2話 まずは周囲の把握から
叔父が作った夕飯は魚の煮付けに味噌汁と実にシンプルなモノであった。魚はこの島で採れたものだろうか。煮付けられた魚は白身魚でおおきく身が詰まっていたが、とても柔らかく箸で簡単にほぐせる。タレは叔父特製のレシピで、味はしっかりしているが控え目な甘さで食べやすい。白米のお供としてピッタリだ。箸で魚を解体し、軽くつまんで口へ運ぶ。
叔父は毎日自炊しているのだろうか。研究で忙しい生活を送ってると思ったが料理の腕はあるようだ。対して自分はコンビニやスーパーの惣菜に頼り切りで、料理に関しては全くのズブであった。講評できる立場ではない。
(料理、できるようにしないとなぁ)
ヨカッタネ、就職の他に新しい目標ができたヨ。そう現状を自虐しながら食べすすめる。
ふと叔父の仕事に関して疑問がわいた。
「依頼、大分怪しかったけど叔父さん大丈夫なの」
「ははは、あの時は絶対詐欺だ、怪しいぞってみんなに止められたな。仕事は全然問題はない、むしろ楽しく過ごせているよ」
規律が厳格な島では仕事はいかに大変だろうと。聞いてみたが、心配する必要はなさそうだ。
叔父は困り眉で大きく笑っている。
(本当に楽しいのだな。)
心配を横に、笑う叔父に安心した。島に問題がないことが分かり、腹が鳴る。
話していては飯が冷めると、副菜のホウレンソウを口に運ぼうとしたその時。
目の前で叔父の表情が少し深刻なものになった。
――いきなり、どうした
「なあ、美織」
「・・・・・・信じてもらえないかもしれないが、伝えたいことがある」
(え、何)
ついさっきは笑っていたのに。温度差に困惑する。
「実はな」
ゴクリと喉が鳴る。
(実は重い病気を抱えてましたとか重体発表でもあるのだろうか)
(言いにくいから、最初に僕を呼んだとか)
良くない考えが脳裏をよぎる。
「・・・・・・この島、出るんだ」
「幽霊やら、妖怪やら」
─へ、今なんて言った。
叔父から出た唐突な冗談に反応できないでいる。開いた口が閉まらない。こんなに間を持たせたのに。
確かに叔父は民俗学者で、幽霊やら妖怪やらに通じている。しかしそれはあくまでフィクション。それを踏まえて、日本人の文化の一部として研究をしていると思っていたのだが。ついに一線を越えてしまったのか
もしかしたら連日の調査で疲れているのかもしれない。
とりあえず
「はぁー、びっくりした」
「なんか重い病気にでもかかってるんじゃないかと思った」
どう反応すべきか迷った末に、深刻な内容でないことに安堵する。
「いやホントなんだよ」
「かぁーこう言っても信じられないよな」
「え、冗談でしょ」
「違うんだ居るんだよ本当に」
「変な冗談よしてよ」
「ちゃんと休めてる?」
目の前には弁明しようと焦る叔父が居る。
とうとう狂ったのか。叔父のことは尊敬しているがここまで来ると止めようか心配になってくる。
「だから島に細々とルールがあるんだよ」
「確かにさぁこの島、上からの監視が厳しいけども」
「架空の生物を居るって言われてもどう言ったらいいかわからないよ」
「・・・・・・まぁそういう反応になるよな」
「とりあえず、夜は危ないからあまり出ないようにするんだぞ」
そう忠告したあと叔父は立ち上がり、食器を持って台所へ向かった。
少し落胆した叔父に申し訳なさを感じる。もしかしたらまだ自分はやんちゃな子供扱いをされていて、夜遊びから遠ざけるためにさっきの冗談が出たのではないか。
(確かに無職になったけどさぁ。一応大人なんだよねえ。)
叔父なりの配慮なのだろうか。心配してくれているとはいえ、本当に深刻そうな顔が気にかかる。
叔父からの扱いに少し困惑しつつ、出された夕飯を胃袋にかき込んだ。
食事を済ませると、叔父から家の中を案内するよと声をかけられる。あの会話で落ち込んでいた表情は朗らかさを取り戻していた。今後の共同生活に関して内容を詰めるためにも、叔父に案内されながら屋内のツアーが始まった。
叔父の家は2階建ての木造建築で、瓦づくりの屋根が昭和の雰囲気を醸し出す。玄関にはいってすぐ右にリビングとキッチンが、まっすぐ先に洗面所と風呂場が設置されていた。左隣には階段があり、登った2階が叔父のメインの部屋と、物置代わりにされている個室が2軒ほどある状態だ。
叔父の仕事部屋を除いて、家の中は自由に過ごしていいと許可が下りる。風呂がタイル張りであったり、蛇口が見慣れないものだったりところどころ古い印象を受けたが、物が少なく整っているため不便な感じはしなかった。
「ここが君の部屋になる。あんまり大きな家具は入れないでほしいが、自由に使ってくれ。」
ドアを開けると部屋が広がる。窓が2カ所という点を除いては普通の部屋だった。6畳程であろうか、床はフローリングで、ベッドと3段ほどの小さなカラーボックス、簡単な勉強机が用意されていた。入り口の近くには押し入れがあり、衣類はここに収納できそうだ。そこまで広くはないが、置かれている家具が少ないためスッキリしている。窓が2つついてることで開放感がある。錯覚で広く見えた。
――ここで暮らすんだな。
叔父との共同生活という点を除けば、今までと変わらない。しかし見知らぬ土地、新たな環境での生活は少し胸躍るものがあった。新たな環境に馴染むのは簡単なことではないかもしれないが、それでも心が躍る。
「この島ではよく祭りが執り行われる」
部屋を見渡していると横から叔父が声をかけてきた。
「花火が上がれば窓から見えるから、その時は楽しいよ」
「へえ」
祭りを想像して、少し心が躍る。
「この島って京都でもないのにザ和風って感じだよね」
「上の人が好きでそうしてるの?」
「街並みで言ったら京都のほうが整ってるけどね」
「島ができたとき最初に住民が住み始めたのはこの付近で、折角一から島を作るからって古き良きを意識したみたいだよ。
「島の管理が決まってからはこっちの発展は止まってるけどね」
「逆に都市部は凄い都会だぞ」
「風景がガラリと変わる、今度案内するよ」
一応歴史はあるみたいだ。
平坦な街だけでなく都市部もあるのか。観光ガイドに乗っていた華やかな写真を思い出す。ここに来る前にいた場所はそんなに栄えてない。基本的に車での移動が前提で、田畑が広がっており、ショッピングモールはあれどゲーセンとかはなかったり。本当の意味での遊べる場所は無かった。若者らしくテレビで見る都会の生活に憧れていたため、都会通いもあり得るかもしれないと胸が高まった。
その前に仕事を探す必要があるが。
「じゃあ俺はもう寝るよ、明日から役所行って色々あ
るから美織も準備して寝なね」
「りょーかい、おやすみ叔父さん」
「んじゃ」
そう言って叔父は自室へ戻っていった。美織は持ってきたスーツケースに手をかけて、中身を広げ始めた。
明日必要になりそうな物を端に避けていると、応急ポーチに付いたライトのキーホルダーに目が行った。
(夜はライトが推奨って気になるな)
叔父の話を思い出し、ふと悪戯心が湧き上がる。
(いやいや、来て早々迷惑はかけられまい)
親しき仲にも礼儀あり、親せきといえど少しは弁えた行動をしようと思っている。思っているのだが――
ふと窓の方に顔を向けると、住宅街の中、少しひらけた場所があるのだろうか大きな明かりが目についた。
「もしかして今日も祭りあんのかな」
祭りが大好きというわけではないが、やはり日本人。伝統的なイベントには参加したくなる。
「コンビニ探してたって言えばいいか」
明かりの原因がどうしても気になってしまった美織は叔父なら許してくれるだろうと解決し、ショルダーバッグを片手に部屋から足を踏み出した。
◆
「美織くんてたまに判断早いよね。でもちょっとガサツかな」
元上司に言われた言葉を思い出す。これをきっかけに退職まで至ったのだが、今思い出すことかなぁと眉間にシワが寄った。
もう少し器用だったら社会からあぶれずに働けていただろうか。就職した先が悪かった、運がなかったと言えばそれまでであるがやはり自分の力量のなさに注意がいく。辞めてから数日しか経っていないが、日に日にその思いが大きくなっていた。
さて、そんなこと今はいいのだ。首を振って意識を戻す。
現在の任務は夜間の街を散策すること、そして先にある広間を見に行くことだ。
叔父の部屋から物音は聞こえない。ちゃんと寝ているのだろうか。
忍び足で部屋を通り過ぎ、階段を素早く降りる。無事、玄関先まで辿り着きドアノブに手をかけた。音が鳴らないよう慎重にドアを押す。ドアの機構に伴いカチャリと少し音がするが、あとは大きな音を立てずに開くことができた。
ドアを開けると、すばやく外へでて、鍵を閉めた。閉める際ももちろん音は立てずにコッソリとだ。無事家を出たことに安心し、一呼吸置いて空を見上げる。
――満天の星空が広がる中、島の夜は驚くほど静かだった。
(フッ、なんてロマンチックじゃん?)
(余裕こいてるけどこれからが本番なんだよな)
ただ家を出ただけの余韻に浸っていたが、目的を思い出し、我に返る。明日のために睡眠しないといけないし、スタート地点でゆっくりしている余裕はない。
行き先を決めるため軽く周囲を確認してみる。
日本家屋が並ぶと言っても、ほとんどは本土と同じような家が多かった。移住する前に住んでいた住宅街とほぼ変わらない様子なのだが、ところどころ提灯を模した街灯や提灯が並べて吊り下げられており、細かいところで異世界感を感じられた。なお、叔父の忠告に従って石の入った提灯はちゃんと用意してある。
しかし見慣れぬ土地、来たばかりの自分には昼間に送迎してもらった道すらわからない。
(そうだよ、俺方向音痴じゃん)
自分の特性に悲しくなったが、ここまで来て後戻りはできない。
帰り道が分かるよう、家の前の道に沿ってまずはまっすぐ進むことにした。
走り進めたところで、何か違和感を覚える。
(車、全然通ってないぞ・・・・・・?)
確かに、この時間帯になるとすでに就寝し始める人もでてくるので人が全く見つからないのは理解できる。
外に出る人間が居ないのは分かるが、車すら通らない事に不安を感じる。
「この村の夜なんてそんなもんだよ」と言われればそうなのかと納得できるが・・・・・・。
「もしかして島の人たちってあんまり遊ばない?」
(イベント多いって聞いてたから、夜に遊んでいる人もちらほら居ると思ったんだけどな)
道路と交差する小さな路地を、通過する度覗いてみてもやはり誰も見当たらなかった。
--「居るんだよ妖怪とか、幽霊とか」
ふと叔父の言葉が脳裏をよぎる。
「そんな~まさか冗談だろ」
ヘラヘラと表情を作って力を抜く。そんなことを考えていたら先に進めなくなるよと少し焦って自分をなだめた。
この時の美織の予感は間違っていなかった。
美織が顔を上げて歩みを再開しようとすると。
ズリ、ズリ……
背後から音がした。美織は住人が何かしているのだろうと、気に留めず足を進める。
ズリ、ズリ……
もう一度音がした。気のせいだと思ったが確認のため後ろを振り向いた。誰もいない。美織は再び前を向く。
ズリ、ズゥリ……
歩みを進めるたび、何度も聞こえてくる。
(これは気のせいじゃない。)
自分の歩みに合わせて、後ろから近づいてくる音がする。今度は確実に聞こえた。
しかも先ほどより近づいているのか、音が大きくなっていた。
(え、マジで)
誰かついて来ている。幽霊ではないにしろ、これは危険な状態だ―。
そう結論に至った美織は恐怖でたまらなくなり、歩みを早めた。
もう一度、背後を確認したくなり、歩みを止めて振りいた。やはり誰もいない。何か原因はないかと辺りを観察してみる。ふと空中に黒いモヤが浮かんでいるのが見えた。炭のようなものが漂っていて空中にぽっかり穴があいているような…。
いいや気のせいだ。幽霊や妖怪といったオカルトチックなことはあまり信じたくない。
でもなぜだろう異様な速さで近づいてるのは。
相手が距離を詰めるなら、足を早めた音も聞こえるはずだ。自分が歩みを進めると同時に相手は一定の速度で歩いている。なのに近づいている。おかしい。
美織は早くその場から離れたくなって、その場を駆け出した。
追いつかれないように出せる限りの速さでかける。
これなら追いつけないだろうと猛ダッシュで駆け抜けていた瞬間、音は耳の直ぐ側で聞こえた。
美織は恐怖でいっぱいになった。
背後から、何者かが足をつかんでいるのだ。
せめて犯人を確認しようと力を振り絞り横向く。
途端に足が引っ張られ身体が傾いた。
犯人の顔を確認することなく、美織の視界は暗転した。




