第2章:接近
「ユージ。…聞こえるか?」
「はい、聞こえますよ、神様。」
「どうだね、うまく人間の生活をできているかね?」
「はい。両親は惜しみなく愛情を注いでくれますし、僕もようやく慣れました。」
「慣れた…とは?」
「生まれたての頃、僕は神様の忠告して下さった事をすっかり忘れて焦っていました。」
「記憶のことだね。」
「はい。けれど、僕がどれほど彼らに執着しようと、彼らは普通の人間なのですね。」
「そうだ。」
「神様。…僕はセリカを手に入れたい。それだけの為に生きているようなものです。」
「そうか。」
「カズキになど決して渡すつもりはないのです。しかし僕はこの通り、自由ではない。」
「自らの運命であると心得なさい。受け容れて、辛抱するのだ。」
「…わかっています。ですが、目の前であのような光景を見て、心を乱さないなんて…」
自宅の二階の窓から、僕は首を少しだけ出した。
ちょうど、幼稚園から帰ってくる二人をいつものように見下ろす時間になっている。
来た。いつも通り、可愛いセリカがカズキに付きまとわれて歩いている。
ほんの少し力を込めて頬をパン、と鳴らせた。もうすぐここにやってくる。
「侑志?来てくれたよ。」
「ありがとう、おかあさん。」
母親の藍は、僕を産んでから少しやつれたように思われる。
常に僕を気遣い、僕の為に行動し、僕を愛してくれている。父も同様だ。
そんな両親が、僕の正体を知ったら悲しむだろう。彼らは、何も悪くない。
だから、僕は何もしはしない。彼らには。
「ゆうちゃ!」
「やあ。」
「ゆうちゃ、いいこしてた?」
「うん。今日もちゃんと本を読んでた。」
「ゆうちゃ、あのね、これね、ゆうちゃにあげるの。」
「わぁ、すごい。芹花ちゃんが描いたの?じょうずだね。」
「これね、ゆうちゃ。これね、せりか。これね、かずくん。」
「ふぅ…ん?芹花ちゃんと和輝は、仲がいいんだね?」
セリカの描いた絵は、僕ら三人が仲良く散歩をしている、とても稚拙なものだった。
だが、真ん中で大きな口を開けて笑っているセリカと手をつないでいるカズキに対し
僕はとても小さく、そして隅のほうにぽつんと描かれていた。
その横には家があり、僕は、一本の線で二人と隔てられていた。
これが、現実なのだ。
「ゆうじ、おれもかいたんだ!」
「へえ。和輝くんも?どんな絵を描いたの?」
「ほら、かいじゅうガンドロス!つよいんだよ!」
「そうだね。とても、強そうだ。和輝くんみたいだね。」
「ほんと!?ははっ、やったぁ!ゆうじにほめられた!うれしいな!」
カズキは本当に無垢で明るく、屈託のない性格に育っている。
何も知らず、何も恐れず、何に脅えることもなく、生きてきた。
この世のすべてが美しいと信じて疑わない、清らかな笑顔。
僕には決して得ることができない、美しい心。
あの時、僕ではなくカズキの運命が狂っていたら、僕もこんな風に笑えていたのか?
「ゆうじ、あした、おれのうちであそぼう!げーむつよいだろ?」
「和輝の家に?僕が?どうして?」
「ゆうじはとくべつだからにきまってんだろ!」
「特別…?」
僕は思わず呆然としてその場に僕とカズキ以外の人間がいることを忘れてしまった。
カズキにとって僕が特別なんかであるはずはない。
カズキはただ、満面の笑みを浮かべる。
「うん!じゃ、おれたちそろそろかえる。またあしたな!」
「あぁ。たのしみにしてるよ。ありがとう。」
「ゆうちゃ、またね!」
少し幼いセリカは、まだまだ誰かのものになりそうもない。大丈夫だろう。
しかし、天真爛漫なカズキは、いったい何を考えているのかわからない。
ほんの少し接近してみるのもアリか…?
僕はカズキのことをもっと良く知らなければならないだろう。
それから週に一度、僕はカズキの家に泊まるようになる。
カズキのしゃべり、動き、趣味など、細微に至るまで研究し尽くす。
その結果、僕は気づく。
気づいてしまうんだ。
どなたか講評をお願いします!厳しく言っちゃって!