【第3章】旅の仲間、仁典と佐弥香
悠月たちは、森を抜けると交易都市「ベルディア」へと向かった。
ベルディアは帝国の辺境に位置するが、各地の商人や旅人が集まり、活気に満ちた都市だった。大通りには露店が並び、香辛料や革製品、武器まで多種多様な品々が売られている。
「わぁ、ここすごいね!」
桃子が目を輝かせながら、屋台の串焼きを覗き込んだ。
「悠月、お腹空いた?」
「いや……そんなに」
悠月はまだ、昨夜の戦いの感覚が手に残っていた。初めて本気で戦い、血を流した。あの感覚は、なかなか消えそうになかった。
「そろそろ宿を探したほうがいいな」
仁典が周囲を見渡しながら言った。
「ここに長くいるのは危険だ。帝国の追っ手が来る可能性もある」
悠月は頷いた。
(ここで何をすればいい? 次の手がかりは……)
帝国軍が探している「神託の書」。その真相を探るには、情報が必要だった。
「誰か、帝国の動きを知ってる人はいないか?」
悠月の言葉に、桃子が少し考える素振りを見せた。
「ふーん……だったら、裏路地にいる“情報屋”に聞いてみるのがいいんじゃない?」
「情報屋?」
「うん、この街にはそういうのがいっぱいいるのさ。お金を出せば、帝国の動きくらい教えてくれるかもよ?」
悠月は少し考えたが、それしか手がかりがない以上、行くしかないと思った。
「……よし、行こう」
***
ベルディアの裏路地は、表通りとはまるで別の世界だった。
細い路地には、怪しげな露店や、身を潜めるように暮らす人々がいる。何かに怯えたような顔をした人々が、悠月たちを警戒するように見つめた。
「……この辺か?」
悠月が周囲を見渡すと、路地の奥で何か揉めている声が聞こえた。
「だから、私たちは怪しい者じゃないってば!」
少女の声だった。
「そんなこと言って、帝国のスパイかもしれないだろ!」
怒鳴り声が返る。
悠月たちが近づくと、二人の若者が男たちに囲まれていた。
一人は、短めの髪をした快活そうな少年。飯田仁典と同じくらいの年齢だが、少し幼さが残る顔つきだ。
もう一人は、腰まで伸びる黒髪の少女。彼女は怒ったように腕を組み、男たちを睨みつけていた。
「ったく、なんでこんなところで疑われなきゃいけないんだよ!」
「それはお前らが怪しいからだ!」
悠月は、仁典と桃子に視線を送った。
「……どうする?」
「まぁ、放っとくっていうのも手だけど……あの感じだと、ちょっと事情がありそうだねぇ」
桃子が肩をすくめた。
仁典は腕を組み、少し考えた後——
「助けるぞ」
悠月たちは、騒ぎの中心へと足を踏み出した。
悠月たちは騒ぎの中心へと足を踏み出した。
「おい、やめろよ」
仁典が低い声で言った瞬間、囲んでいた男たちがこちらを睨んだ。
「なんだお前ら?」
「関係ないなら引っ込んでろ」
男たちは不機嫌そうに言ったが、悠月は一歩も引かずに続けた。
「彼らが何をしたっていうんだ?」
「何をしたかじゃねぇ、こいつらが何者か分からねぇのが問題なんだよ」
男たちは、囲まれていた少年と少女を指差した。
「最近、この街には帝国の手の者がうろついてるって話だ。こいつらがスパイだったらどうする?」
「はぁ? 何言ってんの?」
黒髪の少女が腕を組み、苛立った様子で言い返した。
「私たちはただの旅人よ? 帝国なんかと関係あるわけないでしょ!」
「証拠は?」
「証拠って……!」
少女が口ごもると、隣の少年が前に出た。
「俺たちは、帝国を逃げてきたんだ。むしろ、お前らと敵は同じだと思うけどな」
男たちは顔を見合わせたが、まだ疑っているようだった。
悠月は、二人の言葉に引っかかるものを感じた。
(帝国を逃げてきた……?)
もしそれが本当なら、彼らも帝国の事情を知っているかもしれない。
悠月は一歩前に出て、男たちに言った。
「彼らのことは俺たちが預かる。もし帝国のスパイだったら、その責任は俺たちが取る」
男たちは悠月をじろりと見た。
「……チッ、勝手にしろ」
彼らは渋々、去っていった。
悠月は、残された二人の方を振り返る。
「助かった……ありがとな!」
少年はにこりと笑い、手を差し出した。
「俺は飯田仁典。元・軍人志望だったけど、今は帝国を逃げてる身だ」
「私は原田佐弥香。この街の雑貨屋で働いてたんだけど……まぁ、色々あってね」
悠月たちは、互いに自己紹介を交わした。
「それで、あんたたちは?」
佐弥香が悠月をじっと見つめる。
悠月は少し迷ったが、隠す必要はないと思い、答えた。
「俺は青柳悠月。帝国に追われてる」
「へぇ……」
佐弥香は興味深そうに目を細めた。
「ってことは、私たちと同じってわけね」
仁典は腕を組み、少し考えた後、悠月を見た。
「もしよければ、俺たちも一緒に行動しないか?」
悠月は驚いた。
「一緒に?」
「お前らも帝国に狙われてるんだろ? だったら、一人より仲間がいたほうがいい」
悠月は少し考えた。
(確かに、仲間が増えれば生き残る可能性も上がる……)
桃子も腕を組みながら、楽しそうに言った。
「私は賛成。多いほうが楽しいしね」
悠月は決断した。
「……分かった。よろしく頼む」
こうして、新たな仲間が加わった。
しかし、それがさらなる戦いを呼ぶことになるとは、悠月はまだ知らなかった。
悠月たちは、ベルディアの裏通りを抜け、小さな宿に身を寄せた。
木造の簡素な建物で、表通りの華やかな宿とは違い、旅人や流れ者が集う隠れ家的な宿だった。
「ここなら、帝国の目も届きにくい」
仁典がそう言いながら、部屋の鍵を閉める。
「さて……そろそろお互いの事情を話すべきじゃない?」
佐弥香が腕を組みながら言った。
「悠月、あんた、帝国に追われてるって言ってたけど……なんで?」
悠月は少し迷ったが、隠しても仕方がないと思い、これまでの経緯を話した。
リムリット村での出来事。帝国軍が探していた「神託の書」。師匠バルガスの死。そして、自分が追われる身となったこと——。
話し終えると、部屋の空気が重くなった。
「……そんなことが」
佐弥香は眉をひそめ、考え込んだ。
「帝国がそんなものを探してたなんて……」
「それだけじゃない」
仁典が腕を組み、低く言った。
「帝国は最近、各地で"神託の書"に関係する文書を回収している。おそらく、情報を完全に封じるつもりだ」
「知ってるのか?」
悠月が驚いて尋ねると、仁典は頷いた。
「……俺は、もともと帝国軍に入る予定だった。訓練も受けてたし、帝国の内情もある程度知ってる。でも、ある日、上官の会話を偶然聞いたんだ」
「どんな話?」
「"神託の書はすでに一部発見されている"、"だが、それを知る者は処分する"——そんな内容だった」
悠月は息を呑んだ。
「つまり……帝国は"神託の書"に関する情報を持つ人間を抹殺しているってことか」
仁典は重く頷いた。
「それを知って、俺は軍を抜けた。帝国のやり方には、どうしても納得できなかったからな」
「……なるほど」
悠月は、仁典の言葉に確信を持った。
(帝国が探している"神託の書"には、相当な秘密がある——)
佐弥香も腕を組んで考え込んでいたが、ふと顔を上げた。
「じゃあ、次はどうする? ずっと逃げるわけにもいかないでしょ?」
悠月は目を閉じ、考える。
(神託の書の手がかり……どこにある?)
すると、桃子が不意に口を開いた。
「ねぇ、ルミナスアーカイブって知ってる?」
悠月は顔を上げた。
「ルミナスアーカイブ?」
「この街の地下にある"禁断の書庫"。そこには、帝国がまだ手をつけていない古文書がたくさん眠ってるって話よ」
悠月の心が大きく揺れた。
(もしかして……そこに"神託の書"の手がかりがあるかもしれない?)
仁典も腕を組み、真剣な表情になる。
「帝国がまだ手をつけてないなら、行く価値はあるかもしれないな」
悠月は強く頷いた。
「……決まりだな。次の目的地はルミナスアーカイブだ」
こうして、悠月たちは新たな手がかりを求め、次の目的地へと向かうことを決めた——。