「私程の美男と婚約している事に感謝しろ」と言っていた公爵令息が婚約解消の末、転落するまで
「君は年下で愚かなのだから私の言う事を聞かねばならない。いいね」
デリウス・ラード公爵令息の口癖だ。
セレンシア・アルバトス伯爵令嬢と婚約を結んでいた。
デリウスは27歳。セレンシアは17歳。10歳年下の婚約者である。
デリウスは金髪碧眼の美男だ。だが、前の婚約者と婚約解消になり、なかなか婚約者が決まらない。前の婚約者は公爵令嬢だった。年も二歳年下の。
彼女は我儘でデリウスの言う事をちっとも聞いてくれなかった。
だから、婚約解消してやった。
父が結婚しないと煩い。父は派閥のアルバトス伯爵家の令嬢、セレンシアを婚約者に勧めてきた。
父の命には逆らえない。アルバトス伯爵家のセレンシアと婚約することにした。
10歳も年下で、たいして美人ともいえないセレンシア。
デリウスは美しい。美しすぎる程に美しい。
セレンシアは美しい自分の婚約者である事を感謝して言う事を聞くだろう。
そして自分は偉い。名門ラード公爵家の息子なのだから。
セレンシアは年若い。未熟な所も沢山ある。
だから、自分が指導してやらないと、恥をかく事もあるだろう。
セレンシアの為を思って、指導してやるのだ。
自分好みの女に仕立て上げる。将来ラード公爵になる自分ならば、今のうちに婚約者の女を自分好みの女に仕立てる事は当然の権利だ。
だから、セレンシアに事ある毎に、言う事を聞くように注意した。
「君はまだ若い。君の為を思って言っているのだ。今度の夜会は由緒あるバルタイ王朝のドレスをプレゼントしよう。あれは母上がおばあ様から頂いた大事なドレスだ。その由緒あるドレスを着られるのだ。幸せだろう。そして私のような美しい男のエスコート。なんて幸せなんだ。君は。感謝するんだな」
「有難うございます。感謝しております」
そう言ったセレンシアの顔がちっとも嬉しそうじゃなくて。
冴えない茶の髪に緑の瞳。本当にぱっとしない女だ。
私が婚約してやらなければ、結婚出来ていたのだろうか?
「もっと嬉しそうな顔をしろ。私がドレスを贈って夜会でエスコートをすると言っているんだ」
「はい。とても嬉しく思いますわ」
「もっともっと感謝しろ。私の事を敬い奉れ」
「感謝しております。デリウス様は素晴らしいですわ」
「嬉しそうに言わないか。なんだその暗い顔は」
「申し訳ございません」
「まぁいい。君の心は今、嬉しさで胸がいっぱいなのだろう。許してやろう」
「有難うございます。感謝致します」
本当に感謝して欲しいものだ。私がエスコートをしてやるのだからな。
由緒あるドレスも着せてやるのだから、喜んで涙を流して感謝して欲しいものだ。
そう思っていたのだ。夜会当日までは。
まさか彼女に裏切られるとは思わなかった。
夜会の当日、セレンシアをエスコートしてやった。
由緒ある赤のバルタイ調のドレスを贈ってやったら、着てきた。
深紅色の白いフリルがついた、ビロードのドレスだ。
とろとろと歩いて、イライラする。
「もっとさっそうと歩かないかっ」
「でも、ドレスが重くて」
「ドレスが重い?母上はさっそうと着こなしていたぞ」
「それは公爵夫人が、背が高くて、私は背が低くて、ドレスがっ」
「本当に愚かだな。お前は」
イライラした。どうしてこうトロトロとしているんだ。動作が遅いんだ。
私の足を引っ張るんだ。
「あまりにもお前が愚かなら、婚約破棄を考えてやってもいい」
「婚約破棄ですか?」
「ああ、婚約破棄だ。お前有責のな。お前が私の足を引っ張るから、あまりにも愚かだから当然だろう」
そこへ、アルディス第二王子が現れた。
我がラード公爵家はヴァラド王太子殿下を支持している。第二王子なんてどうでもいい。
しかし、何の用だ?
アルディス第二王子が話しかけてきた。
「今、婚約破棄とかいう話が聞こえてきたが」
「これは第二王子殿下。この女があまりにも私の足を引っ張るんで」
「ああ、セレンシア・アルバトス伯爵令嬢だね」
「婚約破棄をしてやろうと言っていた所です」
「彼女に大きな落ち度があるとは思えないが」
「愚かな女で、今も、私の足を引っ張って動作が遅くてどうしようもなく。公爵夫人になるのだったら、もっと私にふさわしい女になるように努力すべきでしょう。それなのに」
アルディス第二王子に笑われた。
「そんな愚かな女性だったら、婚約解消したらいい。破棄は不貞とかしたわけではないから、無理だろう」
「確かに。愚かな女に婚約破棄は気の毒だな。どうだ?セレンシア。婚約解消してしまうぞ。泣いて縋れば婚約解消はしない」
セレンシアが頭を下げて、
「私は愚かな女です。デリウス様にはふさわしくありません。婚約解消承りました」
「ちょっと待った。泣いて縋れば許してやると」
「いえいえ。迷惑をこれ以上、おかけする訳にはいきません。ですから婚約解消承りました」
アルディス第二王子が、
「私が証人になろう。二人の婚約解消は成立した」
デリウスは驚いた。
「いえ、私は泣いて縋れば許してやると」
セレンシアは頭を下げて、
「これ以上、ご迷惑をおかけする訳にはまいりません。確かに承りました。では失礼します」
アルディス第二王子がセレンシアの手を取って、
「私がエスコートしよう」
「有難うございます」
二人は行ってしまった。
ええええ?何故、泣いて縋らない。何故?何故なんだ?
婚約解消して困るのはお前の方だろう?
それなのに何故?????
納得いかなかった。
家に帰ったら、父ラード公爵に怒られた。
「勝手に婚約解消しおって。どういうつもりだ?」
「ええ?父上どうして知っているのです?」
「アルディス第二王子殿下から話があった。アルバトス伯爵令嬢と婚約解消をしたと」
「泣いて縋らなかったあの女が悪いのです。あの女がっ」
「いいか?アルバトス伯爵家の鉱山に、沢山の宝石の原石が出た。我がラード公爵家はそれを見越して、お前とアルバトス伯爵家の令嬢と婚約させたのだ。それなのに。勝手に婚約解消しおって。お前の我儘は社交界に知れている。次の婚約者は見つからないと思え」
「父上っ。相手が悪いのです。以前の婚約者だって、我儘で」
「我儘はお前だろう。何が悪かったかじっくり反省するがいい」
解らない。何が悪かったんだ。私は悪くない。セレンシアが悪いんだ。
二週間、屋敷に籠って考えたが何が悪かったかまったく解らなかった。
そんなとある日、夜会の招待状が来た。そこで新しい婚約者を探せばいい。
そう思った。先日、母上が領地から自分のいる王都の屋敷に来て、
「ドレスが戻って来たわ。あのバルタイ王朝のドレスがアルバトス伯爵家から。今度こそ、このドレスにふさわしい令嬢を探しましょうね。デリウスちゃん」
「ええ、母上。お任せください。私程の美貌があれば、引く手数多です」
そう思っていたのに、夜会に行ってみたら、誰も声をかけてこない。
何故だ?何でだ?私だぞ。ラード公爵家の跡継ぎだぞ。
ふと、見てみたら、アルディス第二王子とセレンシアがダンスを踊っていた。
水色の柔らかいドレスを着たセレンシアはとても美しくて。
自分と一緒にいた時はトロトロと歩いていたのに、何であんなに軽やかなんだ。
思わず、近づいて聞いてみた。
「セレンシア、酷いじゃないか。何でこんなに軽やかに、楽しそうにしている?」
セレンシアに言われた。
「アルディス様が贈って下さったドレスがあまりにも素敵で。最近、流行のドレスなのですわ。とても軽くて動きやすくて。デリウス様が下さったドレスと大違い」
「バルタイ王朝の由緒あるドレスだぞ」
「でも、私には重くて重くて」
アルディス第二王子がにこやかに、
「セレンシアと今度、婚約する。こんな素敵な令嬢を譲ってくれて有難う」
「はぁ?私の婚約者だ。セレンシアは」
「元婚約者だろう」
セレンシアに向かって、
「私程の美男と婚約解消して後悔しているだろう?お前は。今なら、再び婚約をしてやってもいい」
鉱山に宝石の原石が?この女と婚約を再びすれば父上の怒りも溶けるかもしれない。
それにこの女も私と再婚約すれば、心から泣いて喜ぶ。そのはずだ。
だが、セレンシアはにこやかに、
「お断り致します。私はアルディス様と婚約をすることになっておりますので」
「私の方がイイ男だ。愚かなお前を導く事も出来る素晴らしい器の大きい男だ」
セレンシアは眉を寄せて、
「そうでしたの?でしたら、デリウス様にふさわしいお方と婚約を。私はもう関係ありませんわ。それに愚かな私にはデリウス様はもったいないですわ」
そう言って、アルディス第二王子と一緒に行ってしまった。
なんて事だ。私が再婚約してやっていいと言っているだぞ。
解らない。どういうことだ???
本当に愚かな女だ。セレンシア。私と共にいれば、教育してやったのに。
まぁいい。次の女を探すとしよう。きっともっとまともな女が来るだろう。
そして、今、何でこんな所にいるのか解らない。
自分はピヨピヨ精霊の着ぐるみを着て、教会で子供達に蹴とばされている。
この着ぐるみは重いのですぐにひっくり返るのだ。
あの後、変…辺境騎士団に拉致された。
この私が、私程の優秀な男が。解らない。何故?拉致された?父上は母上は私を助けてくれないのか?
毎日、反省文を書かされているが、反省することなんてない。
そうすると、騎士団員達に説教されるのだ。
「どうしてお前がそんなに偉いんだ?女性を泣かせる屑ではないのか?」
と言われるが、私程の男と婚約者でいられる事は幸せだったのではないか?泣かせる?我慢が足りない。少しくらい、教育をしてやらないと、なんせセレンシアは愚かだったのだから。
そう文章に書いたら、再び説教された。
今日も、ピヨピヨ精霊の着ぐるみを着て、昼は教会で奉仕活動。
夜はムキムキ達に奉仕活動。
どうしてこうなった???いつか解る日がくるのだろうか。
今日もデリウスは、変…辺境騎士団で反省からまだほど遠く。毎日を過ごすのであった。
ずっとずっと、重かった。
バルタイ王朝のドレスと一緒で、ずっと貴方の婚約者でいることが重かったの。
私の事が愚かですって?あなたに言われる通り、確かに私は愚かな女ですわ。
貴方に愚かな女だと言われるたびに、美しい私の婚約者でいられることを感謝しろと、言われるたびに、心が砕けていったわ。
感謝しろですって?確かに私は美しくもないし、愚かな女よ。
でも、一生懸命、生きているの。勉強だって、マナーだって一生懸命学んだわ。
ラード公爵家にふさわしくなるように、毎日毎日毎日、それなのに貴方はいつも私の事を愚かな女だと。
いい加減にしてよ。
助けて下さったアルディス様はいつも私の事を褒めてくれる。
君は頑張っているね。本当に努力家で偉いよ。
ああ、君に似合いそうなドレスを贈ろう。何色がいいかな?好きな色を教えて欲しいって言って下さったわ。
貴方とは大違い。
変…辺境騎士団に通報したのは私よ。
貴方の事は大嫌い。ずっとずっと憎んでいたわ。
地獄に落ちて欲しいと思っていた。
でも、今は幸せよ。アルディス様が私に幸せをくれたの。
だから、どうぞ、貴方は地獄を味わって生きて頂戴。
さようなら。二度と、私の前に現れないで。
手紙を貰った。
デリウス宛の手紙を。
その手紙を読んで、デリウスは泣き叫んだ。
嘘だ嘘だ嘘だっ‥‥‥君は幸せではなかったのか?感謝をしていたのではなかったのか?
憎んでいたって、地獄に落ちて欲しいって私に言うことか?
私は美しい、私は優秀で、私は私は私は‥‥‥
私はなんて愚かだったんだ。
どうか、セレンシア、許して欲しい。許して許して許してっ‥‥‥
変…辺境騎士団
「手紙を渡したら急に、大人しくなったな」
「反省しているようだぞ」
「元婚約者の手紙が効いたのかな」
「まぁ俺達は教育を続けるまでだ。本当に改心するまで」




