確信と焦燥
セシリア視点
セシリアは、教師たちの困惑した声が遠ざかるのを聞きながら、早足に展覧室を後にした。
廊下に出ても、その激しい動揺は抑えられない。
すぐにでも一人になり、考えをまとめる時間が必要であった。
「あなたたち、少し休ませて。先に戻っていてちょうだい」
セシリアは、焦りを悟られないように取り巻きたちに指示を出し、誰もいない中庭の隅へと急いだ。
(まさか・・・魔法。間違いなく、あれは魔法よ!)
あの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
セシリアは幼い頃、父に連れられ魔塔を訪れた際、魔法使いが実際に魔術を使うのを見たことがあった。
その時、彼女は魔術の発動時に現れる、ごくわずかな特徴に気づいていたのだ。
そして、あの瞬間。
レリーフが元に戻る直前、確かにリリアにも同じ特徴が出ていたのだ。
「あの娘、本当に魔術を使ったわ・・・!」
セシリアの心臓が激しく打ち鳴った。
卑しい下級貴族の娘が、なぜ魔法を使えるのか?どうして隠しているのか?
それとも、秘密裏に危険な魔道具に手を出したのか?
まさか、禁忌とされる黒魔術を使ったのではないか?
疑問が次々と湧き上がる。
だが、今一番重要な問題は、リリアの魔法についてではない。
セシリア自身の、将来の立場だ。
(もしあの娘が”魔力を持つ子女”だと王家に知られたら、私の立場は終わりだわ!)
王家は代々、国力維持のため、魔力を持つ女性を王子の妃として迎えることを重要視している。
先代の中には、20歳も離れた女性を妃として迎えたこともあったほどだ。
今までアルフレッド殿下と釣り合う年齢層には、魔力を持つ令嬢は一人もいなかった。
だからこそ、優秀な家柄であるセシリアがアルフレッド殿下の婚約者候補となるのは間違いないと、彼女自身、そして侯爵家も確信していたのだ。
「魔力のある人間がいることを王家が知ったら、私とアルフレッド殿下の婚約の可能性はゼロになる・・・!」
セシリアは、恐怖と屈辱で歯を食いしばった。
(でも、なぜよ? なぜ、これまでずっと魔力を持たないフリをしていたの?まさか、その魔力は王家に知られてはならない、何か後ろ暗いものなのではなくて? )
もしリリアが王家を欺いているなら、それを暴くことでリリアを排除し、さらに自分の地位を確固たるものにできる。
セシリアは、呼吸を整え、静かに命じた。
「出てきなさい」
すると、茂みの陰から普段は姿を見せない男が現れた。
父であるヴァレンティーヌ侯爵が、もしもの時のために控えさせていた、セシリアの護衛だった。
「今すぐアステル男爵領について、隅々まで調べなさい。あの娘の家は、本当にただの田舎貴族なのか。彼女がどこで、いかなる経緯で魔術を手に入れたのか。どんな小さな情報でも、私に報告しなさい」
護衛はその言葉を聞くと、すっと姿を消した。
リリアが魔力を隠していた理由、そしてその魔力の種類。
それが分かれば、対処法も見つかる。
(アルフレッド殿下の妃は、このセシリア・ヴァレンティーヌのものよ!卑しい下級貴族の娘なんかに、決して奪わせはしないわ)




