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8.幸せの条件

「いやいやいやいや、おかしいおかしい」


 アーサーは首を左右へ振りながら手を突き出す。


「なんでそうなるんだ。Ms.アーシアが私を愛しているんだろう?」

「そうですかね」

「依頼内容を忘れたのか。『心底私を愛してくれる女性を選んでくれ』と頼んだんだぞ」

「そうですね」

「Ms.ドーソンは土地目当てで、私のことを愛してなんかいないじゃないか」


 ここで彼はポンと手を打つ。


「あぁ、あぁそうか。いつもの分かりづらいジョークか」

「違います」


 だからこそ。

 相変わらず真顔はいいとして、普段より素早い切り返しにアーサーは呆然とする。


「……分かるように言ってくれ」

「ご説明しましょう」


 居住まいを正すジャンヌ。

 どうやら本当に、真面目な判断らしい。


「まず前提ですが。



 はっきり言って彼女も、あなたを愛しているわけではない」



「は?」

「厳密には、『記憶の中にある伯爵』を愛してらっしゃるにすぎない」


 ジャンヌはじっと目の前の相手を見つめる。

 ()()()()()()()()()()を見つめている。


「彼女の中では、あなたが記憶の中の8歳児で止まったまま進化していない。あれからいったい何年経ったのですか」

「20年、か」


 アーサーも要領を得たらしい。

 背もたれで少し、ズズズと沈む。


「なるほど当時のアーサー少年は光り輝く王子さまだったのでしょう。しかし」


 だがジャンヌは話をやめない。

 説明すると言ったからには最後までいくつもりのようだ。


「失礼ですが、私から見て今のあなたは非常に軽薄であり、遊び人であり。実際それが本性でしょう。あなたは変わったのです」

「今の彼女が私と結ばれても幻滅するだけ、か」

「それだけならよろしいですがね」


 もしくは、人の心を()る『メッセンジャー』には

 もう少し深いものが見えているのかもしれない。


「私のような庶民ならいざ知らず。あなたの変容ぶりが、同じ社交界にいる彼女の耳に入らないわけはない」

「それは、そうか」

「なのに印象を変えないのは、すでにあなたを見ていないと言えます」


 それはアーサー自身がよく分かっているだろう。

 プレイボーイ自慢で鳴らしているくらいなのだから。


「それとも、『普段はそんな人でも、根は優しいことを私は知っている』としましょう。美談にはなりますが、伯爵家へ嫁ぐ方がそんな頭でいいものか」

「それは、難しいだろうね」

「そして、そんな方であっても。毎日ともに過ごせば、嫌でも幻想は解けます。夢の中のあなたは優しくても、覚めれば違う現実が叩き付けられるのですから」


 言外に『どうせ結婚したって生活を改めないだろう?』と言われているが。 

 アーサーがそれに反論することもない。

 それが全てである。


「これから先、伴侶として生きていくにあたって。彼女がそんなあなたを愛し続けるかは分からない。むしろお金などより早く『欲しいもの』が崩れる分」

「一番愛せないかもしれないね」

「それだけならいい方です。20年、20年の信仰です。崩れたときにどうなるかは、もっと分からない」


 彼はゴクリと喉を鳴らす。

 対するジャンヌはおどけたように肩をすくめ、両手のひらを天井へ向ける。


「でしたらMs.ドーソンでいいではありませんか。彼女は別の意味であなたを見ていない。あなたの土地しか見ていない。Ms.クロフォードのようにステータス扱いすらしていない、まっさらな感情です」

「一から今の私と、構築していく方がいいということか」

「なんなら彼女は、親の望みのためにあなたへ嫁ごうとしている。いい悪いは別にして、家族思いで健気(けなげ)な人柄なのは確かです」

「ふむ」

「それにあなた好みの腰付きですし」

「ふむむ……」


 アゴに手を添え、考え込むアーサーに対し、


「私からは以上です」


 ジャンヌは長広舌から一転、あっさり椅子から立ち上がる。

 が、そこに


「では、そうするべきなのかな」


 呼び止める声が掛かる。

 判断を委ねるというよりは、急に終わった会話を少し引き延ばしたいような。

 それを受けて彼女は、椅子には座らず言葉を続ける。


「でも、どうでしょうね」

「ほう?」


 ジャンヌは口元に人差し指を添え、考える素振りを見せる。


「ご依頼の条件は『伯爵を愛してくれる人』でしたが」

「そうだね」

「その先には、『幸せで愛のある夫婦生活を送りたい』という思いがあるのでしょう」


 再確認するまでもない、当たりまえの話だが。

 アーサーは素直に頷いた。


「しかしそれを満たすには、もう一つ重要な条件があります」

「それは?」


「『愛してくれる相手』が、『あなたからも同じように愛せる』人でなければなりません」


 盲点だった、とまではいかないだろうが、彼の眉が動く。


「しかし、ご令嬢たちをご紹介くださったときも、昨日の報告の場でも。彼女らに対して『あなたが自身がどう思うか』は一切ありませんでした。顔が好みかすら言わず、家の話ばかり。


 つまり、あなたも彼女たちに興味がない」


「そう言われてみれば、そうだね」

「ファーストネームもロクに知らない始末でしたしね」

「それでちょくちょく聞いてきたのか」


 ジャンヌは『いかにも』というように目を閉じ、軽く頷く。


「ですので、最初にうちへ『誰を選んだらいいか』とご依頼になる時点で。ご自身で選べないほど誰とも思い入れがない時点で、誰を選んだって大差ないのです」


 彼女はアーサーの隣まで来ると、勝手にグラスへウイスキーを注ぐ。

 もう飲酒してもいいと思えるほど、報告会としては決着がついた判定なのだろう。


「このなかから選ぶのであれば。まずあなたがそれだけの時間を積み重ねようと思える相手を選んだ方がいいですよ」


 ジャンヌは舐める程度の量を飲み込むと、少し甘い息を吐く。


「恋とか愛よりまず、性格がおもしろいとか、顔がいいとか。もしくは諦めて政略結婚と割り切りなさるか」


 最後に彼女は、オチを付けるようにニヤリと笑う。


「まぁ、別に今回の中から無理に選ぶこともないと思いますよ? また次回があるだけでしょうし。私としましても、健気なMs.ドーソンがあなたとはねぇ」

「言ってくれるじゃないか。毎度のことか」

「では改めまして、私からは以上です」


 終始散々な言われようだったアーサーだが、


「そうか。ご苦労だった」


 彼は爽やかに微笑んだ。

 対するジャンヌも、今度は普通に微笑むと、


「では、請求書は後日郵送いたしますので、代金は所定の口座へ」


 グラスを持ったまま一礼し、部屋をあとにした。

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