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3.『メッセンジャー』は手紙を読む その2

 ボスは葉巻を灰皿に押し付けて消すと、軽く座りなおす。


「罠ともかぎらんしな」

「ノコノコ来たところを騙し討ち、ですか」

「あぁ」


 タシュの相槌に彼は大きく頷く。


「だが、それを企んでいたら書くとき手紙に染み付くはずだ。残留思念っていうのが」

「なるほど」


 タシュもまた頷き返すと、


「で、どうなんだい? ジャンヌ」


 (かたわら)で無言の彼女に問う。


「そうですね」


 下唇に親指を添え、眉間に少しシワを寄せたジャンヌの出した答えは






「そういえば、昨日がそのパーティーの日だったっけ」

「社交界デビューでもしましたか」

「いや、いつかのギャングの」

「あー」


 それから半月くらいしたある朝。

『ケンジントン人材派遣事務所』にて。


 その日もいつもどおり

 とはいかず、ジャンヌはコーヒーを砂糖で埋め立てている。


「そんなこともありましたね」

「そんなに砂糖入れて溶けるの?」

「残ったら食べます」

「内陸海の王国の飲み方みたいだ」


 感心しているのか呆れているのか分からないタシュだが、


「ま、すぐにまた紅茶が飲めるようになるさ」


 彼は気を取りなおすように首を振る。



「昨日付けで、両軍とも和解したんだろう?」











 あのときジャンヌが読んだ残留思念によると



『騙し討ちの意図はない』



 とのことだった。


 それを聞いたボスは安心し、また前向きに受け入れることにしたのである。


 そして指定された日時が、昨日の夜だったのだ。











「それなんですがね」


 しかしタシュの予想に反して、ジャンヌの返事は明るくない。


「たぶん和解してないんじゃないかと」

「え? どうしてだい?」


 デスクで身を乗り出すタシュに対し、ジャンヌは少し目を伏せる。


「あの手紙に残留思念が残ってたんですよ」

「でも向こうに攻撃する意図はなかったんだろう?」

「それは向こうの話」


 彼女はコーヒーの香りと湯気に目を細める。


「私が読んだのは、依頼人の思念です」

「ほう」

「手紙を読んだときに思ったのでしょう。



『もし本当なら、丸腰のところに乗り込んで襲撃してやる』



 と」

「うわぁ、エゲツな」


 タシュが肩をすくめると、ジャンヌも目を合わせて肩をすくめる。


「じゃあ一方的な血祭りかぁ。世知辛いねぇ」


 大袈裟に首を振る彼に


「いえ、そうともかぎりませんよ?」

「へ?」


 ジャンヌは平然と、意外なことを述べる。


「でも向こうは争う意思がなかったんだろう? 君がそう言ったんじゃないか」

「書き手の意思を読んだかぎりでは、ですね」


 彼女はマグカップをデスクに置くと、半笑いでタシュと目を合わせる。



「でも偉い人の手紙なんて、事情も知らない下っ端が代筆するものでしょう?」



「確かにね」


 タシュは小さく頷くと、身を乗り出すのやめ朝刊を手に取る。

 すると、


「あ」

「どうしました?」

「見てよ、この一面」


 彼はまた体を伸ばし、ジャンヌの方へ新聞を差し出す。

 彼女も首を伸ばして内容を確認すると、そこには



「『19時の惨劇 ホテルにてギャング同士が正面衝突 死者多数』」



 とんでもない見出しの記事と、下の方には


『遺体で発見された両勢力トップ タリホー・ネット氏(左)とリッキー・モード氏(右)』


 見覚えのある顔写真。



 タシュは鼻からため息をつきつつ、無言で左右へ首を振る。

 対して、険しい眉で目を細めるジャンヌは




「まぁこれで茶葉が流通することに変わりはないので」

「生き残りが報復に来ないだろうね?」





















 ある夏。


「あぁ、シャオメイ、私の永遠の憧れ……」


『ケンジントン人材派遣事務所』にて。

 アーサーがロケットペンダントを開いて、朝から何やらほざいている。


「また発作を起こしておられるぞ」

「非常にうるさい」

「あぁ、シャオメイ、私はもう君の年齢をとうに越してしまったよ」

「それ死んだ人に言うやつだから」

「君は私の中では、永遠の19歳……」

「現実はもうアラフォーだよ」


 いちいち入るタシュのツッコミに、アーサーが勢いよく振り返る。


「私の青春タイムを邪魔するな!」

「家でやれよ。普通に恥ずかしいぞ」


 しかし貴種というものは一般人と感性が違うのだろうか。


「おお、シャオメイ……」


 普通なら他人に幼少期のアルバムを見られるくらい恥ずかしい。

 なのにまったく気にすることなく、またも自分の世界へと戻っていく。


「はぁ」


 タシュも『もう相手してられん』とため息一つ。


「ジャンヌ。昔の女といえばね」


 我関せずと紅茶を飲んでいる方へ話を振る。

 しかし、


「あなたまであんな気持ち悪い姿を見せるつもりですか。嫌ですよ」


 ジャンヌはわざわざデスクから立ち上がり、給湯室の方へ逃げようとする。


「違う違う、そんなんじゃないよ」

「じゃあなんですか」

「新しい依頼の話だよ」

「えー」

「君は逆に、仕事もないのに事務所に来たいのかい?」

「それで給料が支払われるならなんでも」

「確かに」


 あっさり納得してしまうタシュだが、それはそれ。


「それで今回のお客さん、13時半に来るんだけどね」

「はぁ」



「昔惚れた女絡みの依頼だってさ」






「あれは、6年まえの夏祭りでした」


 13時半、『ケンジントン人材派遣事務所』2階。

 ソファに座り、初手からなかなかパンチの強い年数を切り出したのが、


 今回の依頼人、エリオ・フォンくん25歳である。


「『ウォースパイト通り』の雑踏の中、一人の少女とすれ違ったんです」


 ジャンヌの表情が少し歪む。

 何せ恋愛映画ならド定番の立ち上がりも、


「大体10代半ばくらいだったでしょうか」


 現実で聞けばただただ気持ち悪い話だからである。


「それで?」

「彼女を見掛けたのはその一瞬、それから二度と会うこともありませんでした」

「はぁ」


 中肉中背、短く切り揃えた黒髪、精悍な顔付き、清潔なシャツ。

 異性としてこれほど好ましい外見なのに、



「でも私はいまだに、彼女のことが忘れられない!」



 勢いよくソファから立ち上がるフォン氏に、

 一歩狂えばここまで悍ましくなれるものだとジャンヌは驚いた。


「あれから何人かの女性とお付き合いもしました。素敵な人もいました」

「見た目はいいばかりに」


「でも彼女が忘れられない!」


 人の内面など嫌と言うほど見てきたが、まだまだ発見の毎日である。

 あぁ人の神秘、ミステリー。


 そのせいで一周回って面食いになった彼女だが。

 認識を改めるべきと思うほどだった。


 何せあの『クズ系イケメン』北半球代表のアーサーですら、


「なんか汚いリンスカム氏みたいなのが出てきたな」

「絶対その女性と付き合い続けた方がよかったよね」

「その女性がかわいそうだろう」


 などと、『単純にクズ』大陸西大会出場タシュとヒソヒソ話している。

 だが今朝のアーサーよろしく、トリップしている人間には届かない。



「なので『メッセンジャー』さんには、彼女を探していただきたいのです!」

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