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4.お見舞いに行こう

「ご協力ありがとうございました。コーヒーでも飲んで行かれますか? ご馳走しますよ」

「室長、時間的にランチの方がいいだろう。ピケッドリーでフィッシュアンドチップスでもどうだ」

「中佐が食べたいだけでしょう。しかしランチタイムというのは()()()()ですね」


 国防省エントランス。

 ジャンヌが読心・報告と一連の作業を終えたとき、時刻は13時を回っていた。

 その(かん)食事はしていないので、ありがたい申し出ではあるのだが


「どうでしょう、オシャレなオープンサンドの店がありまして。スモークサーモンとクリームチーズのが絶品ですよ」

「いえ、お気持ちだけ。今日はマーマレードの気分なんです」

「そうですか。残念」


 どんなにおいしい料理も相手を選ぶのが人間。

 ましてや今は、そうそう食事が喉を通らない。

 パサついた全粒粉のパンでも出てきたら窒息してしまう。


「では事務所まで、馬車でお送りいたしましょう」

「いえ、地下で息が詰まりましたのでね。歩いて帰ります」


 馬車すら今は悪酔いしそう。

 見送りは屋内までにしてもらい、国防省をあとにした。











「さて、ジャンヌが風邪を引いて、今日で3日になる」


 タシュが言うとおり、あれから3日後の午前9時半。

『ケンジントン人材派遣事務所』2階、自身のデスクの前にて。

 彼は両手を腰に当て、仁王立ちで宣言する。


「しかしいまだに回復の(きざ)しはない」


 オーディエンスはソファで足を組むアーサー一人。

 あとは()いて言うならジャンヌのデスクに載せられた鹿人間。


「この寒い季節だ。体調を崩すこと自体はおかしくない。だが!」


 それでも彼は、ヒゲの独裁者も()()()のパントマイムで熱弁する。


「ここまで長引いているのは、おそらくジャンヌの生活環境によるものだろう」


 伯爵は相槌の代わりに紅茶をひと啜り。

 冷めた目を向けはしないが、それが逆に聞いているのか不明な態度に。


 しかし聴衆の姿が見えないから独裁者なのである。

 いや、実際には結構反応を気にしたりするそうだが。


「いつもカロリー不足に苛まれているような、悲しい生活を送っている女だ! 今も食うもの食わずに痩せ細って、それが病状を悪化させているに違いない!


 そこで!」


 ここでタシュは一歩右へずれる。

 アーサーの視界に映るのは、彼のデスクの上に載せられたリュックサック。



「我々は今から、そんなマッチ売りの少女への()()()()になろうと思う!」



「ま、嵐というほど吹雪いてはいないがな」


 伯爵は窓の外を見て、ようやくリアクションを返す。

 外は今日も雪である。


「本来なら僕一人で行って愛を独占するところだが! 今日は特別に伯爵も連れていってあげよう!」

「さては荷物が重すぎて車が必要なんだな。今日も歩いてきたぞ」

「えっ」


 ちなみにヒゲの独裁者は対ソ戦にて、まさに雪によって運命を狂わされている。






 ジャンヌの住まいは、ダウンタウンにある普通のアパートだった。

 事務所と違い、薄い赤茶のレンガの壁。


「実は僕も、来るのは初めてなんだ」

「そうか」


 それを歩道から見上げているのはタシュとアーサー。


「それで、彼女は何号室なんだ?」

303(サンマルサン)だったかな。ジャンバルジャンみたいだって言ったら鼻で嗤われた覚えがある」

「君は割とメッセンジャーくんよりおかしいヤツだよな」


 二人はなんの益体もない会話をしながら、建物の中へ入っていった。






 アパート内の廊下は小綺麗で、外観と合わせていい感じだが


「ドアの間隔的に、部屋自体は狭そうだな」


 アーサーは歩きながら見回し、ポツリとつぶやく。


「オシャレは我慢、ってことかな」

「しかし住まいも勤め先もこれではな。もはや穴倉生活だ」

「冬眠とか好きそうだしね。でも今日ばかりは」


 タシュの足が止まる。

 右にはちょうどドアがあり、表面には金の細い線で『303』。


「起こそうか」


 ドアノッカーはないようだ。

 彼はおもむろにノックを3回。

 それからより大きい声を出す。


「ジャーンヌ! 生きてるかい!? 僕だよ! 君の愛しいタシュ・ケンジントンさ! お見舞いに来たよ!」


 すると、1分くらい経ったあとだろうか。


『……近隣住民に誤解されたかもしれない。慰謝料を請求する。示談金を払え』


 ドアの向こうから、ものすごく低くて乾いた声がする。


「なるほど、具合が悪そうだな」


 アーサーが肩をすくめるとタシュも頷く。


「分かったジャンヌ。お詫びをするから中へ入れておくれ」


 それから数秒後。

 ガチャリとドアが開き、中から姿を現したのは


「どうぞ」

「どうしたの、そんなシスターみたいな格好して」


 寝巻きに頭から毛布を被ったジャンヌであった。






「お茶なんか出しませんよ」

「いいよいいよ。むしろ僕らが持ってきた。淹れてあげよう」

「キッチンを汚したらおまえを鍋で煮る」


 ワンルームにすることで、少しでも狭さを解消しようとした室内。

 事務所とは対照的に必要最低限の家具しかなく、あまり閉塞感はない。

 逆にホームセンターの再現リビングみたいに、妙に生活感もない。


 そのなかで唯一人の痕跡がある、シーツにシワのよったベッド。

 ジャンヌは今までそこにいたのだろう。

 彼女はまたそこへ腰を下ろす。


 少し動きが()()()()している背中にアーサーが笑い掛ける。


「具合が悪そうなのに、攻撃性は相変わらずだな」


 すると彼女はボソッと答える。


「別に具合が悪いわけではないんですよ」

「え、そーなの?」


 リュックから茶葉を取り出していたタシュが顔を上げる。


「なんだぁよかったぁ。でもそれじゃなんで事務所に来ないんだい? ズル休みしたい気分だったのかな?」


 彼からすればジョークだろうし、実際数日のズル休みくらい許しそうな感じはある。

 だが、ジャンヌはすぐには答えず、枕を抱いて背中を壁に預ける。

 ちょうど三角座りの、膝の代わりに枕を抱える格好。


 少し俯いた彼女は、枕で口元を隠すようにして言葉を紡ぐ。


「ズル休みというか、



 この仕事を辞めてしまおうかと」

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