4.『メッセンジャー』は女の子を探す
「あの」
依頼人がヒートアップしているなら、自身は落ち着いているべき。
ジャンヌは冷静に突っ込む。
「人探しならもっと人数の多い、大手の事務所に頼まれた方が」
断じて自分がコイツの相手をしたくないからではない。
そうに決まっている。
しかし、
「でも手掛かりが一瞬見た記憶しかないので。それを読めるあなたにしか探せないんです」
「えぇ……」
この世にこんな男がいるということ
下手したら自分もどこかですれ違っただけの誰かにストーカーされかねないこと
恐怖の現実が彼女を襲う。
「というわけで、お願いします!」
フォンは頭を深く下げながら右手を突き出してくる。
仕事だけに、いろんな相手に触れてきたジャンヌではあるが。
感染症持ちでもないのにここまで抵抗があるのは久しぶりかもしれない。
とりあえず意味もなくタシュの方を見て舌打ちを一発入れる。
そうやって精神を落ち着かせると、
彼女は相手の手を握る。
瞬間、頭に流れ込んできたのは
雑踏を行くフォン。
すれ違う刹那、女性と肩が当たる。
『あっ、すいません!』
急いでいた彼は足を止めずに振り返って謝罪を残すと、
『あ……』
リボン付きで大きな白いつば広帽
その下で長いライトブラウンの髪を靡かせて振り返る
やや長身を、これまた白いワンピースに包んだ女性。
距離が開き、髪で隠れ、顔はよく見えないが
確かに清楚な雰囲気を身に纏っている。
彼女が女性らしい仕草で髪を払い、顔を覗かせた瞬間
両者は人並みに押されて隔たれて、物語は終わりを告げた。
「どうでしょうか」
ジャンヌが手を放すと、フォンはおそるおそるといった様子。
「夜目遠目笠の内」
「えっ」
最後には顔が見えたものの、やはり距離はやや遠い。
「この際彼女を探すのはいいとして、『近くで見たら思ってたの違う』可能性が」
「あぁ」
「あるどころか『大なり』というか」
ただでさえ勝手な想像で保管しているうえに、6年まえである。
人の記憶は時間経過とともに誇張されていく。
美しかったことはより甘く、恨みつらみはより悍ましく。
であればこの記憶も、クラスで7番目の娘がクレオパトラ化している可能性がある。
「正直、お金を使ってまで追い求めるものではないかと」
あくまで相手を刺激しないよう諭すジャンヌだが、
「いえ! そこをどうにか! よろしくお願いします!」
やはり今朝のアーサーよろしく、トリップしている人間には届かないのだ。
「といってもですね。結局どうすればいいのやら」
フォンが事務所を去ってから。
ジャンヌは腕を組み、デスクに脚を掛けている。
全力で態度が悪く、不機嫌を表している。
「まぁ、キングジョージなんてバカみたいに人が多いからね」
タシュはデスクでナッツを齧りながら、他人事のように笑う。
実働部隊ではないので、事実他人事かもしれないが。
「それに数年あれば、引っ越すことだってあるだろう」
さっきまでフォンがいた場所にはアーサーが収まっている。
何やら白い鯨と戦う小説を読んでいる。
「そもそも、あの祭りのためだけに他所から遊びに来た可能性もあります」
「とすれば、下手すりゃ王国全土、海外までが捜索範囲かぁ」
「無理ですね。お断りの電話を入れましょう」
まだ相手が帰宅しているか分からないのに電話へ手を伸ばすジャンヌだが、
「まぁ待ちなよ」
タシュが一手早く受話器を抑える。
「なんですか」
「確かにボトムを考えたらそうではあるけどさ。逆もまた然り、意外と近くにいるかもしれない」
「はぁ」
『ケンジントン人材派遣事務所』は特殊である。
よってここにしか解決できない案件が舞い込む。
一方で、『メッセンジャー』の売り文句のうさんくささ。
当然敬遠する人も多い。というかそれが普通。
また、そもそも他人に金を払って解決を頼むほどの、
しかも人間心理に限定された問題などそうそうあろうか。
ゆえに、こうしたご新規の案件は事務所にとって非常に重要であり、
そこからの口コミがまた生命線となる。
タシュとしてはできるかぎり、落としたくない話なのだろう。
「しかし、近くにいようと分かるものではありません。私にキングジョージ中のアパートを宗教勧誘してまわれと?」
それを見透かしたジャンヌが睨み付けると、タシュはおどけて肩をすくめる。
「まさか! よく建物の壁とか塀に貼ってあるだろう? 『探しています』とかさ」
「あんなの写真があるならまだしも、テキストだけでは望み薄ですよ」
すると彼は肩をすくめた状態から腰に手を当てる。
「でも、君は彼女の姿を見たじゃないか」
「はぁ」
「それを元にイラストを描けば、確率はグッと上がる」
それを聞いて、アーサーが読んでいた小説を閉じる。
「確かに、フォン氏が一度すれ違っただけで心に留め続けるほどの美人だ。ビジュアルを見ればすぐ分かる、という人も多かろう」
「そんな誰も彼も伯爵みたいに女性の尻ばかり追ってはいないんですよ」
「まぁまぁまぁ、とにかく描いてみなよ」
「はぁ」
タシュにペンを渡されたジャンヌ。
そのへんにあった質屋のチラシをひっくり返し、筆を走らせる。
ややあって
「こんなものでしょうか」
「意外と早かったね」
できあがったのは、
「どうでしょうか」
「……」
「……」
「ねぇ」
「はい」
「これ、人?」
というレベル。
「それ以外の何に見えると?」
「知らない宗教の邪神」
「本気で宗教勧誘にまわる気か?」
「まさか君には本当に人類がこう見えてるんじゃないだろうね?」
「脳に腫瘍が」
「もういい!!」
ジャンヌは素早くチラシを奪うと真っ二つに引き裂く。
そのまま腕の下へしまい込み、顔もそこへ突っ伏してしまった。
めずらしく耳まで真っ赤である。
「あーあ、泣いちゃった」
しかしタシュがつぶやいた瞬間ペンが飛んできて壁に刺さる。
攻撃性は健在である。
これには彼も慌てて取り繕う。
「ま、まぁ、僕らも手伝うからさ! とにかく探してみようよ!」




