侯爵令嬢
「さあ、皆さま。本日の課題は”王族方とのダンス・エスコートについて”です。王族の方々への敬意と、貴族としての品位を示す大変重要な模擬練習になります」
教師は少し間を置き、生徒たちを厳しく見回しながら言葉を続けた。
「まずは、エスコートの正しい作法・受け方を学びましょう。そして、実際にペアを作り基本的なステップと会話の流れを確認します。3か月後に開かれる建国祭には、他国の王族方も多くいらっしゃいますからね。相手の気分を害さないよう、しっかり集中して練習なさい」
リリアが重い気持ちでノートを開いたとき、背後からあざ笑うかのような冷たい声が響いた。
「あら、リリア様。よく先生の話をお聞きになった方がよろしくってよ。他国の王族方に無礼を働いたら、この国の恥ですもの。それともデビュタントの時みたいな失敗をなさらないためにも、森にお帰りになったら?」
リリアが振り返ると、ヴァレンティーヌ侯爵令嬢であるセシリアがいた。
セシリアは取り巻き達と一緒に、こちらを見ながらくすくすと笑っている。
(はぁ、面倒だわ)
リリアは表情一つ変えず、口を開く。
「ご忠告ありがとうございます、セシリア様。わたくしのような未熟者は一秒たりとも無駄にせず、真剣に学ばないとと思っております」
リリアは静かにセシリアの目を見据えた。
「ですがセシリア様は、将来の地位をかけてこの課題に取り組んでいらっしゃるのでしょう?他国の王女様方もいらっしゃる中、完璧な立ち振る舞いが求められるのは、わたくしよりもセシリア様の方かと。わたくしへ無駄な時間を割くよりも、ご自身の完璧な予習に集中された方がよろしいのではありませんか?」
リリアの言葉は、『まだアルフレッド殿下の婚約者候補止まりで他国の王女にその座を奪われる可能性がある、わたしに嫌味をぶつけている暇はないはずだ』とセシリアの不安を突くものだった。
一瞬にしてセシリアの顔から笑いが消え、怒りで顔を歪めた。
セシリアの取り巻きたちが焦りながら、リリアを非難する。
「まぁ、なんて無礼なんでしょう!セシリア様に口答えするなんて!」
「森から来たので正しい言葉遣いを知らないのかしら」
「未来の王妃はセシリア様に決まっているじゃない!」
セシリアは、唇を歪ませリリアを睨みつけながら「ふざけた真似を・・・覚えていなさいよ」と低い声で吐き捨てた。
セシリアが目線を外したので、リリアも前を向く。
その場には張り詰めた緊張感だけが残された。
隣で一部始終を見ていたアリアは、不安そうにリリアの肘をこっそりつついた。
「ねぇ、大丈夫?」
リリアは笑顔で「大丈夫よ」と伝えたが、内心は全く違っていた。
(やってしまった・・・魔法がバレないためにも目立たないようにしようと決めたのに!)
つい言い返してしまったが、相手はプライドの高いあのセシリアだ。
必ずまた絡んでくるだろう。
(こんなに目立って、王太子の注目を集めてしまったら・・・)
リリアは動揺を無理矢理押し込めた。
もう手遅れのような気もするが、次からは絶対に気を付けようと、リリアは固く心に誓った。




