第3話 暗黒天使長、かく語りき
「遂に6日目を迎えましたね…」
私は時計を見て、呟く。
時計の針は零時を廻っていました。今まで、誰一人としてクリア出来なかった、この試練。しかし『彼女』はとうとう、ここまで来ました。その成長ぶりは、この私をして驚きでした。
「昨日のバトルで使った分身。この私が分身と見抜け無かった。それどころか、爆煙に紛れたとはいえ、本人と分身が、すり替わった事に気付かなかった」
これは恐るべき事実でした。暗黒神の右腕にして、暗黒天使長の私の眼を欺いたのです。ほんの数日前まで、ただの人間だった者が。いかに『彼女』が最強の魔女とはいえ、明らかに異常です。今まで、これほどの成長ぶりを見せた者はいませんでした。
それでいて、力に溺れる様な節は無かった。初日から、彼女の態度は変わらない。傲慢、慢心、が感じられない。
「主よ、貴方は面白がっておられましたが、確かに『彼女』は、一味違いますね」
私が知る転生者達は皆、強大な力を求めた。そして皆、破滅して行った。だが彼女は、いや、その時点では彼だった訳ですが、強大な力を望まなかった。結果、私の主、暗黒神に面白い奴と認定され、最強の魔女として転生されて、今に至ります。
私は主である、暗黒神より、今回の任務を与えられた時の事を思い返す。
『アンジュ!仕事だ、サッサと来い!』
天使長の執務室で、膨大な量の書類と格闘中の彼女の元に掛かってきた、主からの一本の伝話(魔力で動いている電話)。主である暗黒神からの直通伝話。これすなわち、厄介事。それも、天使長が動かねばならないほどの。
高位悪魔が、また何かやらかしたのでしょうか?。最近はその様な情報は聞いていませんが。疑問に思いながらも、私は、主の元へ向かう。
そして現在、神の間。真っ白な広大な空間に、大きく、豪華な机が有り、それに足を投げ出して、豪華な椅子に座った、悪趣味な服装の、サングラスを掛けたハゲ男。
この人物こそ、私の主、暗黒神。
長い、付き合いですが、この服装のセンスは理解出来ません。だが、今は任務を知る事が先です。私は主に訊ねる。
「今回の任務は何でしょうか?。最近、高位悪魔達が動いた節は有りませんし、世界処分は先日済ませましたが?」
「いや、今回の仕事は、そんなんじゃ無い。まぁ、これを読め」
そう言って、主は私に封筒に入った書類を渡す。
そして、中から出した書類を見た時。正確には書類のある部分を見た時、私は凄まじいショックを受けた!。まるで、雷に撃たれた様な!。
「大丈夫かアンジュ?今、お前マジで雷、直撃したぞ」
主が何やら言っていますが、些細な事です。私は書類のその部分から目が離せませんでした。
「俺の話を聞いてねーな。しかし、俺の支配する神の間で雷を落とすとは流石は、アンジュ。最年少で天使長になっただけはある」
私の視線は書類に貼られた、その写真に釘付けでした。そこには女神が写っていました。歳は18~19ぐらい。艶やかな長い黒髪。最高級のアメジストも敵わぬ、美しい、紫色の瞳。新雪の様な、白い肌。完璧な美の体現者。
私は主に問いました。
「この者は一体、何者なのですか?」
そんな私に呆れた目を向ける、主。
「お前な~。ちゃんと書類読め。そいつは今日、俺が転生させた奴だ。面白い奴だったんでな、最強の魔女、最高の美人にしてやった。俺の本気の結晶、俺の最高傑作だ!。ガーッハッハッハ!!」
「なんという事をするのですか!過去の転生者達の事をお忘れですか!?」
そう、過去の転生者達はロクな事をしませんでした。力に溺れ、災厄を撒き散らした末、破滅しました。ましてや、今回は最強の魔女、最高傑作というではないですか。我が主ながら、何を考えているのやら?。いや、答えは分かっています。このお方は面白ければ、それで良いのです。
「じゃ、話を進めるぞ。お前はそいつが一人でもやっていける様に鍛えてやれ。やり方は任せるが、殺すな」
きっちりと釘を刺されました。
トレーニング中に殺すというわけにはいきませんか。
「まぁ、そう簡単には殺せないぞ。何せ、最高傑作だからな。今までの奴らと一緒にすんなよ」
そう言ってニヤニヤ笑う、我が主。
面白い、主の最高傑作とやらの力、是非とも確かめさせてもらいましょう。私は久しぶりに血が騒ぎました。最近は、高位悪魔達も特に動きが無く、書類の山と格闘してばかりでしたから。
「それは楽しみですね、では、準備が整い次第、出発します」
「おう、頼んだぞ」
そして私は神の間を後にしました。執務室に戻った私は部下達に留守中の指示をし、出発に向けて準備を整える。やがて準備も終わり、出発の時が来ました。私は改めて書類を見る。やはり写真が圧倒的に目を引く。
黒百合 薫。果たして、如何なる人物か?。少なくとも、私の戦士の血をたぎらせてくれる事を願いつつ、私は空間転移しました。
転移した私の目に真っ先に飛び込んできたのは、パンティ一丁で、ブラジャーの着け方に四苦八苦している、彼女の姿でした。
「あ~もう!、着け方が分からん!。とはいえ、着けないと型崩れするって聞くし。だが、他の人にも聞けんし…」
女神の様な美人がパンティ一丁で、ブラジャーの着け方に悩む姿はかなりシュールな光景でした。
とはいえ、本人にとっては、大きな問題。書類によると、前世は独身30歳の男性で女性とは無縁の人生を送っていたとの事。ブラジャーの着け方が分からないのは当然でしょう。私は助け船を出す事にしました。
「ブラジャーの着け方が分からないなら、私が教えましょう」
これが私の彼女に対する第一声でした。
「キャッ!?」
不意に私に背後から話し掛けられた彼女は、小さな悲鳴をあげ、身体をビクッと震わせた。そして恐る恐る、振り返る。
ヤバい、何でしょう、この魅力的な仕草は。あっ、ちゃんと胸を隠していますね。はっきりとは見えませんが、良い胸です。推定サイズ、88。
って話が脱線しました。
こんな事をしている場合ではありません。彼女は私に対し、思いっきり、不審者を見る目を向けています。当然ですね、突然、見知らぬ女性が現れたのですから。私は自己紹介をする事にしました。
「はじめまして。私は暗黒天使長、暗呪。我が主にして、貴女を転生させた暗黒神様の命により参りました。よろしくお願いいたします、黒百合 薫」
あ、何か今、凄く嫌そうな顔をしました。まぁ、良いでしょう。些細な事です。私は彼女にブラジャーの着け方を教えたのでした。
さて、本来の任務に取り掛かるとしましょう。私は彼女にアンジュ式7日間トレーニングを行う事を決めていました。今まで、誰一人としてクリアした者はいませんが、主の最高傑作たる、彼女の実力を確めるには、うってつけです。さあ、初日の今日は戦闘、魔法、この世界に関する、基本的な知識の授業です。1日で徹底的に叩き込みますよ!、楽しみですね!。
初日の授業が終わりました。午前7時から開始、正午と午後19時の食事の時間とトイレに行く時間を除いて、全て授業。午後23時半まで行いました。
非常に優秀で教えがいが有りましたが、授業終了後に、私に対して、
「鬼教師の暗呪」
と、暴言を吐いたので、『教育的指導』を行いました。まぁ、手加減しましたし、主の最高傑作、最強の魔女と言うことですから、明日の朝には、ケロッとしている事でしょう。さて、明日からは実戦訓練です。戦闘や魔法に関する基本的な知識は、今日一日で仕込みました。死なない程度に手加減しながら、鍛えてあげます。どうせ、トレーニングが終わるまで、彼女は部屋から出られませんし。
彼女の転生先のこの部屋ですが、彼女がトレーニングを終えるまで、出られないのです。いかに最強の魔女とはいえ、中身はただの人間。いきなり外に出られると色々と不都合なのです。
2日目からは、私と実戦訓練。本当に教えがいが有ります。私の教えをたちどころに吸収、更に自分なりの戦い方へと昇華する。考えてやっているわけではないでしょう。元、一般人ですし。主の最高傑作、最強魔女、恐るべしです。これから先、どれ程強くなるのか、私にも見当が付きません。
さて、今回のトレーニングにおいて、私には一つだけ不安材料が有りました。私は家事全般が全く出来ません。彼女も出来なかった場合、面倒な事になります。まぁ、いざとなれば、天使長権限で部下を動かしますが。
結論から言うと、それは全くの杞憂でした。彼女は家事全般、見事にこなしました。彼女は前世で大学に入学して以来、ずっと一人暮らしを続けてきたので、これぐらい出来るとの事。もっとも、本人も前世を遥かに超える、自身の家事全般の腕に少なからず驚いていましたが。最強魔女は家事の実力も凄い様です。おかげさまで、私も彼女も毎食、非常に美味な食事を摂れました。
別に高級食材を使ってもおらず、ごく普通の家庭料理でしたが、私は大満足でした。彼女も私が美味しそうに食べている姿を見て、何だか嬉しそうでした。
そして、現在。
「昨日の夕ご飯のカレーは実に美味でしたね。まだ残っていましたし、朝ご飯の時にまた食べましょう」
明日の朝ご飯に思いを馳せる私。そして武器の手入れをします。
私の愛用の武器、漆黒の大鎌、『大いなる慈悲』。
「カオル、6日目は遂に私の愛用の武器を使います。死なないでください」
現在、午前1時。次のトレーニング開始は、午前7時。後、6時間。
「暗呪さん、百合の道に行きそうな感が有りま…。」
「死にたい様ですね。」
(大鎌、構えたアンジュ)