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1.『メッセンジャー』は選挙に出馬する

 ある夏の日のことである。


『ケンジントン人材派遣事務所』にて。


「ゔぇー」


 ジャンヌはデスクでブラウスの第二ボタンを外している。

 そのまま首元をパタパタパタパタ。

 ジャケットは脱いでネクタイ代わりのスカーフも外し、袖は肘まで捲られている。


「暑い……」

「じゃあ手袋外しなよ」


 冷静なツッコミを入れるのはタシュ。

 自身のデスクで、ランニングシャツに短パン。

 ジャンヌのさらに進化系みたいな格好をしている。


「見てるだけで暑苦しいんだよ。ミッ◯ーマウスじゃあるまいしさぁ」

「ハハッ、知らない人ですね」


 雑踏ならまだしも、事務所内でうっかり人に触れることはないだろう。

 あったとしても相手はタシュである。


 だというのに彼女は、なぜか手袋を外さない場合が多い。


「いつも手袋してると、外したときに落ち着かないのかな?」

「そうでもないですよ。私お風呂大好きなんです」

「じゃあ僕にその白く清潔な指を見せておくれ」

「私はおまえの赤い穢れた血が見たいよ本当に」

「僕の先祖代々に失礼だろ!」


『なぜか』ではない。

 明らかにこの男のせいである。


 ジャンヌは彼を視界に入れないよう、背もたれに身を投げ天井を見上げる。


「あぁ、こんな日は屋内に立て篭もるに限る。外に出たら干し肉になってしまう」


 淹れたての紅茶が冷めるのを執念深く待っている彼女に、


「それなんだけどねぇ」


 タシュが歯切れの悪い声で話し掛ける。

 申し訳なさそうにも、もったいぶって楽しんでいるようにも聞こえる。


「なんですか、さっきからどこをどう切り取っても気持ち悪い。カスのキュビズム」

「暑いからってどこをどう切り取っても口悪すぎだろ。


『依頼が来てる』って話をしてんの」


「はぁ」

「仕事なんだから『ふとタンスの裏見たらメチャクチャ汚かった』みたいな顔しない。まぁ気持ちは分かるけどね」


 彼は今度こそ明確に、意地の悪い笑みを浮かべる。



「この暑いなか、ドサ回りしなきゃならないかもしれない」











「ワシは自分の支持率が知りたい」

「左様でございますか」


 2日後、その日も死ぬほど暑い日。

 ジャンヌはオータス市の庁舎、応接室にいた。

 窓の外には正午の太陽によって生み出された陽炎が見える。


「ワシの一族は先祖代々、オータスが市になるまえからこの地を治めてきた。いわゆる大地主(おおじぬし)の家系であり、地元の名士でもある」


 そんな一室の、応接テーブル真向かいのソファ。

 なんか自分でほざいている、頭頂部全ての髪が後頭部に行ったロン毛ハゲ爺さんは、


 名をガリバー・ルディウスという。


「よってここらでルディウス家に逆らう人間はおらず、それはワシに対してもそうだった」


 彼は険しい表情のまま、説明だか自慢だか分からない話を続ける。


「よってオータス市長は代々、ルディウス家の者が務めておる。ワシもつい先日、父から受け継いで以来3度目? 4度目?」

「5期目です、市長」

「そうそう、それ。の任期を終えたところじゃ」


 得てしてこういうのは、癒着やら腐敗やらの温床になるパターンだが。

 それ以前にこの爺さんがボケててヤバいんじゃないかとジャンヌは思う。

 数字も数えられないのでは、隣で訂正した秘書が本体になってしまう。


 これではもし不正が発覚し世間の追及を受けても、


『記憶にございません(ガチ)』


 になってしまう。

 それはさておき、


「そんな、市民たちから支持されているワシなのじゃが。最近一つの疑念が頭をよぎったのじゃ」


 ルディウスは大理石のテーブルに身を乗り出す。



「もしかして、ワシは誰も逆らえないから市長なだけで。政治家としてはまったく支持されていないのでは?」



「はは」



 5期目でようやくそう思う頭じゃ、そうだろうな

 百歩譲って今大丈夫でも、6期目できっとそうなるよ



 と言いたいのをぐっと堪えて。

 ジャンヌは苦笑いをなんとか愛想笑いの範疇に押し込んだ。


 だがそんな努力はいらなかったらしい。

 向こうは最初から彼女のリアクションを気にしていない。

 秘書は半笑いだが。


「しかしもし本当に面従腹背であれば、じゃ。市民に聞いたところで、本当のところは言わんじゃろう」

「でしょうね」


 ジャンヌが適当な相槌をしていると、


「そこでワシは思い出したんじゃ!」


 ルディウスはセルフで手をポンと叩く。


「そういえば(ちまた)には、『メッセンジャー』なる人の心理を読むサービスがあるとか!」

「えっ」


 ジャンヌの薄ら笑いが真顔になる。

 嫌な予感に凍り付く。


 いや、彼女とてこの道はそれなり。

 自分がどういう性質で、何を求めて呼ばれるのかは理解している。


 だから今回何を言われるかも察しがつく。


 それでもあえて目を背けていた結論、それが



「市民たちの本心を聞いて回ってほしいのじゃ!」



「」


「な? 名案であろう?」

「……ちなみに、オータス市の人口は?」

「ん〜? 千……万……?」

「3万6,522人です、市長」

「おお、そうじゃったか」

「名案……迷暗……」


 これでもキングジョージに比べたら10分の1にも満たないのはそう。

 王国内でも10万人都市が増えはじめた時代なので、まだまだ片田舎ではある。


 しかしジャンヌは一人である。


 頭の悪いアダルトビデオでもしない格差マッチ、なんとしても避けねば。

 彼女はない知恵を振り絞る。


「市長閣下」

「ん?」


「それよりもっと早くて分かりやすい方法がございます」

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