第3章:親友
「ゆうじ!帰ろうぜ!」
「あ、和輝。遅かったんだね?」
「ん〜。委員会あってさぁ。ごめんなー、おわびにセルヴィーのロゴスタイルやるよ。」
「本当に!?…いや、そんなのいいよ。大切なものだろう?」
「ゆうじなら絶対大事にしてくれるってわかってるし、やるよ!」
「あ、ありがとう。」
「じゃ、今からうち来るよな?」
「今から?」
「大じょうぶだって。藍さんもおれんちだってわかったら安心するよ。」
「まぁ、そう、かな。うん、わかった行くよ。」
僕たちは10歳になった。今は小学校に通っている。4年生だ。
僕は幼い頃に、生前選択していないはずの『病』に侵されていた。
心臓病の軽度の症状が生まれてすぐに出て、僕は自宅療養を余儀なくされた。
僕があの時答えた言葉は迷いなく『罪』だった。
僕は、カズキを憎んでいたからだ。人生を狂わせたカズキを貶める。
そうしなければ、僕は僕だけが苦しむのだと思っていた。そのはずだった。
それなのに、カズキは僕を、僕はカズキを気に入ってしまったのだ。
これを、どうやら親友と言うらしい。大切な人間になってしまった。
「あれ、そういや今日はせりかがいなかった。」
「へぇ、芹花ちゃん、風邪でも引いたのかな?」
「ま、明日になったら元気に来るでしょ。早くうちに帰ろうぜ。」
「うん。行こう。早くロゴスタイル見たい!」
そう、どういうわけか、僕はセリカを欲するよりカズキを選んでしまう。
いや、セリカに対する異常なまでの執着心が消えてしまったようなのだ。
あれを愛と呼んでいた自分が恥ずかしく思えてしまうくらいに。
だから僕は、周りの人間から見ても普通の小学生にしか見えないだろう。
実際、セルヴィーのロゴスタイルなんていうミニ四駆に興味津々だ。
「たっだいまぁ〜!」
「お帰り。あら、侑志くんも一緒ね。じゃ、お母さんに連絡しなくちゃね。」
「お邪魔します。お電話をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「うふふ。相変わらず礼儀正しいわねぇ。…こぉら、和輝!」
「あ、藍さん?おれおれ!今日、ゆうじかりまーす!…うん、わかった!」
受話器を置いてニィッと笑うその顔があまりに得意気で、カズキの母親も呆れ顔。
僕は僕で、思わず吹き出してしまう。
カズキはどこからどう見ても礼儀正しくなんてないし、悪戯好きな悪ガキだ。
けれど、どうしたってこのあっけらかんとしたカズキを憎むことなんてできない。
「ゆうじ、藍さんいいって!けど明日学校があるからとまっちゃだめだって!」
「あっはは…うん、ありがとう。やること早いなぁ。」
「和輝ぃ!?こらっ、靴下脱いでから部屋行きなさい!待ちなさいっ!」
「ほーいっ!ぽーいっ!」
「か、和輝…それはやり過ぎじゃないかな…」
「上から投げるとは何事かぁっ!今日のご飯侑志くんにあげちゃうぞ!?」
「あ、うっそん!それはヤダ!ごめんなさい、すいませんでした紅深サマ!」
「あ〜ぁ、どうしよっかなー?ねー?」
「僕は夕ご飯の時間の前には帰りますから大丈夫ですよ。あはは!」
カズキはことさらに食べ物を食べるのが好きで、勉強は大嫌いだ。
運動はすべからく抜群の成績を収め、女子からも人気があるようだ。
僕は、カズキとは正反対の性格や能力が形成されたらしい。
だから、カズキを見ていると羨ましくて仕方がなく、そして尊敬する。
僕は気づいたのだ。もっと幼い頃に。
カズキが他の誰よりも自分にとって魅力的な人間であることを。
そしてそれは、年々確信に取って代わる。
僕は、いつしか僕がカズキの親友であることに誇りを感じるようになった。