医務室
「リリィっ!」
アリアの焦った声が遠くに聞こえ、リリアは床に頭を打つことを覚悟した。その時だった。
「大丈夫かい?」
床に倒れ込むと思われたリリアの身体は、柔らかな腕に支えられていた。
ゆっくりと顔を上げると視界に入ったのは、この国の第一王子アルフレッドの、息をのむほど整った横顔だった。
リリアは突然の出来事と、予想外の人物に頭が真っ白になり、何も言葉が出てこない。
力を入れようとするが、足は鉛のように重く離れることができない。
返事もせず動揺しているリリアを、アルフレッドは青い瞳で穏やかに見つめた。
「具合が悪いんだね。医務室まで運ぼう。このままでは危ない」
彼はそういうと、リリアの身体を軽々と横抱きにした。
その瞬間、廊下にいた周りの生徒たちから、「キャー!」という甲高い歓声と囁きが巻き起こる。
(早く殿下から離れなきゃ・・・)
そう遠くで思いながらも、リリアは限界を超えた疲労に抗えず、意識を手放した。
次に目を覚ますと、視界には清潔な白い天井が広がっていた。
リリアは一瞬思考が停止する。
(なんでここにいるんだっけ・・・あっ、そうだ!)
意識を手放す前の出来事が蘇り、リリアは思わず飛び起きた。
「そんなに勢いよく起きると、また倒れてしまうよ。まだ安静にしていなさい」
そう低く落ち着いた、心地よい声が聞こえてきた。
リリアは声のした方へゆっくりと顔を向ける。
そこにはアルフレッド殿下が、ベッドの横にある椅子にまるで護衛のように静かに座っていた。
(な、何でここにいらっしゃるの!)
驚きながらも、リリアは冷静さを必死に取り戻し、すぐに頭を下げた。
「第一王子殿下、大変なご迷惑をおかけし、申し訳ありません。こちらまで運んでくださったことに、心より感謝申し上げます」
「別に構わないよ。君が頭を打つ前に助けることができて良かった。緊急時であったとはいえ、未婚の令嬢を抱え上げてしまい、こちらこそ無礼を働いたと心から謝罪しよう」
そう言いアルフレッドは丁寧に頭を下げた。
彼の予想外の行動に、リリアは慌てて身体を起こした。
「殿下!頭を上げてください。滅相もございません。本当に助けてくださり感謝しています」
アルフレッドが顔を上げると、澄んだ青い瞳とリリアの目が合った。
「君は、アステル男爵の娘、リリア・アステルだね?」
(どうして名前を知っているの・・・)
いきなり名前を呼ばれ、リリアは激しく動揺した。
舞踏会でもほとんど顔を合わせたことが無く、遠巻きで見るだけだったはずなのに。
「はい、そうです。」
「アステル領のはちみつはわたしの好物なんだ。これからの季節だと、ラベンダーの香りを感じられる深みのある甘さであろうか。味わえるのを楽しみにしているよ」
自領の特産品まで理解してくれたことに、リリアは恐縮し思わず言葉を詰まらせた。
「ありがとうございます。第一王子殿下にそう言ってもらえて、大変光栄でございます」
「そんなに堅苦しくならないで。ここでは学園の生徒同士だ。気軽に接してくれて構わないよ。君は私のことをアルフレッドと呼んでくれると嬉しい。私も君をリリア嬢と呼ばせてもらおう」
完璧な王子様スマイルでそう言われ、リリアはただ頷くしかなかった。
「殿下、少々お話が・・・」
扉の外から侍従らしき声がかかり、アルフレッドは立ち上がった。
「おっと、もう行かなければならないようだ。君も無理はいけないよ」
「あの、本当にありがとうございました」リリアがそう言うと、
「わたしとしても、リリア嬢とこうしてゆっくり話すことができて幸運だったよ。また次の機会を楽しみにしている」
アルフレッドがそう言い残し、扉から出て行った。
「・・・・・大変。なんであんなに人気があるのかが、一瞬で分かったわ」
リリアは赤らんだ顔を冷ますように、両手で頬を包み込んだ。
心臓は高鳴り、全身の血が熱くなったように感じた。
(いけない、ダメよ)
一瞬のときめきを、リリアは即座に理性で叩き潰した。




