第6章:剥離
「久しぶりだよな。こうして時間とって会うの。」
「そうだな。」
本屋で衝撃的な画を目にしてから半年後の11月、僕はカズキの家を久しぶりに訪れた。
僕がカズキを尋問しようだとか詰問しようだとか、そんなことは決してないのだが。
それに、僕からカズキに会おうと言った訳ではない。彼から招待されたのだ。
いったい何を考えているのか、それともまだ僕らが親友であることの証なのか。
会って30分ほどたった今も、まだお互いを懐かしがっている空気が流れている。
「進学校だと、勉強大変だろ?」
「まあね。真面目にやっていれば遊ぶ暇なんかない。遊んでいる同級生もいるけどな。」
「侑志なら大丈夫だろ。きっといい大学に行く。」
「どうだろう?僕は身体が弱いからね。といっても、昔の話か!」
わざとらしい、とも思える笑い声が短く空気を裂く。もちろん、僕の口から。
カズキにはきっとそんな芸当はできない。正直で心優しい正義感のある、カズキには。
「俺、さぁ。お前に言おうと思ってたんだぜ、真っ先に。」
「あー、芹花ちゃんのこと?まーあれだよ、タイミングってもんがあるんだろ?」
「うーん、そう言ってもらえると助かるけどな。あんなとこ見られたんじゃな。」
「運が良かったか、悪かったか…」
「え?」
「いや!…とにかく、芹花ちゃんはお前のものなんだからしっかり大事にしろよ?」
「うーん、それなんだけどさぁ…あいつ、ちょっと心配なところがあるんだよ。」
「ど…どうしてさ?いい子じゃないか。純粋で素直で、…可愛いし。」
可愛い、とカズキの前で本音を言うことを一瞬躊躇ってしまったのは僕の失敗だろう。
何を気づかせることなくカズキの親友でなければならないのだから。
僕のセリカを奪っておきながらこの言い草。それに対してまだ、まだ今は我慢をする。
今はまだ、その時ではない。
「そうなんだよ!純粋!素直!それにめっちゃ可愛いだろ?…心配でさ。」
「な…なんだよ!ただの惚気か。…あ〜、驚かせんなよな〜。」
「あ、やっぱそれってノロケになるのか!うーん、難しいな〜相談って。」
カズキ。純粋なカズキ。恐らく、セリカよりも。
この清々しいばかりの親友を、激しく踏みにじってやりたい衝動に駆られる。
僕を親友であると未だに疑わないこの正義の塊のような男が、いったいどんな顔を?
第3の本能にも似たこの興奮を、いったいいつまで抑えきれるだろう?
けれど、抑えて抑えて、一気に放出するその瞬間を楽しみにするのもまた一興か。
そうそれは、僕が『罪』に手を染める時。
「いいよ。僕くらいしか惚気る相手がいないんだろう?」
「いやぁ、それがそうでもないんだ。」
「え?」
「やっぱ高校って気のいい奴がたくさん集まってくるんだ。」
「あ、ま、そうだよなーっ。和輝、人気者なんだろ高校でも?」
「うん。良二っていうんだけど、もう本当にいい奴でさ。かなり頼ってる。」
「へ〜…。初耳だな。」
僕は、自分が震えていることに気付いた。
カズキに高校で友達ができた。ただそれだけのことに。
僕に友達がいないということを僕は嘆いたことなどない。決してない。
僕はただやるべきことをやるために高校では過ごしているし、それを良しとしている。
両親への僕の愛は、決して変わることはないだろう。
なぜなら、彼らは僕を愛してくれているのだ。
カズキも、そうだと思っていた。この言葉を聞くまでは。
「唯一無二の親友って、ああいうのを言うんだな!」
僕にはもう言うことなどなかった。
僕の思い込みだったのだ。全てが。
生まれた瞬間に感じていた、生まれる前から持ち続けていた憎悪の心。
現世ではうまく消化されたのだと思っていたのに。
僕が選択した『罪』は親友の想い人と恋をし、結ばれることだと、思っていたのに。
あんなに悩んだ僕の心は、どこへ行ってしまったらいい?
なぜこんなことになるんだ。なぜ僕はカズキを憎まざるを得ないのだ?
憎くて憎くて、仕方がない。
今こうして笑いながら話している間にも、僕の脳裏にはカズキの悲壮な顔が漂う。
そしてそれを見るためならば何でもできると思ってさえいる。
僕は、鬼になるのか?
「今度の日曜、空いてたら一緒に海でも見に行かないか?」
「海か〜、いいな!あ、芹花も連れて行っていいか?」
「もちろんだよ。三人で行こう、昔みたいに。」
「よし、言っとくよ俺。楽しみにしてる。」
自分が恐くなる、つまりこういうことなんだ。