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5.初出勤(前編)

 次の日の朝、美織は体の上に圧を感じて目を覚ます。まただ、腹の上で瑞樹が横になっている。

寝る前には一緒に寝ていたはずなのに、どうやら朝方には布団から出てしまう。


瑞樹には悪いが、退いてもらおう。美織はむくりと上半身をあげながら瑞樹を横から抱え込む。すやすやと寝ている姿が愛らしい。ぐうと声がしたが、そのまま瑞樹を毛布の中にに入れた。


時刻を確認すると7時を過ぎている。窓辺に目をやると日光がさんさんと輝いているのが見えた。初夏故に四時頃には日が上る。体内時計もそれに応じて設定され、起床も早くなる。働いていたときの名残だろうか、美織は僅差があるが、同じ時間に起きることができる。


今日から勤務開始だ。美織は近くに用意していた服に着替える。まだ気だるさが残っているのか目を擦りながら、机の方に移動した。


机上には妖怪に関する資料が積み上げられている。叔父に依頼して集めた書類だ。内容は難しいモノばかりであったが調査のためにもと懇願すると、快く了承してくれた。内容について理解できるかは自信が無いが何か役に立つかもしれない。


「おはよう美織」

 「気持ちよく寝てたのに……よくも起こしてくれたなぁ」

 寝起きの声で美織に不満を垂らす。どうやら先ほど抱えたせいで起こしてしまったようだ。美織は瑞樹に謝ると机に向き合い直す。もう一度資料をめくって手がかりを探し始めた。


 ペラ、ペラと一項ずつに目を通す。如何せん専門的な資料だ、難しい内容が羅列しており、すんなり頭に入ってこない。美織は読むのに苦戦する。島の妖怪たちが現代に適応しているのを考えると、大昔にまとめられたこの資料はどこまで役に立つのだろうか。大量の情報を前に軽い皮肉が浮かんできた途中狸の項目に辿り着く。


 『――「狐七化け、狸八化け」と言われるほど、化けることには長けていて人をバカにする。』

 と書かれてた。昨日のことを思い出す。非常事態だったとはいえ瑞樹はバカにした態度は一切せず助けてくれた。あの時瑞樹が気づいてなかったら自分はどうなっていたことか。もしもの可能性を考えて恐ろしくなる。

 猿見言うに今後被害が増える可能性がある。同じような被害を防ぐためにも気張らなければ。美織は息を大きく吐いて、もう一度資料に向かった。


時間が経過し集中力が切れてくる。時間は11時を回ったところだ。しまった資料で結構な時間を取られた。妖怪の調査を考慮するなら、外に足を向けたほうが何か得られたかもしれない。休憩のため美織は椅子に座ったまま目を閉じた。


――シャッシャッ

すぐ後ろから布を擦る音がする。

――シャッシャッシャッシャッ

音は強く、速くなり激しさを増していく。


  何事かと後ろを振り向くと、布団を熱心に掘る瑞樹が目に入ってきた。瑞樹の爪先は案外鋭い。放っておくと破れてしまうかもしれない。瑞樹はこちらに気づくと、すぐに掻くのをやめてびのびと欠伸をした。


一連の行為を咎めようとした瞬間、美織の頭にアイデアが浮かぶ。

  

 ――待てよ妖怪なら後ろにいるじゃないか。


 これで解決と言わんばかりに、美織はすぐさま行動を開始した。

 

「ねえ瑞樹」


 怪しい笑みを浮かべて瑞樹に近づいていく。

 

「ん?何だ」


 何も知らずキョトンとした姿が愛らしい。


「昨日は協力してくれるって言ったよね」

「そうだが」

「じゃあ早速」

「観察させてください!」

 

美織は大きく頭を下げて瑞樹に懇願した。

自分は対象外だと思っていたのか、瑞樹の目が丸くなる。


「観察?いいけど何すんだ?」

「暮らしとか生態とかを教えてください」

「つまり密着取材ってやつか!」

「そう、なるのかな」


怪異にはまだ会えない。まずは手始めに生態報告から入ろう。妖怪であればちょうど近くにいる。身近にいた瑞樹から調査することにした。

 

--どこから手をつけるべきか。ベッドの上に瑞樹を座らせて、床に座る。取材されるのが嬉しいのかニコニコと楽しそうで瑞樹の周りから、ぱあっと後光が差しているように見えた。


「では瑞樹君自己紹介をしてください。」

「よしきた!」

「俺は化け狸の瑞樹。生まれは南区で、生まれてから三十年程か。二年前に東区へ引っ越してきた。好物は鮎だ」


この島は東西南北で区域が分かれている。他の区には車で数十分かかるが、移動は簡単だ。ビル街となっている西区を除いて、他の区には変わったところは無い。

しかし狸が自分より長生きしていることに驚いた。妖怪だとこのくらいが通常なのか。美織はインタビューを続ける。


「何で引っ越してきたの」

「・・・・・・縄張りが乗っ取られたんだ」

「西区の狐がさここに建物作るから退けって、抵抗はしたんだけど交渉もなしに追い出されちゃった」


妖怪間でもトラブルはあるのか。先ほどまで明るく話していた瑞樹の顔がだんだんと暗くなる。この家に簡単に越してきたということは、この2年間定住する場所がなかったのかもしれない。悔しそうに歯を食いしばる様子が美織の視界に入ってきた。餌にあり付いてはいただろうが、雪や雨にさらされることがあったのではないか。

狐との争いについてその先は語られることはなく。瑞樹は一瞬で笑顔を作り、美織に話しかけた。


「へへ、なぁ自己紹介ってこんなんでいいの?、もっと話す?」

「レポート紙一枚分は書けたけど、これを提出するのはちょっと違うかもしれないなぁ」

「・・・・・・そうかぁ」


美織はため息を吐く。それにつられて、瑞樹の耳もしおしおと下を向いた。早々に調査が終了してしまった。

瑞樹が近くに寄ってきて慰めるようにスンスンと鼻を鳴らす。

瑞樹は何か閃いたように目を見開いた。頭上に電球のアイコンが見えそうだ。


「あ!俺訳のありそうな場所知ってるかもしれない!」

「美織一緒に外にいくぞ!」


瑞樹が声を出しながら部屋を飛び出す。困惑していた美織だったが、瑞樹のアテにすがるように、後を追いかけていった。



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