7.厳正なるジャッジの結果
その夜もジャンヌはまた、アーサーの部屋に呼び出された。
彼は今日もバスローブ
ではなくしっかりスーツを着ていた。
また先日と違いロッキングチェアではなく普通の椅子。
ジャンヌの分も用意されている。
彼女がそこに腰を下ろすと、彼はゆったり切り出す。
「まずはこの二日間の協力、ご苦労だった。ありがとう」
「いえいえ」
依頼完了契約満了のあいさつも兼ねているから、ということだろう。
だが実際のところ、まだ大事なターンが残っている。
めずらしく昨日と同じくテーブルに用意されたウイスキー。
彼はそれを一旦傍へ寄せる。
「では打ち上げのまえに、最後の報告をお願いしようか」
「承知しました」
ジャンヌは軽く頷くと、メモ帳を取り出す。
「では早速。まずMs.カーリーンですが」
「うむ」
「金目当てで浮気する気満々、というか脳内ではもう浮気しています」
「おぉ! もう……!」
二日連続の大悲報。
天を仰ぎ目元を覆うアーサーだが、
「本当だろうな?」
すぐに逆に身を乗り出し、ジャンヌを睨み付ける。
「百戦錬磨のプレイボーイには、敗退続きが受け入れられませんか?」
「正直に言えばね」
「お言葉ですが、『遊び相手』にちょうどいい男は『結婚相手』に向かない。あなただって逆の立場になればそう思うはずです」
「……ぐうの音も出ないな」
睨まれても動揺しない。
相変わらず残酷な発言にも無感情。
罵倒マシーンジャンヌに、アーサーも諦めて背もたれに沈む。
「以前ご自身を『ロマンスが多い』『ちゃんと別れてから次に行っている』とかおっしゃってましたけど。単に長続きしないだけです」
「私が悪かったから追い討ちはやめたまえ」
彼は視線を横へ外し、人差し指と中指で額を抑える。
「しかし、他より分かりやすく集ってくる要素はなかったのにな」
「人間、何はなくともお金は欲しいものです。いつでも、いくらでも」
「確かに。しかし世知辛いな。なぜ誰も『私』を愛さない」
「一般の女子だって8割は、まず相手のお金を好きになってから本人を好きになるので。別に特別あなたが不幸なわけではありませんよ?」
「慰めてくれている、と解釈しておくよ」
「男は若さと結婚し、女は力と結婚するのです」
ジャンヌ調べの偏見に満ちた格言が飛び出したところで。
アーサーは深いため息をつく。
それから頬杖をつくと、自嘲気味に笑った。
「いかにシルヴァー伯といえど。5人と会った程度じゃ2割の女性は引けないということか」
「まぁ不誠実な人はいくらクジを引いても、最初から入ってなかったりしますが」
「執拗なまでに容赦ないな、君は」
頬杖から横に崩れ落ちるアーサーだが、
「しかし、運命の女神はそうでもないかもしれませんよ?」
「えっ」
ジャンヌは意外な言葉を口にする。
相変わらず表情は動かないが。
「それって」
「最後にMs.アーシアですが。
彼女は純粋にあなたに惚れているようです」
「なんだって!?」
アーサーは思わず椅子から腰を浮かす。
その直後にプレイボーイには恥ずかしい浮かれ具合と気付いたか。
軽く咳払いをして居住まいを正す。
「そういえば君は、Ms.アーシアとだけダンスを踊ったね。気になってはいたんだ」
冷静な観察眼ぶった発言は取り繕ったつもりだろうか。
「私の読心は、触れた時間に比例しましてね。短いと、その瞬間頭に浮かべているようなことしか読めないのですよ」
「まぁ一瞬で多くの思考や記憶がなだれ込んでもパンクするだろう。当然のことだな」
「というわけで深掘りするために、一曲つかまつった次第です」
「なるほど。で? その成果を聞かせてくれたまえ」
本当に久々の朗報である。
アーサーは一転して身を乗り出す。
一瞬だけウザそうに眉が動く、性格の悪いジャンヌだが。
そこは仕事と割り切るしかない。渋々内容を依頼人へ報告する。
「まず、伯爵はご自身が8歳のときのことを覚えてらっしゃるでしょうか」
「8歳か」
アーサーはアゴに手をやるが、思い出すのに時間は掛からなかったようだ。
「あのころは父がまだキングジョージにいたから、私もそちらで過ごしていたな」
「それでご両親に連れられ、社交会にも顔を出していた。違いますか?」
「よくあったよ。勉強、習いごと、社交会の日常だった」
懐かしい記憶なのだろう。
彼は少し楽しげに目を細める。
「その日々のなかで、鳩を助けたことは?」
「鳩?」
一瞬眉をしかめるアーサーだが、
「あー、あったな、そんなことも」
すぐに頷く。
「ある日の社交会でね。その日は連れてこられた子どもが多かった」
ジャンヌは相槌を打たず、しばし話すに任せる。
「子どもは胃も小さいし酒も飲まない。お偉方と話すこともない。それで暇になるから、庭へ放されたんだ。
そこに鳩がいた」
彼の目は優しい。
不遜な感じでまだ細やかな情感を持っていたのか、
「怪我をしていてね。ぐったりと倒れ伏していた」
あるいは当時の少年の心が蘇っているのか。
「子どもは残酷なものだ。そして世界に自分より弱いものはそういない。囲んで突っつこうとする輩がいたんだな」
ジャンヌもそれを慈しむようにゆっくり頷く。
「私はそれが気に入らなくてね。割って入って鳩を助けたんだ。それから大人を呼んで、手当てしてもらった。そんなこともあったな。幼き日の真っ直ぐな記憶だ」
「それを陰から見ていたのがMs.アーシアです」
「おぉ」
彼女はここでようやく口を挟む。
「彼女はあの日あなたの勇気と優しさを目の当たりにし、
『なんて素敵な人なんだろう!』
『この人こそが本物の王子さまだ!』
そう思ったようです」
「照れるね」
アーサーはうれしそうに頭を掻く。
「それ以来彼女はずっとあなたのことを慕っていまして。このたびの花嫁選びを聞きつけ、立候補したようですね」
「そうかそうか」
彼は満足そうに何度も頷くと、
「では、私が選ぶべきは、Ms.アーシアとなるのかな?」
キリッとした顔でジャンヌを見つめる。
「そうですね」
対する彼女の、分かりきった答えは
「Ms.ドーソンがよろしいかと」
「え?」