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蒼の舟  作者: 真城 和流
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第5章:再会

「暑い…。」



満開だった桜は敢えなく散り、しかしながら僕はそれに気づくことなく学校生活を送っていた。


有名な進学校に入学した為に、余計なことを考える暇がない。勉強に次ぐ勉強の日々。


幼い頃から知識を蓄えることを良しとする性分だった為か、苦痛は感じない。


ただただ過ぎていくわけでもないこの日常を僕は着々と、上手に歩んでいる。



「鏡くん。」


「あ、坂井先生。おつかれさまです。」


「この間の模試、どうだった?できたか?」


「先生が僕の結果なんて気にされるの、珍しいですね?」


「え?そ、そうか?いつもそんなに素っ気なかった…かな?」


「いや、そんなこと言ってませんよ。僕はただ…嬉しくて。」


「嬉しい?」


「ええ、…この学校に来て初めて話し掛けられたから。」


「初めて…?僕の今の言葉がかい?」


「そうです。」



僕は坂井先生ににっこりと笑顔を見せた。


坂井先生は国語の担当で、僕ら一年生には現代文を教えてくれている。


熱心な教師で、僕がどんなに朝早く登校しても先に来て授業の準備をしている。


温厚でいて子供のように素直な、30歳独身。危なっかしい感じが女子に人気らしい。


僕もまた、彼を気持ちのいい人間として記憶していた。



「鏡くん、君…。」


「友人なら、中学までに作りましたよ。高校は、勉強をするところですから。」


「けれど、まさか…何かあるのでは…ないかと…」


「先生。大丈夫ですよ。僕はこの学校が大好きだ。…問題なんかありません。」


「鏡くん…また、また一緒に話そう。休み時間にでも!」


「ええ、ありがとうございます。それじゃあ、これから寮に帰るので。」


「あ、あぁ。気をつけて。」



まったく、お人好しな先生だ。僕が独りっきりなのは、今に始まったことじゃない。


僕がこの高校に入ることは最初から決まっていた。僕が選択したつもりでも。


僕の人生は、僕が思い通りにできるものなどではなく、僕の生前の記憶による道化だ。


だから僕は、セリカを心底欲しがるだろう。そのうち。必ず。


そして、今は親友だとさえ思っているカズキを、裏切る日がやってくるのか…。


それだけが少しだけ淋しく感じ、僕は、気分転換を希望したように感じた。



「まだ4時か…。本屋にでも寄って行こう。」


「いらっしゃいませっ!」



僕が選んだ寮生活は、勉学に適した環境であるとは実は言えなかった。


受験を通り過ぎたらそれまでと、つるんで明け方まで遊び倒す輩も少なくはない。


僕はそんなことに興味はないし、第一、彼らに心配をかけることなどできない。


僕の優しい両親。幼い頃は体が弱くて随分と苦労をかけた。


僕は、彼らに恩返しをしなければならないだろう。そのための、今なのだ。



「さて…と。」



この間授業で紹介されていた科学雑誌は…何という名前だっただろうか?


僕としたことが思い出せない。いくら暑いからって、ぼうっとしていたのか…。


ああ、なんだっけ…。


思い出せずにイライラしていると、ふと目を疑うものが目に入った。



「え…?」



コミックコーナーで何やら楽しそうに数冊の本を手に取り見比べている。


久しぶり…3ヶ月ぶりに見かけた。少し幼いと思っていたのに、高校デビューでもしたか?


元々スタイルは良かったけれど、美しさに磨きがかかっているように見えてしまう。


夏服に変わったであろう制服は、白と紺の爽やかな配色で、細身の身体が適度に露わになる。


暑いからか、肩ほどまでのくるんとした髪の毛は一つにまとめ上げられていた。


今のこのセリカの姿を見て反応しない男は恐らくいない。


…これは…かなり侮っていたらしい。


僕は自分の誤算を悔いた。焦る気持ちは今の時点では抑えなければと思いつつ。


話し掛けようか…。セリカがこんな街中まで出てくることなどそうはないだろうし…。


そう思い、ツ…と足を浮かせた瞬間だった。



「!?」



セリカの笑顔が眩いほどに輝いたのだ。


それは勿論、僕に向けられたものではなかった。



「男…!?」



セリカはついに彼氏を作ってしまったというのか?いや、信じたくはない…。


しかし、紅潮した頬、明らかに上擦った声、総てが敗色濃厚だと告げている。


僕が勉強なんかに現を抜かしている間に、…なんてことだ。


あぁけれど、顔が見えない。相手の男はいったいどんな…



「和輝!?」



二人だけではなく、店内の人間の大多数が僕を振り向いてしまった。


少々声が大きすぎたようだ。だが、それは僕が驚いた度合いを示すものでもある。


僕は、瞬時にフラついた自分の足を必死に元通りおさめ、ゆっくりと、笑った。



「久しぶりじゃないか。…二人とも。」


「あ、うゎ〜、うわ、ゆうちゃんだぁぁ!!」


「お、おぅ。マジでびっくりした。」


「どうしたのさ、こんなところまで。電車で一時間はかかるだろう?」


「そっかぁ〜、ゆうちゃんこっちだっけねぇ。うゎ〜、なつかしいな〜!」


「いや、ま、用事でさ。」


「へえ?デートじゃなくて?」



僕の目から見て明らかに二人の距離は以前のものではなくなっている。


どうなんだ?さあ、正直に答えろよ。


今生でも、セリカを知らぬ間に味方につけたのか?カズキは僕の親友だったはずなのに。


記憶のないカズキは僕の大切な友人だと必死で思うことにして、うまくいったのに。


僕がお前を裏切るより早く僕を裏切ったな?



「や〜ん、ゆうちゃんったら、なんでそんなイジワル言うかなぁ〜?」


「あ、はは、デートっつうか…その…。」


「はは!やだな!僕に言ってくれないなんて、そっちこそ意地悪なんじゃないのかな?」


「え〜だって、ねぇ?言おうとは、思ってたんだよぉ〜?」


「あ、ごめんな!マジ。最近だったもんだから、言う機会なくってさ。」


「そうか。…良かったじゃないか!二人とも。」



僕は、精一杯の笑顔で二人に微笑んだ。心底喜んでいるかのような完璧な演技。


二人を見送る掌を一瞬で拳に握り替えた。




神様、僕の人生がどうやら、始まったようです。

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