5.『メッセンジャー』は女の子を探す その2
その結果がこの始末である。
3日後の昼すぎ。
『ケンジントン人材派遣事務所』は死屍累々であった。
タシュはデスクで腕に顔を突っ伏し
アーサーはソファで仰向けになり、目にタオル
ジャンヌは『気をつけ』の姿勢で床にうつ伏せで倒れている。
彼女らはあれから2日連続、朝から晩まで。
『ウォースパイト通り』を上から下へ、キングジョージを西へ東へ。
一人の女性を探しまわった。
しかし『茶髪の美人』など王国にはいくらでもいる。
なんならジャンヌの赤毛や伯爵の金髪より多い
というか王国で一番多い髪色である。
当然個人を特定などできない。
まだ101匹のダルメシアンから主人公を特定する方が簡単である。
2日歩き回り、しかもその全てが徒労。
この結果に3人は限界を迎えた。
昨晩事務所に着くなり、帰宅もせずに気絶したのである。
そしてそのまま、今も眠ったままということ。
その静寂を引き裂いたのは
リリリリリリン!!
「なんだよ、うるさいなぁ」
タシュのデスクにある電話。
彼は渋々受話器を取る。
「はぁい」
『キングジョージ警察署のボローだが』
「あー。ジャーンヌ」
タシュは床に転がっている死体へ声を掛ける。
反応はない。
「警部どのからお電話だよー」
しかし彼が相手の名前を出した瞬間、
「警察!!」
ジャンヌは驚くほどの勢いで起き上がった。
「おっ、どうしたの。何か逮捕される心当たりでもあるの」
「そう! 警察ですよ警察!」
彼女は軽口に答えず興奮気味。
「お電話代わりましたメッセンジャーです!」
そのままタシュを撥ね飛ばす勢いで受話器を受け取る。
『元気そうで何よりだ。それで早速、君に捜査協力を依頼したいのだが』
「喜んで!」
『お、おう』
いつにない勢いなのだろう。
警部が若干引いているうちに、
「その代わり」
ジャンヌは一気にたたみ掛ける。
「こちらも協力してほしいことがあるのです」
その日の夕方。
ジャンヌは『むふーっ』とした表情で事務所に帰ってきた。
「おかえりジャンヌ。警察の案件はどうだったかな?」
「その顔だと、首尾よく解決できたらしいな」
男たちの関心は土産話のようだが、
「そんなことよりコレですよ!」
彼女にとっての一大事は違うらしい。
ジャンヌは応接用のテーブルに一枚の紙を叩き付ける。
「なんだこれは?」
「似顔絵?」
「うまいじゃないか。誰のだ」
そこには一人の女性の顔が描かれている。
「これはですね、
まさしく私が見た、依頼人の探している女性です」
「へぇ!」
タシュが驚いた声を上げると、アーサーが深く頷く。
「なるほど。警察には目撃者の話を聞いて、人相書を作るプロがいるからな。それに頼んだというわけか」
「そうですそうです」
自分の手柄でもないのに『どうだいどうだい』と薄い胸を張るジャンヌ。
その一方で、
「ん? あれー? もしかしてこれ」
タシュが何やら変な声をあげている。
「どうかしましたか」
「なんか見覚えある……」
「なんですって!?」
もしや、早速知り合いにぶち当たるとは!
効果テキメンと身構えるジャンヌとアーサーだが、
「この人さ、これで白いワンピースだったんだよね?」
「えぇ」
「あー、ちょっと待って」
タシュは急に3階へ上がり、
ややあって、一枚の写真を手に戻ってきた。
「あー、やっぱりやっぱり!」
彼は写真を見ながら、何やら一人納得している。
「なんですか。早く教えろ」
「君の元カノか何かか」
「いや、そんなんじゃなくてさ」
タシュが写真をテーブルに置くと、
そこにはまさしく人相書の女性。
すごく恥ずかしくて嫌そうに写っている。
「これ、僕」
「「は?」」
「いやね? ちょうど6年まえだ。仲間内でポーカーしてさ。『負けたヤツが女装して祭りに繰り出す』ってのをやったんだよね」
「……」
「それで僕、見事に負けちゃってねぇ! 友人のお姉さんにバッチリメイクまで決められて、『ウォースパイト通り』歩かされたの!」
タシュは照れたように後頭部へ手をやり大笑い。
「いやぁ、そんなこともあったねぇ! すっかり忘れてたよ!」
しかし愉快なのは本人ばかり。
「あれ? ジャンヌ、どうしたの?」
「おまえか……」
「ちょっと、その縄は何? それで何する気? ていうかそんなの事務所にあった?」
「おまえさえいなければ、せめてちゃんと覚えていれば、こんな苦労は……」
「ははは、ジャンヌ、目が怖いよ? まさかね?」
「今からおまえをメスにして、依頼人に突き出してやるってんだよ!!」
「お助けぇ〜!!」
その後タシュの尊厳がどうなったかは、誰も黙して語らない。
ある秋の日のこと。
「メッセンジャーくん。一緒に美術館などどうかな?」
アーサーは事務所に入るなり、ジャンヌのデスクに詰め寄った。
「なぜです」
「なぜって、デートに理由がいるのかね」
「理由がいらない間柄ではないので」
「ふむ」
相変わらずつれない彼女は、デスクでレモンティーを飲んでいる。
伯爵は胸ポケットから長方形の細長い紙を取り出す。
「社交界のツテでチケットをもらってね。せっかくだから一緒に、と」
「はぁ」
「『芸術の秋』というだろう?」
だが人間には芸術に興味がある者とない者がいる。
ジャンヌは後者なのだろうか。
どうでもよさそうにデスクの上の紙袋へ手を伸ばす。
中から出てきたのはレモン。
彼女は手袋を外し、皮を剥き始める。
アーサーが袋を覗くと、中にはまだまだレモンがゴロゴロしている。
「どうしたんだ、これは」
「マックイーンさんから」
「あぁ、いつかの双子の件の」
レモンといえば解決に大きく関わった象徴的なアイテム。
いまだに感謝の思いがあって、わざわざ送ってくれたのだろう。
「そんなことより美術館だ。どうだ、行こうじゃないか」
アーサーがチケットをジャンヌの顔の前で揺らすと、
「ジャンヌ、レモンの汁飛ばしてやれ」
レモンは苦手なのか、今日もデスクでナッツを齧っているタシュがヤジを飛ばす。
しかし伯爵は小物などノー眼中。
逆に殺し文句として、ある大物の名前を口に出す。
「もったいないことを言うな。あの『ピンツ展』をやっているんだぞ」




