表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/134

2.怖ーいお得意さま

 相手は殺し屋か何か。

 そのうえでジャンヌも『違ってはいない』と言っている。

 隣にいるのは軍人。


 アーサーの脳が弾き出した答えは、



「撃たれるぞーっ!!」



 頭を抱え、ソファの陰へ転がり込む。

 しかし、


「あっははは! まさかまさかそんな!」


「ん?」


 響く笑い声には聞き馴染みがない。


 というか、ジャンヌはいまだ平然と紅茶を飲んでいるし、

 タシュの断末魔は聞こえてこないし、

 内胸ポケットのシャオメイの写真入りロケットに弾丸を受けない。


 つまり、笑っているのは。


 アーサーがゆっくり顔を出すと、


「私たちはただの国家公務員です! そんなんじゃありませんよ、ひどいなぁ」


 男は人懐こい笑顔を浮かべている。

 上げた右手はただ頭を掻いているだけだった。


「な、なんだ」


 彼は全身から力が抜けるのを感じた。

 そのままグニャリと崩れるように、首をジャンヌの方へ向ける。


「メッセンジャーくぅん。いくら私と()()()()()()()からって、なんて冗談を言うんだ。無駄に内容が大きいし、先方にも失礼じゃないか」

「そうですか」


 が、彼女はあまり取り合わない。

 彼を見もせずデスクから立ち上がり、壁に掛けてあるコートを手に取る。


「ジャーンヌ。それすっかり私物化してるけど僕のだよ? 返してよ」

「福利厚生福利厚生」


 どうやら出掛けるらしい。

 アーサーだけが状況を理解していないまま話が進もうとしている。

 彼もそれは断固拒否したいので割って入る。


「ところで、国家公務員がこんな事務所になんの用なんだ? ケンジントンくん、脱税でもしたのかね?」

「できるもんならしたいくらいさ。国税庁が軍服着ないでしょ」

「ではいったいどこの誰なんだね」

「国防庁ですよ」


 コートを着終わったジャンヌが彼らの隣に立つ。


「お待たせしました」

「いえいえ」

「ほう、国防庁。なんだ、ここは民間軍事会社としての人材派遣事務所だったのか」

「してないよ、そんなこと」


 タシュのメンドくさそうな声。

 答えるのは振り返ったジャンヌ。


「彼らは情報部。



 スパイ関連の部署ですよ」



「へ?」

「送り込んだり、見つけて尋問して始末したり」

「は、え、は?」


 思った以上のセンシティブワードに、アーサーの頭は帰ってこられない。


 そこにジャンヌはパチッとウインクをしてみせる。



「ね? 殺し屋も大きく違ってはいないでしょう?」



 そのまま彼女は


「手厳しいですな」

「だって事実でしょう? 少佐」


 などと談笑しながら、男たちと事務所をあとにした。


 残された伯爵が、呆然と閉じたドアを眺めていると、


「顔見ちゃったー見られちゃったー」


 タシュが歌うように隣へ来て、ポンとアーサーの肩に手を乗せる。



「だから『帰った方がいい』って言ったろ?」






 一方ジャンヌは大型の馬車の中にいた。

 伯爵が車を断念するほどの雪だが、エージェントには密室優先である。


「見慣れない人物がいましたが、彼は?」


 スーツの男が聞いてくる。


「あぁ。オーディシャス伯のアーサー・O・N・シルヴァー氏です。ただの知り合いですよ」

「そうですか」


 早速マークされている伯爵に彼女は苦笑する。


「ご心配なさらずとも、国家機密に興味があるような方では。何か動いたとしても、伯爵家の事業拡大くらいです」

「そうですか」

「それに」

「それに?」


「スパイだったとしても役に立ちません。バカだから」

「確かに。見れば分かります」


 大笑いする二人だが

 一方で、揺れる車内でも素早く正確なメモがなされている。

 一応名前は控えられているようだ。



 私にできることはしましたからね?



 ジャンヌは心の中で十字を切った。


 ちなみにこの(かん)も、軍服の方は一切口を開いていない。

 寡黙なのもあるが、ジャンヌがいるからだろう。


 こういう屈強なザ・軍人系の手合いは、彼女を歓迎しないことが多い。

 男の世界に痩せっぽちの女が来ることも、

 国家機密に私立探偵ごときが触れてくるのも気に入らないのだろう。


 なのでジャンヌも極力視界に入れないようにしておく。



「それで、今回もスパイの尋問でしょうか?」

「ええ」



 そのまま話は流れるように物騒な方向へ。

 スーツの男は内胸ポケットから書類を取り出し広げる。


「ヴェールイ・フィヴィキニコフ。26歳、男性」

「あぁ、そういうのは結構です」

「そうですか。では」


 男の目線が書類の少し下の方へ動く。

 思わずチラリと軍服を見ると、少し眉が険しくなったか。

 段取りに意見されて生意気に思ったのかもしれない。

 だが、しょうがない。



 どうせこのあと殺される人の、パーソナリティーなんて知りたくない



 彼女だって寝るまえに浮かぶ顔は極力少なくしておきたいのだ。

 まぁ、どっちみち読心のときに多少は知るのだが。


「彼は北東帝国からのスパイでして。我々の軍需工場に工員として紛れ込んでいました」

「軍需工場。今さらライフルのレシピでも?」

「モーター車ですね」

「このまえ世に出たものを、もう兵器に転用するとは」

「ご存知ないのですか? この世の全ては主婦より先に軍人が使い道を考えるのですよ」

「世も末です」


 などと、ここまで和やかに話を進めていたが、


「そこで今回『メッセンジャー』さんには、彼が


『どれだけ情報を手に入れたか』

『どこまで本国に送ったか』

『他に送り込まれたスパイたちの情報を持っているのか』


 の3点を読んでいただきたいのです」


 スーツの男が、声のトーンはそのまま目付きだけが変わる。


「承知しました」

「ネジの一本仔細漏らさず、正確にお願いしますよ」

「心得ております」


 ネジ一本は大袈裟に思われるかもしれないが、そんなことはない。

 材質や形状が分かれば、『どのパーツに使われているか』が分かる。


 たとえば


『熱で形状変化しにくい金属が使われているぞ』

『つまりこれは熱を持ちやすい、エンジン周りに使われるネジだ』

『そう考えるとこれは、従来のものより太くて長い』

『ということは、その分エンジンも大型になるはずだ』

『そこまで大型のエンジンを積み込むということは、当然車体も』


『王国め、大型で馬力のある軍事車両を導入するつもりだぞ!』


 と、ここまでバレてしまうのだ。

 その後も大型車両と察すれば、用途は限られてくる。


 大量に積載できる輸送車両なら、それが必要なのは頻繁には補給が来ない存在。

 つまりは前線の兵士であり、王国は遠征を目論んでいるのかもしれない。



 などと、ネジから読めることを延々と書き連ねたが、

 ジャンヌの方はというと



 やっぱり殺し屋の目をしているじゃない



 誰の目にも明らかなことだけを読み取っていた。






 重苦しい空気の車内だが。


『ウォースパイト通り』はキングジョージの目抜き通り。

 国防省は国家の重要施設なのでキングジョージの中心近く。


 雪で徐行していたものの、移動に1時間も掛からない。

 10時に迎えが来て11時になるまえには白亜の巨大な建物へ到着。


 ジャンヌがスーツの男のエスコートで馬車を降りたそのときだった。


「室長!」


 国防省玄関口の柱の陰から、待っていたように男が飛び出す。

 軍服姿だが、こちらの二人より一回りは若く見える。


「どうしたんだね」


 室長、スーツの方が少し冷えた声を出すのは、先ほどの余韻よりはジャンヌをして


『客人の前で失礼だぞ』


 ということだろう。

 実に紳士たるべきが美学の王国人らしい。


 しかし目の前の彼には、今は慎みを持っている場合ではないようだ。

 男は白い息を撒き散らし、叫ぶように報告する。



「ヴェールイ・フィヴィキニコフが自殺しました!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ