女服の下には下着を着けないそうだが、俺は下着無しは嫌だし、俺は巫女ではなく魔女だ。
で、着替え終わった俺を見て、アンジュさんが言う。
「流石はジュリ、良い仕事をしています。防御面においては、ほぼ万全です」
ジュリもそんな事を言っていたな。だが、防御だけでは困る。攻撃手段、武器が欲しい。
まぁ、今の俺なら武器無しでも戦えるが、有るに越した事は無い。
そう考えていると、アンジュさんの右手に空中から、何やら現れた。
それは漆黒の扇子だった。
よく有る折り畳み式ではなく、もっと古いタイプの、薄い板を重ねて作ったタイプの物だ。封印鎖でぐるぐる巻きにされたそいつを見た瞬間、強大な力を感じた。そしてそれ以上に、物凄く嫌な予感がした…。
俺は受け取り拒否を即断し、断ろうとした。だが…。
『おぉ!これは素晴らしい!その長い黒髪、白い肌、妾の好みのタイプに超ストライクじゃ!』
と、突然扇子が喋った事により出来なかった…。
アンジュさんの話によると、こいつの名は魔扇『闇姫』。太古の邪悪な女神が宿っており、永らく天界で封印していたが、抑え切れなくなり、暴走阻止の為、俺に押し付ける事にしたそうだ。
ちなみにこいつが暴走すると、大災厄が起きるとの事。
「でもアンジュさん。いかに俺でも太古の邪神の暴走阻止は無理と思うが」
天界でも抑えきれないほどの邪神を、いかに最強魔女とはいえ、新米の俺に抑えられるとは思えない。
それに対し、アンジュさんは、サラッと言った。
「既に暴走は回避されました。何故なら『闇姫』が、カオルを気に入りましたから」
「はぁっ!?」
実は『闇姫』は大の女好き。永らく封印され、女に触れられない事で欲求不満を溜め込み、暴走しかけていた。
そんな『闇姫』の好みのタイプは黒髪、白い肌の若い美人。つまり俺は超ストライク。事実、『闇姫』は一目で俺を気に入り、欲求不満などすっかり消えていた。
今さら受け取り拒否など出来なかった。『闇姫』の暴走は回避出来たが、その代わりに気に入られた。
俺はかくして、魔扇『闇姫』の主となった。どんどん、平穏無事な生活が遠くなる。(泣)
「忘れ物は有りませんか。ハンカチ、ティッシュは持ちましたか?」
「これ、アタシの作った携帯端末、ジュリホっす。色々、便利機能を付けて有るっす」
「マナ(この世界の通貨)は無駄遣いしない様に、それから知らない人にはついて行かない様に」
「ジュリホには、地図にナビにGPSに~」
……………。
魔扇『闇姫』の主になった後も、アンジュさんの話やら、ジュリがくれた携帯端末『ジュリホ』の説明やら、色々有ったが、遂に出発の時が来た。二人とは、ここでお別れだ。
アンジュさんは、俺を鍛える為に来た。
ジュリは、
俺の装備(巫女服)を作る為にアンジュさんに呼ばれた。
故に俺が部屋を出たら、役目が終わるのだ。正直、アンジュさんと別れるのは寂しいが仕方ない。ちなみにジュリは正直、どうでも良し。まだ、胸を揉まれかけた件と巫女服の件が引っ掛かっているからな。もう、怒ってはいないが。
「カオル、貴女が平穏無事な生活を手にする事を願います」
「カオルさん、ジュリホにはアタシと先輩のアドレスが入ってるから、いつでも連絡してくださいっす!」
「アンジュさん、今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました」
「ジュリも巫女服とジュリホ、ありがとうな」
「「では、カオル(さん)、どうかお元気で!!」」
二人はそう言うと次の瞬間、消えてしまった。
「アンジュさんとジュリもお元気で」
俺はそう言うと、扉へと向かう。遂に外へ出る時が来た。さて、どうなる事やら。
「行くぞ、異世界」
俺は、そう呟くと扉を開け、異世界デビューを果たしたのだった。
やっと、カオルが外に出ました。ゲームで言えば、チュートリアル終了。以下、現時点での登場人物紹介。
黒百合 薫:元30歳の独身男。某商事に勤めていた、会社員。人付き合いが苦手と言うか、面倒くさがる。故に恋人も友達もいない。両親は5年前に旅行先で事故死。一人っ子の上、上記の性格の為、親戚付き合いも無く孤独だが、気にしていない。好きな言葉は「平穏無事」、嫌いな言葉は「厄介事」、地味な男であり、自分には優れた面は無いと思っているが、無能な訳でも無く、並みの人間だった。大学入学以来、一人暮らしを続けてきたので家事全般は得意。最近の趣味は携帯小説を読む事。30歳の誕生日を迎えた夜、就寝中に隕石の直撃を受け、死亡。偶然、暗黒神に魂を拾われ、転生特典として、平穏無事な生活を望むも、最強、超美人な魔女として、異世界に転生させられる。見た目と実力は凄いが中身がヘタレな残念美人。
暗黒神:主人公を最強、超美人な魔女として転生させた張本人にして、闇を司る神。暗黒天使の主でもある。見た目はスキンヘッド、サングラス、悪趣味な服装で強面。口調、態度も最悪な為、ヤ〇ザか変人にしか見えない。面白ければそれで良いがモットー。
暗呪:暗黒神の右腕にして、暗黒天使長。太古の遺産、『大いなる慈悲』の使い手であり、圧倒的な強さを誇る。普段は礼儀正しく、真面目だが、戦闘、特に強敵との戦いでは、戦闘狂の顔を見せる。カオルの写真を見て、本当に雷が直撃するほどのショックを受けており、少なからずカオルを意識している。
呪理:暗黒副天使長。アンジュの後輩であり、天界一のアイテム作成者。その力で副天使長まで登り詰めた。自作のアイテムを駆使して戦い、暗黒神とアンジュ以外、負け無し。女性(美人限定)の胸を揉みたがる、セクハラ天使でもある。
『闇姫』(ヤミヒメ):太古の邪悪な女神が宿っている、絶大なる魔力を持つ魔扇。長らく、天界にて封印されてきたが、抑えきれなくなり、暴走阻止の為、カオルに押し付けられる。カオルは嫌がったが、『闇姫』がカオルを気に入り結局、受け取った。『闇姫』が言うにはカオルは『好みのタイプに超ストライク』との事。