【第4章】川原賢有との決闘
ベルディアを出発した悠月たちは、次の目的地である「ルミナスアーカイブ」へ向かう途中、戦士の里「ガルダン」に立ち寄ることになった。
「ガルダン?」
悠月は仁典の話を聞きながら、少し首を傾げた。
「戦士の一族が暮らす集落さ。実力を重視する場所で、余所者が受け入れられることは少ない」
仁典はそう説明しながら、視線を前方へ向ける。
「ただ、ここの戦士たちは帝国とは違う独自の武術を持ってる。もし協力を得られれば、俺たちの戦力も上がるはずだ」
悠月は少し考えた。
(確かに、帝国と戦うことになるなら、もっと強くならなきゃいけない)
「じゃあ、そこで仲間を探すってことか?」
悠月の問いに、仁典は頷く。
「そういうことだ。ただし——簡単には受け入れてもらえないだろうな」
「どういうこと?」
「ガルダンの掟だよ」
桃子が口を挟む。
「この里の連中は、仲間として認める相手としか協力しないの。で、その"認める方法"ってのが、戦士としての実力を示すこと」
悠月は思わず眉をひそめた。
「つまり……決闘ってことか?」
「その通り」
仁典が少し苦笑する。
「俺たちがガルダンの協力を得るには、向こうの代表と戦って勝たなきゃならない」
悠月は喉を鳴らした。
(……戦士の一族の代表。俺に勝てるのか?)
不安が胸をよぎるが、今さら引き下がるわけにはいかない。
「それで、俺が戦う相手は誰なんだ?」
悠月がそう尋ねると、仁典が前を指さした。
「……あいつだ」
視線の先、ガルダンの広場の中央に、一人の少年が立っていた。
川原賢有——ガルダン最強の若き戦士。
悠月の目の前で、彼はゆっくりと振り向いた——。
悠月の視線の先にいた少年——川原賢有は、戦士の里ガルダンの伝統を受け継ぐ若き戦士だった。
背丈は悠月より少し高く、しなやかな体つきをしている。鍛え抜かれた筋肉が袖のない上着の下で引き締まり、彼の実力を物語っていた。
「お前が……挑戦者か?」
賢有の目は鋭く、まるで悠月を試すかのように細められていた。
悠月はごくりと唾を飲み込みながら、一歩前に出る。
「俺は青柳悠月。帝国に追われている者だ」
賢有は悠月の言葉を聞いても、特に驚いた様子はなかった。
「ふん……俺に勝つつもりか?」
「勝たなきゃ、ここに来た意味がない」
悠月の言葉に、賢有はわずかに口角を上げた。
「いいだろう。だが、この里の掟は甘くない。お前がもし、この戦いに負けたなら——」
「分かってる。俺たちはお前たちに受け入れられない」
悠月は拳を握りしめた。
「だけど、俺は負けるつもりはない」
賢有は悠月をじっと見つめた後、にやりと笑った。
「……面白い」
そう言うと、彼は腰に下げていた木剣を持ち上げた。
「この決闘は"死合"ではない。だが、お前が本気で来ないなら、俺は遠慮しないぞ」
悠月も、用意されていた木剣を握る。
「……望むところだ」
ガルダンの戦士たちが広場を取り囲み、決闘の開始を静かに見守る。
「それでは、始め!」
合図とともに——
——川原賢有が、弾丸のように動いた。
——ドンッ!
悠月が木剣を構えた瞬間、賢有がすでに目の前にいた。
(速い——!)
賢有の剣が横薙ぎに振るわれる。悠月は反射的に防ごうとするが、衝撃が腕に響いた。
バキン!
木剣同士がぶつかり合い、悠月の体が弾かれる。
「ぐっ……!」
衝撃で足がふらつく。賢有はすでに次の攻撃の構えに入っていた。
「その程度か?」
賢有がすばやく間合いを詰める。悠月は必死に剣を構え直し、次の一撃を受け止める準備をする。
「悠月、冷静になれ!」
仁典の声が響く。
(冷静に……そうだ、相手の動きを見極めろ)
賢有の動きは速いが、攻撃のリズムがある。悠月は必死にその流れを読む。
——左足がわずかに沈む。
(来る——!)
悠月は賢有の踏み込みと同時に、わずかに後退しながら木剣を横に振った。
ヒュンッ!
賢有の剣が紙一重で悠月の肩をかすめるが、悠月の剣もまた賢有の腕に届いた。
「ほう……」
賢有は興味深そうに目を細めた。
「今のは悪くなかった」
悠月の肩には鋭い痛みが残るが、何とか踏みとどまる。
(このままじゃ勝てない。何か策を……)
悠月は呼吸を整えながら、周囲の地形に目を走らせた。
(賢有は真正面からの戦いに慣れている。でも……俺の得意な戦い方なら?)
悠月は木剣を少し低く構えた。
「……何か考えたな?」
賢有が口元に笑みを浮かべる。
「なら、試してみろ」
次の瞬間、悠月は動いた——!
悠月は賢有の動きを冷静に観察しながら、一歩後退した。
(正面からの戦いじゃ勝てない。でも、俺には俺のやり方がある——!)
賢有がすばやく間合いを詰める。
「逃げるのか?」
挑発するような声。しかし、悠月は逃げているわけではなかった。
(相手の攻撃を誘い、動きを乱す——)
悠月は、わざと剣をやや下げて隙を見せた。
賢有の目がわずかに鋭くなる。
(来る……!)
賢有の踏み込みが深くなり、木剣が横薙ぎに振るわれる。
——今だ!
悠月は地面を蹴り、低く身を沈める。
賢有の剣が頭上をかすめ、悠月の頬に風を感じた。
そして——
悠月はそのまま、賢有の懐へと滑り込んだ!
「……!」
賢有が驚いた瞬間、悠月の木剣が賢有の右足へと打ち込まれる。
——バシッ!
「っ……!」
賢有のバランスが一瞬崩れた。
(今しかない!)
悠月は立ち上がりざまに、体をひねって賢有の腕を狙って木剣を振るった!
——ドンッ!!
賢有の剣が弾かれる。
観衆がどよめく中、悠月は賢有に木剣の切っ先を向けた。
「……俺の勝ちだ」
息を切らしながらも、悠月は確信していた。
賢有はしばらく悠月を見つめていたが、やがて笑いを浮かべた。
「……なるほどな」
そして、ゆっくりと木剣を下ろした。
「認めよう。お前は強い」
悠月はその言葉に、緊張が一気に解けた。
(勝った……!)
周囲から歓声が上がる。
賢有は悠月に歩み寄り、手を差し出した。
「これで、俺はお前の仲間だ」
悠月は賢有の手をしっかりと握った。
こうして——
川原賢有が、新たな仲間に加わった。