非情
続けて侯爵がセシリアに向かって言葉を続けた。
「あの御者たちはこちらで処理をする。こうなったら国の騎士どもが調査するだろうからな。おまえがしたとバレる訳にはいかない。全く、手間をかけさせおって。これからはその足りない頭でもっと考えて行動をしなさい」
「・・・え」
セシリアが珍しく驚いた顔をしている。
御者を始末されるなんて、考えていなかったのだろう。
「彼を・・・殺すのですか?」
セシリアが震える声でそう尋ねる。
「当たり前だろ。次は素人じゃなくてもっと使える人間にしなさい。後処理が面倒だ」
「・・・」
侯爵はまるでごみを捨てるかのように淡々と言い放ち、セシリアは何も答えられず無言になる。
自分の失敗のせいで人の命が奪われ、それを何とも思わない親への絶望が彼女を支配していた。
「ふん、度胸の無いやつめ。おい、医者はどこだ!」
侯爵が医師を呼びつけるために背を向けた隙に、セシリアはリリアの方を向き、涙を流しながらも憎悪と諦めのこもった目で睨みつけた。
「何よ、ざまあみろって思ってるんでしょう」
「っ・・・」
「あんたはずっと私に虐められてきたんだものね。私がこんな顔になって、親にも見捨てられて・・・せいせいしてるんでしょ!?」
それは、プライドだけで立っていた少女の悲痛な叫びだった。
この顔の傷では、王子との婚約は絶望的だろう。
今まで横柄な態度をとってきた彼女へのしっぺ返しは、社交界で一気に来るに違いない。
貴族とは、自分や家にとってのメンツや利益を優先するものだ。
リリアは、セシリアの言葉を否定しなかった。
だが、それ以上に――目の前で一人の人間の尊厳が踏みにじられている状況に、我慢の限界が来ていた。
(この侯爵夫妻の態度・・・セシリア様は、王子妃になるために、どれほどの愛情のない期待を背負い、努力してきたのだろう)
セシリアの成績が常に上位で、その立ち振る舞いが社交界から賞賛されていたことは事実だ。
もし彼女が侯爵家に生まれず、もっと愛情深い家族に育てられていたのなら、こうはならなかったかもしれない。
セシリアの孤独な背景を感じ取り、リリアの気持ちは既に固まっていた。
(どうせ馬車の件は調査されるもの。私が魔法を使ったことがバレるのは時間の問題だわ。それだったら・・・)
「・・・黙ってください」
リリアはセシリアのベッドに歩み寄ると、彼女の震える手を取った。
「な、何するのよ! 離し――」
「私なら、治せるかもしれない」
「は・・・?」
リリアはセシリアの拒絶を無視し、その痛々しい頬の傷にそっと手をかざした。
(許せない。自分の子供をモノ扱いして、傷がついたら捨てるなんて。)
「――っ!!」
リリアの傷口に当てた手のひらがカッと熱くなる。
詠唱など必要なかった。
リリアの強い願いに呼応し、指の隙間から眩いばかりの黄金の光が溢れ出す。
その光はセシリアの顔を包み込んだ。
「な、なんだこの光は・・・!?」
振り返った侯爵夫妻が驚き立ち尽くす中、光の中でセシリアの傷口はみるみるうちに塞がっていく。
光が収まりリリアが手を離すと――そこには、傷跡一つない、白く滑らかな頬が戻っていた。




