【第6章】聡彦の冷静な判断
悠月たちは、「神託の書」の断片を手に入れた。しかし、それはあくまで"一部"に過ぎない。
「これだけじゃ、全貌は分からないな……」
悠月が本を閉じながら呟く。
「当然よ。"神託の書"の完全な原本は、帝国が厳重に保管しているもの」
樹絵里がそう言いながら腕を組む。
「帝国のどこにあるんだ?」
仁典が真剣な表情で尋ねると、樹絵里は少し考えた後、答えた。
「ヴェルゼ砦——帝国軍の拠点のひとつよ。そこに"神託の書"の一部が保管されている可能性が高い」
「ヴェルゼ砦……」
悠月は地図を広げる。そこは帝国の監視が厳しく、正面突破はほぼ不可能な場所だった。
「どうする? 正面から行ったら即座に捕まるぞ?」
賢有が腕を組んで呟く。
「だから、別の方法を考えないとね」
桃子が笑いながら言う。
悠月は少し考えた後、静かに口を開いた。
「……帝国の監視網を突破できる手がかりを探そう」
***
悠月たちは、帝国の動きを知るために"ある男"を訪ねた。
帝国軍の元戦略士官——黒木聡彦。
彼は、帝国軍の非道なやり方に嫌気がさし、脱退した人物だった。
「ここにいるはずだ」
悠月たちは、ベルディアの外れにある小さな酒場に入った。
カウンターの奥の席に、一人の男が座っている。
「お前が、黒木聡彦か?」
悠月が慎重に声をかけると、男はゆっくりと顔を上げた。
「……さて、誰がそんなことを言った?」
低く落ち着いた声。その目は冷静で、悠月たちをじっと見つめている。
「俺たちは帝国に追われている。そして"神託の書"の情報を求めている」
悠月が率直に話すと、聡彦は少しだけ口元を歪めた。
「なるほど……"神託の書"か。お前ら、それをどうするつもりだ?」
「帝国の真実を知る。そして、未来を選ぶために動く」
悠月の言葉に、聡彦は少し驚いたように目を細めた。
「……面白いな」
彼はグラスを置き、悠月たちをじっくりと見渡した後、静かに口を開いた。
「いいだろう。ヴェルゼ砦の監視網を突破する方法を教えてやる」
悠月の胸が高鳴る。
帝国の拠点への潜入計画が、ここから動き出す——!
黒木聡彦は、グラスを軽く傾けながら、冷静な視線を悠月たちに向けた。
「ヴェルゼ砦に潜入したい? それは、正気の沙汰とは思えないな」
「分かってる。でも、俺たちは進まなきゃならないんだ」
悠月は拳を握りしめ、迷いのない目で聡彦を見つめる。
「"神託の書"がそこにあるなら、どんな手を使ってでも手に入れる」
聡彦は悠月の様子をじっと観察し、やがて小さくため息をついた。
「……なるほど。少しは見どころがあるな」
彼は手元の書類を広げると、ヴェルゼ砦の簡易的な地図を示した。
「ヴェルゼ砦は帝国軍の中でも最も厳重な拠点の一つ。正面突破は不可能だ。だが、"ある方法"なら内部に潜入できる」
悠月たちは息をのむ。
「どんな方法だ?」
仁典が問いかけると、聡彦は淡々と答えた。
「補給部隊に紛れ込む——これが最も現実的な手段だ」
「補給部隊……?」
桃子が首をかしげる。
「ヴェルゼ砦は定期的に物資の搬入を行っている。その際、大量の荷物が運び込まれるから、兵士たちの警戒も若干緩む。そこに紛れ込めば、内部に潜入することができる」
悠月は地図を見つめながら考える。
「でも、どうやって補給部隊に紛れる?」
「それも簡単ではないが、不可能じゃない」
聡彦は、さらに詳しい情報を提供する。
「ベルディアには、帝国へ物資を輸送する商人がいる。そいつに接触し、輸送隊に紛れ込む手筈を整えるんだ」
「……なるほど」
悠月は考え込んだ。
(もしそれが成功すれば、帝国の内部に入れる……)
「その商人はどこにいる?」
賢有が冷静に尋ねると、聡彦は静かに答えた。
「"ガルド"という名の男だ。ベルディアの市場にいるはずだ」
「……よし」
悠月は深く頷いた。
「ガルドを探し、ヴェルゼ砦へ向かう準備をしよう」
聡彦は満足げに微笑み、グラスを傾けた。
「いいだろう。お前たちが本当に"未来を選ぶ"覚悟があるのか、見せてもらおう」
悠月たちは、新たな計画を胸に、市場へと向かった——。
悠月たちは、ヴェルゼ砦に潜入するための鍵となる商人を探し、ベルディアの市場へと向かった。
市場は活気に溢れ、露店が立ち並び、多くの人々が行き交っていた。野菜や果物、布地、武器や薬草まで、さまざまな品物が売られている。
「で、そのガルドって商人はどこにいるの?」
桃子が辺りを見回しながら尋ねる。
「聡彦の話じゃ、ここにいるはずだ」
悠月は慎重に周囲を見渡した。
すると、市場の奥で荷物を積み込んでいる大柄な男を見つけた。
「……あいつじゃないか?」
悠月が指さすと、仁典が頷いた。
「ああ、間違いない。あの動き、間違いなく輸送の準備をしている」
悠月たちは男のもとへと歩み寄った。
「お前がガルドか?」
悠月が声をかけると、男は積み荷から顔を上げた。
ガルドは大柄で、日に焼けた肌と無精ひげが特徴的な男だった。
「……あんたら、何の用だ?」
警戒するような視線。
悠月は静かに息を整え、慎重に言葉を選んだ。
「俺たちは帝国に潜入したい。お前の輸送隊に紛れ込む方法を探している」
一瞬、ガルドの目が細まった。
「……は?」
彼は短く笑った後、悠月たちをじろりと見つめた。
「冗談だろ? 帝国に潜入? そんな危険なことに手を貸す奴がいると思うか?」
「俺たちは本気だ」
悠月はまっすぐに言った。
「目的は"神託の書"。帝国が何を隠しているのか、それを知るために動いている」
ガルドは黙り込んだ。
しばらくの沈黙の後、彼は低く呟いた。
「……お前ら、死ぬ覚悟はあるのか?」
「ある」
悠月は迷いなく答えた。
ガルドはじっと悠月を見つめる。
そして、静かに言った。
「なら、一つ条件がある」
「条件?」
「俺の荷物を無事に運ぶのを手伝え。それができたら、お前らを輸送隊に紛れ込ませてやる」
悠月は頷いた。
「……分かった」
「よし、なら決まりだ。すぐに準備しろ」
こうして、悠月たちはガルドの試練を受けることになった——。
悠月たちは、ガルドの荷物運びを手伝うことになった。
「この荷を馬車に積め。遅れたら置いていくぞ」
ガルドはぶっきらぼうに言いながら、大量の木箱を指差した。
「これ、全部運ぶの?」
佐弥香が驚きながら箱を持ち上げようとするが、思った以上に重く、よろける。
「うわっ、これ、何入ってるのよ……!」
「武器と防具だ。帝国軍向けの補給物資だからな」
ガルドの言葉に、悠月たちは息を呑んだ。
「帝国の物資を運ぶのか……」
悠月は複雑な気持ちになったが、今は手伝うしかない。
「やるぞ。早く終わらせて、潜入の準備をする」
仁典が手際よく箱を持ち上げ、馬車へと運び出す。
「おら、さっさと動け!」
ガルドの叱咤を受けながら、悠月たちは必死に作業を進めた。
***
数時間後、荷物の積み込みが完了した。
「ふぅ……なんとか終わったな」
悠月が汗を拭う。
「なかなかやるじゃねぇか」
ガルドは満足そうに腕を組む。
「よし、約束通り、お前らを輸送隊に紛れ込ませてやる」
悠月たちは安堵の息をついた。
「だが、気を抜くなよ。帝国の警備は厳しい。バレたら終わりだ」
「分かってる」
悠月は強く頷いた。
「じゃあ、馬車に乗り込め。ヴェルゼ砦に向かうぞ」
こうして、悠月たちは帝国の拠点「ヴェルゼ砦」への潜入を開始した——。