強欲
(あぁ、これで私の静かな学園生活はおさらばね)
リリアが手を離した瞬間、辺りはしんと静まり返った。
そこにいる全員の視線が、リリアの手のひらとセシリアの頬に釘付けとなっている。
「お、お前・・・!今魔法を使ったのか!?どういうことだ!!!」
沈黙を破ったのは侯爵の焦った声であった。
彼は血相を変えてリリアに詰め寄ってくる。
「魔法が使えるなんて・・・そんな話は一度も聞いていないぞ!!それも治癒魔法など・・・!」
セシリアの頬とリリアを交互に見ながらそう言う侯爵を横目に、リリアは隣のベッドのセシリアを見る。
てっきりセシリアからも何か言われると思っていたリリアであったが、意外にもセシリアは驚くほど冷静だった。
魔法を目の当たりにしたはずなのに、どこか遠くを見つめるような目をしており、驚いている様子が一切ない。
「リリア嬢!セシリアの傷を治してくれたこと、心から感謝する。・・・そこでだ。お礼に素晴らしい提案がある」
侯爵は分かりやすく態度を豹変させ、リリアの手をぎゅっと握りしめた。
その力強さに、リリアは思わず顔をしかめる。
「君を、我がヴァレンティーヌ侯爵家の養女として迎え入れたい。セシリアとも姉妹になれるし、男爵家とは比べ物にならないドレスや宝石だって好きなだけ買い与えよう。我が家の後ろ盾があれば、君の家格に相応しい、素晴らしい婚約者も用意してやれる! どうだ、いい話だと思わんかね!!」
(何を考えているのか丸わかりだわ。お礼なんて建前で、私のこの女神の力を手に入れたいだけじゃない)
リリアは冷めた気持ちでその言葉を聞いていた。
彼女にとってこの申し出は恩返しではなく、自由を奪うための囲い込みでしかなかった。
「お断りさせていただきます、侯爵閣下。私は一人娘ですので、養女になどなればアステル男爵家を継ぐ者がいなくなってしまいます。婚約者も自分で見つけるつもりですので、お気遣いなく。・・・何より、私は自分の領地が大好きなんです。他の家へ行くことなど、万に一つもございません」
きっぱりと断ったリリアだったが、侯爵は諦める様子を微塵も見せない。
むしろ、獲物を逃すまいとする肉食獣のようなぎらついた目を向ける。
「ならば、うちの息子との婚約者はどうだね?婿としてアステル家に入らせてもいい。悪いようにはせん!」
(息子ですって?長男は既に結婚しているし、次男だってつい最近、伯爵令嬢と婚約を発表したばかりじゃない!婚約を破棄させてまで私を縛り付けようっていうの!?)
あまりのなりふり構わなさに、リリアが苛立ちを覚えながら「お断り――」と口を開きかけた、その時だった。
「失礼する」
重々しく、しかし凛とした声が医務室に響き渡った。




